未知との遭遇(1977年アメリカ)

Close Encounters Of The Third Kind

これは実に不思議な作品ではある。

何を差し置いても、強い感銘を受ける大傑作!と誰にでも太鼓判を押せるかと聞かれると、
そういう類いの映画ではないのですが、それでも僕の中では本作が最もスピルバーグの監督作品で好きなんですね。

その理由はよく分からない。でも、『E.T.』なんかよりも、ずっと好き。僕は宇宙人のデザインを
ここまでハッキリ描く必要はまったく無い映画だったと思っているのですが、それをアッサリと映し出しちゃう
スピルバーグの感性に屈服しました。感動作というのとも、僕は違うと思っているのですが、それでも大好きだ。

どこか全体的に示唆に満ちた作品で、それはある種の哲学なのかもしれませんが、
それ以上にスピルバーグのどこからともなく湧いてきた好奇心を、そのまま映像化しただけのような気もする。
でも、これがまたスゴく自然体な映画で良いんだ。おそらく、もう一回同じような映画を撮れと言っても、もう無理だろう。

スピルバーグに聞けば、宇宙人とも一期一会なんだと言いそうな気がしますが、
本作との出会いも正しく一期一会な感じで、これは観るタイミングもあるのかもしれない。印象は個人差があるだろう。

自分の中では、あまり理屈では説明がつかない本作の良さがあって、
一度、屋外で不思議な現象を目にした主人公が、何かのインスピレーションに取りつかれてしまったかのように
髭剃りのクリームや夕食のマッシュポテトで、無心に“山”を作ってしまうというシーンからして、なんか良いんだよなぁ。

それまではヌーヴェルヴァーグ≠フ巨匠として知られていたフランソワ・トリュフォーを
フランス人の学者としてキャストするのも、当時のスピルバーグが熱望していたらしいのですが、これもハマってる。
もともと俳優として映画にも主演していたフランソワ・トリュフォーでしたが、スピルバーグの“勘”が鋭かったのでしょう。
(もともとフランソワ・トリュフォーは大のSF映画嫌いだったらしいのですが、そこを口説き落としたのがスゴい)

実際、本作の撮影でフランソワ・トリュフォーと過ごす時間を重ねる中で、「君はもっと子供を描くべきだ」と
アドバイスされたことから想を得て、82年に『E.T.』を監督することにつながっており、大きな意味のある作品だ。

スピルバーグが初めて劇場用映画で宇宙人を描いた作品ですけど、本作はその中でも最高傑作だと思いますね。
マスターも大事に管理されているせいか、リマスタリングの腕が素晴らしいのか、映像は未だに美しさを保っているし、
着陸するUFOを表現した特撮技術も素晴らしい。この宇宙人の描き方も、友好的なのか否かもハッキリとしない。
でも、その塩梅がギリギリのところで上手く作用している感じで、冷静に思うと...かなり恐怖だとは思うんだけど、
すっかり謎の啓示に魅せられた主人公は、ある種の憧れを持った表情で、この異星人たちに自ら近づこうとする。

べつにスピルバーグは本作を宗教的な内容の映画にしたかったわけではないと思うのですが、
どこか宗教的というか、哲学的なニュアンスのある内容になっていて、主人公が何かに取りつかれたように
行動する姿がなんとも不思議なエネルギーに帯びている。でも、これがまるで運命であるかのように描かれている。

主人公を演じるリチャード・ドレイファスは『JAWS/ジョーズ』に続いて起用されたわけですが、
この頃はハーバート・ロスの『グッバイ・ガール』で当時として最年少でアカデミー主演男優賞を獲得するなど、
ハリウッドでもかなり期待されていた若手俳優であり、薬物中毒に苦しむ前の最も勢いに乗っていた時期ですね。

本作の画期的だったところは、宇宙人を侵略者としてホラーな存在として描くのではなく、
少し違った不思議な存在として描いてことにあると思います。しかし、後に地球人に対して友好的な宇宙人という
コンセプトで撮られた映画というのは数多くありましたが、本作は一概にそうとも言えず、どちらかと言えば中庸である。
しかし、これは決して悪い意味ではなく、スピルバーグの一つの到達点として一抹の恐怖はありつつ、ロマンを忘れず、
文字通りに“未知”と接近する興奮を、極めて純粋な湧き上がる感情として描いていることが、とても感動的だと思う。

まぁ、和音を使った“会話”はご愛嬌なところがありますけど、言語が通じない宇宙人相手に
どうやってコミュニケーションをとるかという、奇想天外なテーマをフランソワ・トリュフォー演じる言語学者を通して、
象徴的に描いて、その一つの究極形態が和音を使ったコミュニケーションであるという発想も、面白かったですね。

しかし、この和音を使ったコミュニケーションに至ったエピソードも、結局は宗教に基づくものだったというのも、
スピルバーグとしても異色のアプローチだったのではないかと思いますし、この時期のスピルバーグならではのもの。

個人的に嬉しいのは、こういう難解なテーマに肉薄したり、新しいアプローチで宇宙人を描いていることから、
この頃のスピルバーグは常に「観客をビックリさせよう」とか「観客に新しいものを提供しよう」とか、そういう挑戦性が
映画の内容に反映されているところですね。だからこそ、スピルバーグは一流の映像作家になっていったのだと思う。

