コラテラル(2004年アメリカ)

Collateral

トム・クルーズが初めて悪役にチャレンジした映画としてヒットしましたが、
決して話題性だけの映画ではなく、なかなか見応えのある仕上がりになっていることに驚きました。

率直に言うと、マイケル・マンは女性キャラクターの描き方が随分と上手くなったなぁと感心した。
正直言って、マイケル・マンが本作以前に撮った映画の多くが、女性の描き方が全くもって酷い。
相変わらずのロサンゼルスの夜の街並みのロケーションは素晴らしいし、映像センスも相変わらず良い。
如何にもマイケル・マンの画面作りという印象で、彼の個性が良い意味で反映された作品になっている。

本作の場合、映画の冒頭からして「おっ、これはいつものマイケル・マンの映画とはチョット違うぞ」と
観客に控え目に知らしめることができており、本作に対するマイケル・マンの意気込みが伝わってきます。

例えば、映画の冒頭、タクシー運転手を映したエピソードでチョットしたフェイントがある。

トム・クルーズ演じる殺し屋がロサンゼルスに到着して、
“仕事”を淡々とこなしていく様子を描いていくのですが、もうタクシー運転手と殺し屋の偶然の出会いへの
伏線とも言える展開であったために、観客の誰しもがタクシーに殺し屋が乗り込んでくると予想するところを
マイケル・マンはタクシーに美女を乗り込ませ、その美女がキーマンの一人となるとこがなんともニクい。

こういった女性の扱い方自体、これまでのマイケル・マンには無かったことですからねぇ。
この辺は『インサイダー』あたりからマイケル・マンのスタンスに変化があったのかもしれません。

劇場公開当時、大きな話題となっていたトム・クルーズの悪役ですが、
私は元々、トム・クルーズ自体が下手な役者だとは思っていないということもあるかもしれませんが、
ひたすらクールに振舞う映画の冒頭から始まり、クライマックスで血まみれになりながら、
列車の中でタクシー運転手らを追い詰めていく冷酷非情さと、不死身さを強調するシルエットで、
まるでターミネーターを連想させるような不気味さで、本作のトム・クルーズはホントによく頑張っていると思います。

このキャラクターの魅力をトム・クルーズに導き出させたマイケル・マンの功績なのでしょうが、
やはりトム・クルーズ自身の役作りも良かったのでしょう。老け役に見せたメイクもよく似合っていましたし。

そして映画の中身の問題もあるとは思いますが、
映画全編に亘る画面いっぱいに漲る緊張感が良いですね。常に油断ができない空気感が支配しています。
また、マイケル・マンは『ヒート』でも良い仕事をしていただけに心配ではあったのですが、
なんでもかんでも銃撃戦に持ち込むような描き方をしなかった点も素晴らしく、映画は終始、ストイックなのが良い。
トム・クルーズ演じる冷徹な殺し屋をあくまでクールに描き続け、タクシー運転手の機転を利かせた行動を
次々と展開させることに良い意味で執着しており、結果的にこの描き方は映画を上手く磨き上げましたね。

この辺はマイケル・マンが作り出すロサンゼルスの夜の街並みの世界観も上手くマッチし、
文字通り眠らない街という感覚を活かしながら、実に見事に一夜の悪夢のような出来事を描き切っている。
そういう意味で本作のメガホンを握るディレクターとして、マイケル・マンは最も適任であったのかもしれません。

マイケル・マンの監督作品で本作が初めて興行収入1億ドルを越えた作品になりましたが、
TVの世界で下積みを積んできた時代から根強いファンがついてきたおかげでしょうね。

