チャイナタウン(1974年アメリカ)

Chinatown

これは雰囲気を楽しむ映画だと思う。
どうしても自分が好きな映画かと聞かれると...そうでもないんだけど(笑)、
でも、この気ダルい空気と、少々ダーティなことをやる私立探偵を演じたジャック・ニコルソンが素晴らしく映える。

まぁ、本作がキッカケでジャック・ニコルソンはロマン・ポランスキーと友人になり、
ロマン・ポランスキーは「ジャック・ニコルソンに会わせてやる」という誘い文句を使って、
淫行事件を起こしハリウッドを追放になったわけですが、ロマン・ポランスキーの手腕は良いものがありますよ。

そうなだけに、こういう事件を起こしたことは勿体ないし、周囲の信頼を大きく裏切りましたね。

映画はロサンゼルスの私立探偵ジェイクが、水道局の局長であるモーレイの妻を名乗る女性から、
モーレイの不倫調査を依頼されます。自ら経営する探偵事務所で働く部下を使って内偵を進めるも、
モーレイは死体となって見つかり、警察の判定は自殺であると聞いたジェイクは他殺を疑っていきます。
内偵の過程で不倫調査の依頼主の女性は、モーレイの妻ではないことを知り、モーレイの身辺調査を進める中で
モーレイの本当の妻と、モーレイの仕事仲間である大富豪クロスと接触し、驚愕の事実に触れる姿を描きます。

今になって思えば、よく大富豪クロス役に名監督ジョン・ヒューストンをキャスティングできたなと
感心しているのですが、映画のラストでのクロスの気持ち悪さなんかは、実に上手く表現できていたと思います。
ジャック・ニコルソンからすると、85年の『女と男の名誉』で起用されたのは、本作での共演がキッカケだったのかも。

特にラストシーンでの、クロスの気持ち悪さは特筆に値し、映画史に残る悪役キャラクターだ。
映画の中盤に少しだけ登場し、残りは映画のラスト15分のみの出演なのですが、このインパクトはスゴい。
結局、大都市ロサンゼルスであっても、警察は大富豪の金の力で操られ、その前に正義は力及ばないわけだ。
賛否はあったとだろうが、この映画が表現する巨悪に小物な私立探偵が跳ね返される無力感が印象的だ。

どうやら、ジョン・ヒューストンの娘であるアンジェリカ・ヒューストンの恋人がジャック・ニコルソンで、
それが縁で本作のクロス役を彼が演じることになったようですが、当時はお互いにフクザツな心境だったのかも。

それから、実質的ヒロインであるモーレイの妻イブリンを演じたフェイ・ダナウェーが良いですねぇ。
大人の女性としての色気と、どこか危険な香りがする女性として、スゴく魅力的な雰囲気がありますね。
個人的には本作は、フェイ・ダナウェーのベストワークかと思います。悲劇的なヒロインなのも、印象に残りますね。

この辺はロマン・ポランスキーと、脚本のロバート・タウンの間で意見が分かれたようですが、
イブリンの描き方と、彼女の結末に関しては映画で描かれた展開で正解だったような気がします。
この方が如何にもフィルム・ノワールな雰囲気を強調できて、これだけのインパクトあるラストには出来なかったでしょう。

「忘れることだな。これがチャイナタウンだ」という台詞は、映画史に残る名セリフでしょう。
ショックを受け、あまりにツラい現実を目の当たりにしたジェイクの失意の表情が、今でも忘れられません。

浮気調査をメインに受けていたジェイクも、私立探偵としては決してキレイな仕事をやってきたわけではない。
殺人事件も扱うことがあり、全てがクリーンに仕事できるわけではないと本能的には分かっていたはずで、
内偵のためには多少の不法行為も行っていたわけで、だからこそ彼は理髪店で売られたケンカを買い、
「オレは堅気だぞ!」と激怒するのは、それなりに私立探偵の仕事に誇りを持っていたことの裏返し、
そこら辺の悪党とは一緒にされたくはないという気持ちが強かったのでしょう。だから汚いこともやるし、
時には相手と殴り合いのケンカになることもあった。そんな男であっても、この顛末はとてもショッキングなものだ。

このラストを、より悲劇的に表現することで本作は高く評価されるに至ったということもあると思うんですよね。

当時、終焉を迎えつつあったアメリカン・ニューシネマとは違う位置づけにある作品ではありますが、
見方によっては、アメリカン・ニューシネマ期を経ていたからこそ、製作できた映画という気もするんですよね。
ジャック・ニコルソンとフェイ・ダナウェーが出演しているので、ニューシネマな映画かと思っちゃうんですがね。

ちなみに、映画の中盤でジェイクが水道施設に不法侵入して調査していたところ、
放水に巻き込まれ足を負傷し、施設から出ようとしていたところをジェイクとは旧知の仲のクロードが
率いる悪党の一人を演じるのがロマン・ポランスキー本人で、彼はなんとジェイクの鼻をナイフで切ります。
この瞬間、ジェイクの鼻から血が噴き出すのですが、これは映画史に残る“痛いシーン”として有名です。

