クライマーズ・ハイ(2008年日本)

劇場公開当時、どちらかと言えば手厳しい評が多かった記憶がありますが、
個人的には日本最大の死者数を出した日航123便の墜落事故の裏側を描いた作品としては、まずまずの満足度。

日本アカデミー賞で高く評価されたのは、まぁいいとして・・・
本作で一番、不満に感じる部分として、キャストの台詞が小さな声でモゴモゴしていて、よく聞き取れないと
読みましたが、これは確かにその通りだ。特に映画の前半はチョット酷い。これだけで印象が悪くなってしまいます。
せっかく、事故の当事者というよりも、事故を報道する立場の人間の苦悩を描いていて良い題材なだけに残念。

かの有名な日航123便の墜落事故は、当時、最大の“ジャンボ機”と呼ばれたボーイング747が
羽田空港から多くの帰省客を乗せ、大阪の伊丹空港を目指して離陸し、離陸直後に伊豆半島南部周辺で
機体後部の圧力隔壁が破損し、油圧操縦が不能となったことで機体が制御不能となり航空機レーダーから消え、
異常発生後の約30分後、群馬県上野村の山中に墜落してしまった、単独事故としては最多死者数を出した事故だ。

本作で描かれるのは、事故当事者や家族の運命ではなく、
事故を報道しようとする、架空の新聞社である群馬を拠点とする「北関東新聞社」の新聞記者を描いており、
機動力や資金力のある東京の新聞社やテレビ局とは異なり、自分たちの土地勘と現場を徹底的に取材することを
信条にして、中央のメディアとは一線を画する地方紙であることにプライドを持っている悠木という男が主人公だ。

個性の強い同僚である新聞記者や上司とぶつかりながら、事故の記事を書き紙面を作っていくのですが、
本作で描かれるのは、正にその葛藤であり、あまりに惨い事故現場に先立って到着した記者とカメラマンは
帰社後に精神を病んでしまうエピソードも描かれていますが、これは確かに現実に起こり得ることだろう。

記事の焦点は、事故現場の現実を伝えることに取材の力点を置きますが、
他の新聞社の組織力に勝ることは難しいと悟り、地方紙だからこそ出来る記事を目指しますが、
その中で事故調査委員会が曖昧な発表を繰り返す中で、事故原因をスクープする大きなチャンスが訪れます。

まぁ、当時のメディアであれば他紙を如何に“出し抜くか”がポイントであっただろうとは思う。
他紙を“出し抜く”ためには、内部からのリークや不穏な動きを他紙の記者たちにに感づかれないためにも、
自分たちの同僚や上司にでさえ、秘密にしておく必要が出てきたりして、より職場内での軋轢が激しくなります。

個人的には本作は単純に日航123便の事故をモデルにして、
如何にスクープをモノにするかにフォーカスして描いた方が良かったのではないかと思うのですが、
本作は結構、「北関東新聞社」内のイザコザを描いていて、特に部署間での軋轢なんかは不要だったような気がする。
もっと事故の現実や、関係者の動きをトレースしていくことに注力した方が映画は引き締まったと思うんだよなぁ。

そこが勿体なかったのですが、監督の原田 眞人は社会派映画を好んで撮っていたようにおもうので
それが出来る実力があると思えるだけに勿体ない。悪く言えば、中途半端に映ってしまった部分ですね。

2時間を大きく超える作品なだけに、この辺を整理すれば2時間前後にはまとめられたような気がします。
同じ上映時間ならば、もっと事故の現実に肉薄して欲しかったし、どちらかと言えば、事故に翻弄された人々など
周辺エピソードに時間を費やすよりも、事件を真正面から描く部分に時間を割いた方が映画を魅力的にしたと思う。

とは言え、少なくとも日本ではあまりに有名過ぎる大事故をモデルにした映画であり、
どんな内容であっても賛否両論だっただろう。そう思うと、原作があったとは言え、大きなチャレンジだったはず。
そういった大きなチャレンジのある日本映画というのは、個人的には応援したいと思っていて、多少贔屓目入るかも。

もし、メディアの本分を説く映画とするならば、終盤の展開は見応えがあると言っていいと思う。
実際問題として、事実をスクープするにしても、“裏”が取れない情報をイチかバチかで報じるなんて、あり得ないと思う。

昨今ではネット・メディアが発達したということもあり、事実ではない情報が行き交うことも増え、
週刊誌が事実に基づかない情報を報じるなんてこともあったことを考えると、本作の舞台となった80年代と現代では
メディアの在り方や報道の実態というのは変わってきているのだろう。それでも、“裏”が取れない情報は勿論のこと、
記者自身が自信を持てない情報をイチかバチかで報じることが当たり前の時代になれば、メディアは崩壊します。
でも、SNSが発達したこともあって、おそらくですが...特に新聞記者なんかは焦りもあると思うんですよね。