そういう意味でいくと、決して本作は如何にもハリウッド的なサービス精神に溢れた映画ではない。
あくまでマイケル・マンの世界観、そして美学で綴っている。映画の冒頭を観ていると、一貫して強過ぎるぐらいの
クールな殺し屋と、弱気なタクシー運転手という一方的な関係を描いた映画ということを想起させるのですが、
最初の殺しが終わったあたりから、実はそんな単純な構造の映画ではなく、タクシー運転手も彼なりにできる範囲で
殺し屋の指示に対して反抗していくのですが、それが決して非現実的な展開ではないと思わせるだけの力がある。

それは言ってしまえば、マイケル・マンの勝手な美学なのかもしれませんが、
「これだけ不思議な力のあるロサンゼルスの夜なら、こんなことはあるのかもしれないね」と思わせられるだけ、
本作の映像には雄弁に語るだけの力がある。そんなことをできるのは、ハリウッドとは言え、実に限られています。

この映画の良さは、トム・クルーズ演じる殺し屋が一体誰から依頼を受けて、
舞台となる夜に一体何人殺す予定なのか、全く語らないところで、これは敢えて作り手も触れようとしていない。

この殺し屋の得体の知れなさが観客にとっては脅威となり、
尚且つ、映画の中では徹底して殺し屋が無感情に淡々と仕事をこなし続け、手段をも厭わないことを
真正面から描き続けることで、殺し屋の冷酷さ、何をしでかすか分からない恐怖を上手く増長させている。
但し、映画のクライマックスは少々やり過ぎて、“ターミネーター”のようになってしまったのは、マイナスかな(笑)。

欲を言えば、マーク・ラファロ演じる刑事の存在ももっと活かしては欲しかった。
ここまで中途半端に終わってしまうのであれば、そもそも登場させなくとも良かったかもしれない。
この分だけ損をしてしまっている映画ではありますが、それでも映画の価値を著しく落とす難点ではないと思います。

やはり一番印象深いのは、マイルス・デイヴィスとセッションした自慢話にふける、
ジャズ・クラブのオーナーとの会話のシーンだろう。このシーンだけが、それ以外の“仕事”のシーンと
明らかにカラーの異なる調子で描写していますが、突如として殺し屋の視線が変わるのが印象的だ。
正直、このシーンは突出している。マイケル・マンにここまで器用なことができるのかと、正直言って、驚いた(笑)。

尺の長さも、2時間ほぼジャストとまるで計算し尽くしたかのような構成が素晴らしい。
ここまで上手くいっている映画はそうそうありませんが、編集もとても上手くできているからこそ。

劇場公開当時、そこまで評判が良くなかったように記憶していますが、
いざ本編を観てみたら、なかなかどうして・・・これは素晴らしい出来の映画と言っていいと思います。
複数回観ても、十分に楽しめる内容になっているし、マイケル・マンの現時点での代表作となるべき作品でしょう。

実に映画らしい、そしてときに劇画のような魅力がある、実に鮮やかな秀作だ。

(上映時間119分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 マイケル・マン
製作 マイケル・マン
   ジュリー・リチャードソン
脚本 スチュワート・ビーティ
撮影 ディオン・ビーブ
   ポール・キャメロン
編集 ジム・ミラー
   ポール・ルベル
音楽 ジェームズ・ニュートン・ハワード
出演 トム・クルーズ
   ジェイミー・フォックス
   ジェイダ・ピンケット=スミス
   マーク・ラファロ
   ブルース・マッギル
   ピーター・バーグ
   イルマ・P・ホール
   ハビエル・バルデム
   ジェイソン・ステイサム

2004年度アカデミー助演男優賞(ジェイミー・フォックス) ノミネート
2004年度アカデミー編集賞(ジム・ミラー、ポール・ルベル) ノミネート
2004年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ジェイミー・フォックス) 受賞
2004年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞監督賞(マイケル・マン) 受賞
2004年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ディオン・ビーブ、ポール・キャメロン) 受賞
2004年度ワシントンDC映画批評家協会賞助演男優賞(ジェイミー・フォックス) 受賞
2004年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(ディオン・ビーブ、ポール・キャメロン) 受賞