それでいて、宇宙船にやたらと興味を惹かれる赤ん坊が自宅のキッチンの勝手口から
すり抜けて屋外に出て行こうとするシーンであったり、玄関を開けたときの世紀末感溢れる映像も忘れ難い。
ここはチョットした観客の恐怖心を煽るように、僅かなホラー感があって良い。オマケに主人公も何かに突き動かされ、
自宅にバリケードを作ったり、土を家の窓から流し込むように入れたりと、どこか狂気的な行動も異様な緊張感がある。

こうしてバランスをとることで、スピルバーグなりに映画の様相がどちらに転ぶか分からないと示している。
でも、この第三の異性の接近は結局、友好的なものだったのか、そうではなかったのかはハッキリと答えを出さない。
これはスピルバーグなりの哲学もあるのだろうけど、おそらくそれまでの宇宙人を描いた映画の主流とは大違いで
この中庸な感じで宇宙人を描いたことが、当時の映画ファンの感性に丁度良く“刺さった”のではないかと思いますね。

まぁ・・・正直言って、万人ウケするタイプの映画ではないと思う。面白いというよりも、好奇心そのものが眩しい。
そんなスピルバーグのヴィジョンをそのまま映像化したということが、当時としてはパイオニア感満載で嬉しいのです。
従って、熱心なスピルバーグのファンにはオススメできるけど、SF映画好きにオススメできるかと聞かれると微妙だ。

おそらく、本作のような中庸なスタンスで描き、どこか哲学的なニュアンス強めな映画は苦手な人も少なくないだろう。

唯一、気になったのは...自身の監督作品では家庭を大切に描くスピルバーグという印象なのですが、
本作の主人公は自身の好奇心を満たすためには、家庭を顧みずに宇宙人への認識に共感した女性と抱き合ったり、
挙句の果てには好奇心を抑え切れずに、宇宙船に乗り込むことに志願するなど、家族を捨てる決断をしている。

そう思うと、主人公の妻役のテリー・ガーは勿論のこと、子供たちもなんだか可哀想に見えてしまう・・・。

そんな男を主人公として描いていることは、スピルバーグの監督作品としては極めて珍しいことだと思います。
しかし、そんな賛否が分かれそうな主人公の“旅立ち”をも、周囲はどこか嬉しそうな表情で送り出すのが印象的だ。

普通に考えれば、チョット前までは不法侵入しようと逃亡したので、ガス散布をしてでも捕えようとしていた、
言わば“指名手配犯”であったはずの主人公が、目の前に現れて宇宙船に乗り込むことを志願しているわけで、
身柄を拘束されてもおかしくない状況なのですが、周囲も目の前に神々しく現れたマザーシップの美しさに見とれて、
主人公を見ても、「あぁ、やっと念願叶って良かったね・・・」と言わんばかりに、送り出すという実にマジカルな展開だ。

そう思うと、本作は相当に破綻した内容の映画ではあるのですが、映画を壊すギリギリのところで踏み止まった感じ。

地球外生命体との接近は必ずしも闘うことがすべてではない、というスピルバーグのメッセージがあって、
スピリチュアルな世界観とスゴく親和性が高い作品に仕上がっており、“不思議系SF映画”として考えてもらいたい。

ちなみに本作はオリジナルの劇場公開版と、劇場公開後すぐに製作された「特別編」に全編を再編集して、
90年代後半に再構築された「ファイナル・カット版」と幾つかのヴァージョンがあって、Blu-rayでは全て鑑賞できる。
それぞれに意図があって編集されているのは、間違いありませんけど、正直どれも大差はないと思います(笑)。
上映時間も大差はありませんけど、そもそも劇場公開前の試写会などで感想を聞いて、カットしたシーンなどを
使って再編集することが大半なので、やはりもともとのオリジナル版の出来が一番良いような気がしますねぇ。

賛否は分かれ易い内容の作品だとは思いますが、これはスピルバーグが表現したいことを
やり切った作品という印象があって、一つの到達点だと思います。いつも純粋な心を持つ尊さを感じさせる傑作だ。

(上映時間134分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 スティーブン・スピルバーグ
製作 ジュリア・フィリップス
   マイケル・フィリップス
脚本 スティーブン・スピルバーグ
撮影 ヴィルモス・ジグモンド
   ラズロ・コヴァックス
特撮 ダグラス・トランブル
   リチャード・ユリシック
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 リチャード・ドレイファス
   フランソワ・トリュフォー
   テリー・ガー
   メリンダ・ディロン
   ボブ・バラバン
   ケリー・ギャフィ
   ランス・ヘンリクセン
   ロバーツ・ブロッサム

1977年度アカデミー助演女優賞(メリンダ・ディロン) ノミネート
1977年度アカデミー監督賞(スティーブン・スピルバーグ) ノミネート
1977年度アカデミー撮影賞(ヴィルモス・ジグモンド) 受賞
1977年度アカデミー作曲賞(ジョン・ウィリアムズ) ノミネート
1977年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1977年度アカミデー視覚効果賞 ノミネート
1977年度アカデミー音響賞 ノミネート
1977年度アカデミー編集賞 ノミネート
1977年度アカデミー特別業績賞 受賞
1977年度イギリス・アカデミー賞プロダクション・デザイン賞 受賞