炎のランナー(1981年イギリス)

Chariots Of Fire

まぁ、これはヒュー・ハドソンという映画監督の生真面目さが、よく表れた作品ですね。

どちらかと言えば、ヴァンゲリスのテーマ曲ばかりが有名なのですが、
1981年度アカデミー賞で7部門にノミネートされ、作品賞を含む主要4部門を受賞しました。
まぁ、受賞の是非はともかくとして、とても丁寧に綴られた伝記映画ですので、相応の見応えはあります。

映画はノンフィクション原作を基にしており、幼い頃から中国で育ち、初めてスコットランドの地を踏み、
牧師に奉職しながらも、大好きな短距離走で抜群の成績を上げるエリック・リデルと、彼のライバルでもある
ケンブリッジ大学で学ぶユダヤ系のハロルド・エイブラハムスが、他のオリンピック候補者と切磋琢磨しながら、
1924年のパリオリンピックに出場するまでを、精神的葛藤を交えながらストレートに描いていきます。

一見すると、スポ根映画になりがちなのですが、本作は極力、感情的なアプローチを避け、
映画は終始、出演者たちと少し距離を保ったまま描き、ヴァンゲリスの印象的な音楽の調べに乗せて、
文字通り“静かな感動”に満ちた内容になっていて、ありがちなスポ根映画には陥っていません。

ただ、どうしても僕にはこの映画、そこまで強く響くものが感じ取れないのですよね。
映画の水準としては高いもので、断じて悪いものではないと思いますが、どうも...特長が無いんですよね。
少々、大袈裟なな言い方をすると、アピールポイントの無い商品というように見えてしまったんですよね。。。

コーチ役を演じたイアン・ホルムやベテランのジョン・グールグッドなど実力派俳優を集めてはいるのですが、
主役級のエイブラハムスを演じたベン・クロスにしても、リデルを演じたイアン・チャールソンにしても、
どこか押し切れない、インパクトが強くはない感じで、それはそれで良いのかもしれないど、全体として弱いなぁ。

演出にしても、役者陣の芝居にしても過剰にはならないように、
ヒュー・ハドソンが敢えて抑制した作りにしたのかもしれませんが、この映画の“売り”が何なのか?という話しですね。
これを作り手自身が、まずどう考えているのかが不透明で、この映画を通して何を映したいのかが明確ではない。
単にエイブラハムスとリデルの伝記を描きたかったのかもしれないが、何か深掘りするものが欲しかったなぁ。

それが出来そうな題材であっただけに、チョット勿体ないなぁと感じちゃうんですよね。

確かに信仰とスポーツという、他の映画では見られないテーマを掲げたのは面白い。
これももっと深掘りして欲しい。予選の日が「安息日」である日曜日であることを記者から聞いたリデルが、
敬虔なクリスチャンであり、牧師であるリデルが思い悩み、オリンピック委員会の偉い人々にクドかれるものの、
国よりも神(信仰)が優先であると主張し、国ために走ることよりも「安息日」を守る主義を押し通します。

日本では、こういった信仰の強さがオリンピック出場に勝るというところは理解されにくいとは思うけど、
敬虔な方からすると、やはり信仰があってこそ自分があるという意識があるからこそ、信仰が勝るのかな。

一方で、ケンブリッジ大学ではプロのコーチとして定評のあるムサビーニを雇ったエイブラハムスに
「私たちはアマチュアにこだわっている」と忠告し、ムサビーニをコーチとして雇うことを止めさせようとします。
飽くなき向上心と、勝ちたい気持ちが勝るエイブラハムスからすると、この忠告は心外なものでしかなく、
大学側に異を呈しますが、とどのつまりは大学側はムサビーニがイスラム系の信仰を持っていることを疑っていて、
宗教上の理由でエイブラハムスに近づくことを防ぎたかったのではないかと、映画の中では匂わせています。

