マンハッタン無宿(1968年アメリカ)

Coogan's Bluff

『ダーティハリー』への序章とも言える作品ではありますが、まぁまぁ面白い。

映画はアリゾナの砂漠地帯をパトロールするような田舎の警察官が、ニューヨークへ逃走し、
ニューヨーク警察で身柄を拘束されている凶悪犯リンガーマンをアリゾナへ護送する任務を受けて、
単身で大都会ニューヨークへ、アリゾナ・スタイル丸出しで訪れるものの、忙しいニューヨーク警察には雑に扱われ、
何度も“テキサス”と間違えられ、なかなかリンガーマンへ接触できないことに苛立ち、自分のやり方で強引に
リンガーマンを護送しようとするものの仲間に襲撃され、リンガーマンを逃がしてしまい、再び追跡する姿を描きます。

監督はイーストウッドが師と仰ぐドン・シーゲルで、本作では実に前衛的なシーンもあります。
これこそ、ニューシネマなところがあって、67年のいわゆるヘイズ・コード撤廃が無ければ出来なった作品でしょうね。

映画の中盤に主人公がリンガーマンの恋人を追って、ナイトクラブへ突撃しに行くシーンがあって、
このクラブがもの凄くサイケデリック。裸に近い衣装で謎の踊りをして、ボディ・ペイントを塗りまくる人がいて、
異人種交際は当たり前、マリファナは回し吸い、同性愛のニュアンスも交えて描く。しかも、主人公も何でも有りで、
イーストウッドお得意のモテまくりキャラクターなのですが、犯人の恋人でも関係なく肉体関係を結ぶシーンがある。

これらは67年以前であったら、ほぼほぼ間違いなくハリウッドでも描けなかった描写でしょう。
ハードボイルドな映画という触れ込みだったけど、僕の中での印象はそこまでハードボイルド性は高くなく、
無口な主人公が一匹狼で動き回るというだけで、あくまで主人公はいつもイーストウッドの調子という感じですね。

甘いマスクなのは分かるけど、結構な時代錯誤な態度をとったりするので、
なんともそこまでモテるのか?と疑ってもしまうのですが、それでもこの頃のイーストウッドの映画って、
ほとんどがこんな感じで、何故かイーストウッドはモテまくる。アリゾナ・スタイルということで、結構な亭主関白ぶり。
ですから、このようなイーストウッドのスタイルに賛否は分かれるでしょう。まぁ、それでもイーストッドは決して
女性キャラクターを粗末に扱っているわけではないし、キチッと華を持たせるところは持たせてますけどね。

しつこいくらい女性キャストとのキスシーンがあったり、ニューヨークの女子たちは
既に「男と食事したら、必ずおごってもらうもの」という感覚は無かったような振る舞いをしつつも、
田舎から出て来たイーストウッドは「いや、ここはオレが払う」と、住む町で感覚が違うことを象徴させている。
でも、こういう姿も含めて、この時代のイーストウッドとしか言いようがない。その良し悪しを論じても仕方がないと思う。

オープニングの砂漠地帯で先住民の逃亡者から主人公が運転するジープが襲撃を受けるシーンがありますけど、
このオープニング・シーンから全開という感じで、映画が大きく動き出している。そうかと思いきや、主人公が犯人を
連行して連れて行ったのが、なんと主人公のガールフレンドの家という発想自体が、なんだかスゴいと感じる。
さすがに現代だったら、これはあり得ないだろう。しかし、やっぱり...それも含めてイーストッドなのだろう。

そして、長いオープニング・シークエンスはまだ続き、今度はパンナム本社ビル屋上のヘリポートに
ヘリコプターが着陸するシーンになる。これまた、機内からの映像など空撮も交えて描いており、迫力満点だ。
結構、機体を傾けて飛んだり、急速に高度を上げ下げしているように見えたので、これは大変な乗り物のよう(笑)。

どうやら当時は、ニューヨークの空の玄関口であるジョン・F・ケネディ国際空港と、
市街地にそびえ立つパンナム本社ビルの屋上ヘリポートまで、驚異の7分で結ぶという驚愕のサービスだったらしい。
77年にヘリが転倒して複数の死者を出す悲劇が起こり、サービスはおろかヘリの離着陸も禁止になったらしい。

エンド・クレジットも同様ですが、この時代の空撮技術を考えると本作のカメラは、なかなかの出来映えだと思う。
ドン・シーゲルもどこまでこわだって、こういう撮影を採り入れたのかは分かりませんが、一連のナイトクラブのシーンも
含めて、本作ではイーストウッドとも新しいことにチャレンジしようとする気運が高かったのではないかと思えますね。

そこにクールダウンさせるように、ニューヨーク警察の古株の警部を演じたリー・J・コッブも良い塩梅だ。
如何にも古い刑事のような感じで、主人公とも意見対立しますが、あまり頑固過ぎない感じが嫌味にならなくて良い。

基本的にはアクション映画だと思うのですが、アクション・シーンはあまり激しいものではありません。
とは言え、映画の後半にある主人公が乗り込んでいったバーで、悪そうな輩とケンカになるシーンは
訳が分からないくらい、次から次へと男たちが襲い掛かって来る感じで、それを一人ひとり片付けていきます。
いつは腕っぷしが強いというキャラクターを演じることが多いイーストウッドの原型がここにあるという感じですが、
本作では結構、イーストウッドは殴られている。とは言え、最終的には勝つということだから、やっぱり彼らしい。