例えばレイモン・チャンドラーが描いたフィリップ・マーロウのようなキャラクターであれば、
本作で描かれたジェイクのように事態の解決を試みるも、結局は無力な探偵とは描かれないのだろうけど、
このジェイクという男は、身なりで威圧するところはあるけど、それ以上に強さを見せることはない。
ここから感じるのですが、ロマン・ポランスキーは別にカッコ良く、強い探偵を描きたいわけでも、
“絵になる男”を描きたかったわけでもないのでしょう。こう言ってはナンですが、ジェイクはあくまで小者です。

そんなジェイクであるからこそ、イブリンのように目的達成のためであれば何でもやるかも・・・と
思えるぐらいにミステリアスでセクシーな女性であれば、すぐにキスしちゃうぐらい“軽い”んですよね(苦笑)。

いくら私立探偵稼業に誇りを持ってやっていても、これでは脇が甘過ぎる。
でも、そんな人間臭いキャラクターだからこそ、前述したラストのジェイクの無力感に納得性があるのでしょう。
別に特別な男ではないし、「男が惚れる男」というほどのカッコ良さは無い。そこにハードボイルド感は弱いと思います。

それよりも、この映画はクドいけれども、必死にやったけれども及ばず、
挙句の果てに「忘れろ」と言われる現実の残酷さと、どんなに頑張っても巨悪に跳ね返される無力感がメイン。
どちらかと言えば、本作はハードボイルド映画というよりも、フィルム・ノワールという感覚に近いかもしれませんね。

そして70年代のジャック・ニコルソンはどんな役を演じさせても、ホントに上手い。
特にこの頃はアメリカン・ニューシネマ期のスターとして駆け上がっていた頃で、ハリウッドでも一気に名を上げました。
本作の後に出演した『カッコーの巣の上で』は初のオスカーを獲得するなど、彼の代表作ともなりました。
そういった仕事を軽くやってのけるくらいの勢いが当時はあったし、本作での芝居もやはり素晴らしいです。

ちなみにジャック・ニコルソンは本作のジェイク役が忘れられなかったのか、
90年に珍しく彼自身が監督と主演を兼任した『黄昏のチャイナタウン』という続編を製作しております。
映画の出来自体はサッパリで評価も散々でしたけど、これは当初から構想にあった続編だったようですね。

確かに、本作がロバート・タウンによるオリジナル脚本であって、原作があるわけでもないのがスゴい。
ロバート・タウンはジャック・ニコルソンと旧知の仲だったそうですが、本作が最高傑作かもしれません。

個人的にはそこまで思い入れがあったり、好きな映画というほどではないのですが、
やはりここまで雰囲気で酔わせる映画というのも珍しいぐらいで、映画の質はとても高いとは思います。
これだけ敗北感、そしてやるせなさを観客に与える映画というのも珍しく、70年代最高のフィルム・ノワールかも。
(やっぱり、ロマン・ポランスキーって映画監督としてはスゴかったんですよね・・・)

それから、冒頭のタイトル・クレジットで流れるジェリー・ゴールドスミスの曲もたまらなく良いですねぇ。

(上映時間130分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ロマン・ポランスキー
製作 ロバート・エバンス
   アンドリュー・ブラウンズバーグ
   C・C・エリクソン
脚本 ロバート・タウン
撮影 ジョン・A・アロンゾ
音楽 ジェリー・ゴールドスミス
出演 ジャック・ニコルソン
   フェイ・ダナウェー
   ジョン・ヒューストン
   バート・ヤング
   ペリー・ロペス
   ジョン・ヒラーマン
   ダイアン・ラッド
   ダレル・ツワリング
   ロマン・ポランスキー

1974年度アカデミー作品賞 ノミネート
1974年度アカデミー主演男優賞(ジャック・ニコルソン) ノミネート
1974年度アカデミー主演女優賞(フェイ・ダナウェー) ノミネート
1974年度アカデミー監督賞(ロマン・ポランスキー) ノミネート
1974年度アカデミーオリジナル脚本賞(ロバート・タウン) 受賞
1974年度アカデミー撮影賞(ジョン・A・アロンゾ) ノミネート
1974年度アカデミー作曲賞(ジェリー・ゴールドスミス) ノミネート
1974年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1974年度アカデミー衣装デザイン賞 ノミネート
1974年度アカデミー音響賞 ノミネート
1974年度アカデミー編集賞 ノミネート
1974年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1974年度イギリス・アカデミー賞監督賞(ロマン・ポランスキー) 受賞
1974年度イギリス・アカデミー賞脚本賞(ロバート・タウン) 受賞
1974年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1974年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1974年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1974年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ジャック・ニコルソン) 受賞
1974年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(ロマン・ポランスキー) 受賞
1974年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(ロバート・タウン) 受賞