今はインターネットで新聞記事が読めてしまう時代なので尚更のことですが、
僕はそう遠くない将来、新聞紙自体が無くなってしまう時代が来ると思います。ただでさえ、部数も減ってますしね。
地方紙なんかは夕刊を廃刊にしたところも多く出てきており、本作でも描かれる、輪転機の稼働も落ちているだろう。
印刷部数が減ると、当然ですが、印刷の所要時間が短くなるので、記事のデッドラインも余裕を持てるようになる。

これが紙面が無くなると、社会全体としてのペーパーレスとして大きな転機になるだろうし、
新聞社としても記事をアップロードするだけで終わってしまうので、原稿完成から僅か数秒で完成です。
もう、そんな時代がすぐそこに近づいているように感じる。新聞がペーパーレスになると、時代は大きく変わるでしょう。

個人的には相変わらずの堺 雅人のオーバーアクトな顔芸が気になって仕方がなかったけど、
「北関東新聞社」の主人公の上司や同僚たちが、良い塩梅に演じていて、脇役たちが上手くカバーしている。

少々、ベタな展開ではありますが、主人公の無礼な発言を許せない部長の轟を演じた遠藤 憲一が
なんとか謝らせようと部下に、主人公の悠木を料亭に呼びつけ、政治家ばりに会食の席で解決しようとする
シーンなんかは昭和な日本映画の風格を思い起こさせる。遠藤 憲一が怒り始めるのは“お約束”な展開ですが、
政経部デスクの岸を演じた田口 トモロヲなどの抑え気味の芝居も相まって、なかなか良いシーンだったと思います。

エンドロール前にクレジットでも表現されていますが、
日航123便の墜落事故の発生原因については、今も諸説あり、意見が分かれているのが現実だ。
テレビでも幾度となく取り上げられた通り、圧力隔壁が吹っ飛んだ後から、墜落までのコックピットでのやり取りを
音声記録したフライトレコーダーが回収され、後に公に公開されている。しかし、それでも真相が分からない。

圧力隔壁が吹っ飛び、垂直尾翼を失い、操縦不能に陥ったことは分かるが、
問題は何故、圧力隔壁がこのタイミングで吹っ飛んだのか?ということだ。本作の中でも語られているが、
1978年に同機が伊丹空港で「しりもち事故」を起こしており、その際のボーイング社の不適切な修理の可能性を
事故調査委員会は指摘しているのですが、結局、これは特定というわけではなく、あくまで推定なのですよね。

しかし、推定に留まるのは仕方ないことだと思います。
確かに問題解決と、正しい是正措置の講じ方としては、正しい原因究明と適切な修正・是正措置なのですが、
私も仕事柄、そういった原因究明の業務にあたることが多いけど、なかなか「特定」なんて出来ません。

飛行機事故の場合は、例え発生確率が低くとも、いざ発生してしまうと極めて死亡率の高い事故なので、
簡単に「仕方ない」なんて一言で片付けられない側面はあるのだけれども、それでも原因調査に限界はあります。
日本は情緒的な判断に偏りがちなので、0か1かみたいな議論になりがちで、リスク・コミュニケーションが苦手と
されていますが、この日航機123便の墜落事故は当時の航空安全に与えた影響は、とても大きかったのでしょうね。

それくらいの事故なんですから、もっと事故について真正面から映画化して欲しいんだよなぁ。

まぁ・・・本作も悪くはないし、そこそこ見応えはあるのだけれども、
新聞社内のセクショナリズムに基づくイザコザや、どうしようもない社長のセクハラとかはどうでもいいから、
遅れて墜落現場を目指し、事故現場で何を目撃し、どのようにして下山後に会社へコンタクトをとり、
会社と記者の間でどんなやり取りをしたのか、という事故に近いところで起きたエピソードにフォーカスして欲しかった。

それが出来る“土台”があった映画なだけに、この中途半端さがスゴく勿体ないと感じましたね。
空撮などを駆使して素晴らしいロケーションを俯瞰して映しているだけに、もっと上手いことやっていれば・・・。

(上映時間145分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 原田 眞人
製作 若杉 正明
原作 横山 秀夫
脚本 加藤 正人
   成島 出
   原田 眞人
撮影 小林 元
美術 福澤 勝広
編集 須永 弘志
   原田 遊人
音楽 村松 崇継
出演 堤 真一
   堺 雅人
   尾野 真千子
   高嶋 政宏
   山崎 努
   遠藤 憲一
   田口 トモロヲ
   堀部 圭亮
   マギー
   でんでん
   西田 尚美
   小澤 征悦