そして、映画のクライマックスは逃げるリンガーマンが潜伏する修道院でリンガーマンを追い詰め、
それでもバイクで逃げていくリンガーマンを、民間人のバイクを奪って追ってチェイスになるという展開だ。
なんか、修道院へ続く歩道を所狭しと走り回るというミニマムなチェイス・シーンなのがどことなく可愛らしいが、
それでもさすがはドン・シーゲル、それなりに迫力ある映像で見せてくれる。このチェイスは本作のハイライトだろう。

そうして、ダラダラと映画を引っ張らずに、95分弱という実に経済的な上映時間でアッサリ終わらせるのも良い。
この辺はドン・シーゲルの職人肌なところかもしれない。短い時間で如何に楽しませるか、ということだったのかも。

ただ、敢えてこういう言い方をさせてもらうと、本作のドン・シーゲルとイーストウッドのコンビは
まだ成熟していない感じ。やっぱり『ダーティハリー』なんかを観ちゃうと、もっと工夫してるしエキサイティングだ。
それに対して、本作は少々粗い部分があることは否めない。要は、良くも悪くもいい加減なところがあるのは事実。
犯人のリンガーマンの描き方にしても、少々物足りなさを感じるし、もっと手強さがあっても良かったとは思う。

ラストシーンのヘリに搭乗した後で、主人公がリンガーマンにタバコを渡すのは良いんだけど、
最後は随分とアッサリ観念してしまったように見えたのは、僕の中では物足りなさにつながってしまったかもしれない。
(まぁ・・・アッサリ観念してくれたからこそ、映画自体もクドクドとせずにアッサリ終わらせることができたのだけど・・・)

そう思って観ると、主人公のクーガンも結構いい加減な男ですよね(苦笑)。
日常の仕事ぶりから、大都会ニューヨークへ“放牧”となったものの、一応はちゃんと仕事しようとするけど、
すぐに警察署内で変な男からセクハラを受けていた女性職員に色目を使って、夕食デートに誘い出して、
挙句の果てには彼女のアパートに上がり込むんだから、一体、何をしにニューヨークへ来たのか、よく分からん(笑)。

そうして、次々とお近づきになる女性たちには目をしっかり配らせるダラしなさがイーストウッドらしい(笑)。
この辺はイーストウッドの意見もかなり反映されていたのかもしれませんが、映画の焦点が少しボケちゃってる。
リンガーマンを連行することよりも、クーガンが物見雄山的にニューヨークの女性たちを漁りきたみたいになっちゃう。

こういうシークエンスになるのはイーストウッドらしくて、僕は賛同するのだけれども、
本作は少々バランスが悪くって、このモテモテなエピソードに傾倒し過ぎて、他が疎かになっているかもしれません。
さすがに『ダーティハリー』では、このようなエピソードの大半は削除してしまったせいか、引き締まりましたからねぇ。
まぁ、本作はドン・シーゲルなりにニューシネマ・ムーブメントに乗っかろうとしていたように感じるので、多少はご愛嬌。

ハードボイルドな仕上がりという触れ込みもありますが、決して硬派な映画だと思って観てはいけません。
本作が製作された頃には、例えば『ブリット』のようなソリッドな仕上がりのアクション映画は既にありましたので、
撮ろうと思えば、本作ももっと硬派な仕上がりにできただろうし、もっとストイックな内容にもできたはずです。

しかし、本作でのドン・シーゲルはそういった路線ではなく、軟派なイーストウッドという前提で映画を進めてます。
それでいて、当時の彼らの価値観やジェンダーがありますので、多少は現代的な感覚とのズレはあるでしょう。
それをしっかりと把握した上で、本作を観て欲しいですね。あくまで本作は『ダーティハリー』の序章にしかすぎないので。

ところで主人公は事ある毎に、「テキサス!」とニューヨークの人々から声をかけられますが、
これは少々揶揄的なニュアンスを感じざるをえない。やはり北部の人が意味する、南部の象徴だったのだろう。
テキサス州=田舎者みたいなイメージがあったのか、リー・J・コッブにいたっては、何度も間違えている(笑)。
しかも、その一つ一つに「アリゾナだよ」とツッコミを入れるくらい律義な性格でもあるあたりが、忘れられないところ。

ちなみにクーガンがクドこうとする女性職員、いくら仕事熱心で「そういう時代だった」のかもしれませんが、
患者の個人情報の入ったカルテを自宅に持ち帰って、専用の書類入れコーナーを作っちゃあ、マズいでしょう。
それを言っても仕方ありませんが、現代で同じことやっていたら、ヤバいことになっちゃいそうですねぇ・・・。

(上映時間94分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ドン・シーゲル
製作 ドン・シーゲル
原作 ハーマン・ミラー
脚本 ハーマン・ミラー
   ディーン・リーズナー
   ハワード・ロッドマン
撮影 バッド・サッカリー
音楽 ラロ・シフリン
出演 クリント・イーストウッド
   リー・J・コッブ
   スーザン・クラーク
   ドン・ストラウド
   ベティ・フィールド