ディア・ブラザー(2010年アメリカ)

Conviction

殺人罪に問われた血気盛んな兄の無実を信じて、
家庭生活を犠牲にしてでも、兄の無実を証明すべく、ロースクールに通って司法試験に合格し、
実際に弁護士になって自らの手で事件の証拠と、証言を検証していく姿を描いたヒューマン・ドラマ。

01年に『恋する遺伝子』を撮った、俳優出身のトニー・ゴールドウィンの監督作品で、
第四回監督作品ということになるそうなのですが、チョット驚かされましたね。

正直、これは『恋する遺伝子』とは大違いなぐらい、とても出来の良い映画ですね。
何故にこういう出来の良い映画が、日本では劇場未公開作扱いになってしまったのか、理解に苦しみますね。
トニー・ゴールドウィン曰く、企画から完成まで9年もの月日を費やしたそうで、途中、資金難にも苦しんだそうで、
スタッフが一時期、無給で働いていた時期もあったそうなのですが、その苦労の甲斐ある出来映えですね。

ヒラリー・スワンク、サム・ロックウェルとキャストにも恵まれた感はありますが、
これはトニー・ゴールドウィンの演出も素晴らしく、観終わった後、そうとうな充実感が残る映画でしたね。

まぁノンフィクションの映画化で、奇跡的なエピソードを映画化したわけで、
これはこれでかなり難しい企画だったと思うのですが、見事なまでに新たな魅力を吹き込めていると思います。
ただ事実を準えただけの映画というわけではなく、クライマックスへの展開などは実に上手かったと思いますね。

どうやら、トニー・ゴールドウィンは『ミリオンダラー・ベイビー』での
ヒラリー・スワンクの芝居を観て、本作のヒロインに彼女を抜擢しようと決めたそうなのですが、
そのひらめきは正解で、僕はこの役はヒラリー・スワンクでなければ、ここまでの説得力は帯びなかったと思う。

これはトニー・ゴールドウィンの一つの能力の高さの象徴で、
映画にとって、キャスティングというのはとても影響力が強く、重要なファクターであることの証明ですね。

無実を信じる兄貴の人生を取り返そうと、一念発起して自分でロースクールに通って、
司法試験に合格して弁護士資格を得て、兄貴の冤罪を晴らそうとするなんて、なかなかできることじゃなく、
一見すると美談にしてしまいがちなストーリーではあるのですが、この映画はあくまで冷静に描きます。
こういう映画を感情的に描くことは簡単だと思うのですが、僕は敢えてこうした方がトニー・ゴールドウィンの
どうしても「この物語を数多くの人に伝えたい!」とする気持ちが、よく伝わってくると思いますね。

映画の尺の長さも丁度良く、とてもバランス感覚に優れていることも感心させられてしまいましたね。

欲を言えば、この映画では敢えてヒロインの幼少期から描いているのですが、
その幼少期のエピソードを時制をバラバラにして構成しているのですが、これがイマイチでしたね。
エピソードの構成はもっとシンプルにした方が良かったと思うのですが、どうも無理に複雑にした感がありますね。

ドラマ部分の演出もなかなか上手いですから、
あとはエピソードの紹介にもっと気を配れるようになれば、映画は変わるでしょうし、
トニー・ゴールドウィンの力量も更に上がっていくと思うんですよね。これはこれからの課題の一つでしょう。

この映画はノンフィクションの映画化と前述しましたが、
ヒロインは実際に兄ケニーが冤罪を着せられた可能性を指摘することにより、
この事件は全米を騒がせるトピックスとなったのですが、残念ながら釈放された後の実在のケニーは
不慮の交通事故により脳死状態となり、数日後に他界してしまったようで、周囲は大きなショックを受けたそうだ。
(敢えて、これは劇中では語らなかったようですが、なんとも衝撃的なエピソードではあります...)

正直、ヒラリー・スワンクもサム・ロックウェルも実在の兄妹には似ていないのですが、
この2人が実に説得力豊かな芝居を実現したせいか、ラストの湖でのシーンは感動的ですらある。
確かに「ベタベタな演出」かもしれませんが、僕はこのラストを描けただけでも、映画に十分に価値があると思う。

特にヒラリー・スワンクは表情の一つ一つに、負けん気の強さが出ていますが、
これまで彼女が見せてきた芝居とはまた違った力強さがあって、ホントに上手い女優さんですね。
彼女は過去2度、アカデミー主演女優賞を受賞していますが、その実力は確かなものですね。

僕はこの映画の中で、思わず兄ケニーが吐露する台詞がとても印象に残っていて、
「世の中は平等じゃないぜ・・・」という台詞なんですが、残念ながらこれが現実なんですね。

僕は常に“評価は平等である必要はないが、機会は平等に与えられるべきである”と考えているのですが、
残念ながら現代社会の現実に於いても、機会だって何もかもが平等に与えられているわけではない。
確かにこのギャップはずっと埋められることはないのかもしれないし、ひょっとしたら間違った考えなのかも。
しかしながら、僕は常にそういったギャップを埋めようとする社会ではあって欲しいと思うんだなぁ。
これは理想論かもしれませんが、敢えて僕はそういった理想論を忘れずに持ち続けていたいんですよね。

現実は確かに残酷であり、とても過酷なものである。
ただ、理想論が少なからずとも叶う社会でなければ、希望が持てない社会になってしまうなぁ。
今の日本社会は特に、希望が持てる社会へと舵取りできるよう、常に意識していくことが必要だと思うんですよね。
(まぁ・・・確かに“甘ちゃん”な考え方だと言われれば、それまでだけど...)

でも、だからこそ行動力が問われる世の中だと思うんですよね。
今の社会には、個人レベルに於いて、いろんな問題や悩みがあるけど、結局は解決するのは個人の力。
それを打破する力こそが、人間力につながる部分であり、こういう力を養生すべきなんだろうなぁ。
だからこそ、今の企業って人間教育に力を入れている企業が多いというのにつながるんだろうけど・・・。

そういう意味では、この映画を通してトニー・ゴールドウィンは
ヒロインの尋常ではない努力、そして困難に立ち向かう強さを実に見事に描けていると思いますね。

トニー・ゴールドウィンの俳優から監督業への転身には、
これまだ僕は勝手に懐疑的に観ていましたが、本作のような志向を目指すのであれば、
このまま手腕を高めていっていければ、これからも期待できる映像作家の一人になっていけそうですね。

そんな明るい展望を感じるには、十分に価値ある作品となっています。
これが日本劇場未公開作扱いとは、実に勿体ない。もっとスポットライトを当ててあげて欲しい。

(上映時間106分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 トニー・ゴールドウィン
製作 アンドリュー・シュガーマン
    アンドリュー・S・カーシュ
脚本 パメラ・グレイ
撮影 アドリアーノ・ゴールドマン
編集 ジェイ・キャシディ
音楽 ポール・カンテロン
出演 ヒラリー・スワンク
    サム・ロックウェル
    ミニー・ドライバー
    メリッサ・レオ
    ピーター・ギャラガー
    ジュリエット・ルイス

2010年度ボストン映画批評家協会賞助演女優賞(ジュリエット・ルイス) 受賞