国のためにと、有望株をオリンピックに担ぎ上げて走らせて、「安息日」なので走れないと主張するリデルには
信仰を曲げる必要があると堂々と説くものの、一方で信仰の違いは大きな弊害として、ムサビーニのコーチに
反対する大学があると、それぞれの思惑が選手たちの意志を振り回すかのように交錯する姿は、確かに印象的だ。

だからこそ、このテーマにはもっと不条理さを表現しても良かったと思う。
そして、選手たちがそれら思惑に悩む姿を、もっと真正面からクローズアップして描いて欲しかったですね。
おそらく作り手は、本作がノンフィクションであるという前提に、かなりのこだわりがったのだと推察します。
だからこそ、大きな脚色やドラマチックになり過ぎることを嫌ったのかもしれません。しかし、それでは訴求力が弱いなぁ。

僕がこの映画に物足りなさを感じてしまったのは、そういった突き抜けた強さと、訴求力なんですよね。
「で、この映画は何に肉薄したかったのだろう?」...そんな疑問が、観終わった後にどうしても拭えないのです。

この映画を観る限り、ヒュー・ハドソンという監督は総合力があるディレクターだと思うし、
力のある映画を撮れる人なのだと思う。事実、そういった総合力を本作は高く評価されたのだろうと思う。
でも、本作製作から40年以上経過した今、この映画で最も有名なのはヴァンゲリスの音楽だというのは、
アカデミー作品賞を受賞した作品としては、いささか寂しい。おそらく、もっと出来ることはあった企画だと思う。

そういう意味では、フラッシュ・バック形式をとるかのように、
クライマックスは冒頭のシーンの続きに戻ってきますが、このラストも良くも悪くもアッサリしている。
これが良いとする意見もあるとは思うけど、一方でこれでは強い印象として残らないという論調も、よく理解できる。

ギリシャ出身のヴァンゲリスは、60年代後半から故国ギリシャでは活躍していて、
70年代にはプログレッシヴ・ロックの代表バンドの一つであるイエス≠フキーボーディストとして加入する
一歩手前までいっていたようですが、諸事情により加入せず、本作のサントラが世界的大ヒットとなり、
本作の後にも『ブレードランナー』、『ミッシング』、そして日本映画の『南極物語』など数々の映画音楽の名作を
世に送り出し、02年の日韓共催のワールドカップでもテーマソングを提供するなど、根強い人気を誇っています。

確かに本作の陸上選手たちが浜辺で走るシーンをスローモーションにして、
ヴァンゲリスのテーマ曲を流すシーンは、映画史に残る名シーンと言ってもいい“映え具合”で、
これはあまりに出来過ぎというぐらいに、もうこれ以上ないぐらいの完成度を誇る、不朽の名作と言える。
こういう言い方は申し訳ないが、この映画はヴァンゲリスの音楽にかなりの部分で助けられていると思っています。

しかし、これはこれで素晴らしいめぐり逢い。ヴァンゲリスに依頼して、その期待にヴァンゲリスが応えた。
この人選と、映画の作り手がハッキリとヴィジョンを提示して作曲を依頼したことで、この名作として結実したのでしょう。

そんなヴァンゲリスのシンセサイザーが刻む電子音と、格調高い品のあるカメラ、
そして終始落ち着いたヒュー・ハドソンの演出が、相まって選手たちの走りに躍動感を与えている。
これらの要素が絡み合って、まとめ上げる総合力は高いだけに、クドいようですが、映画としての決定打が欲しかった。

そういう意味では、エイブラハムスとリデルの2人の関係性について、友情なのかライバルなのか、
ハッキリと焦点を定めて描き、2人が切磋琢磨する姿をもっと強く描いて欲しかったかな。
それどころか、本作はどちらかと言えば、2人がお互いに闘わないという選択をしてしまったので、
もう友情をメインを描くしかなかったのだけれども、本編では2人の友情について、あまりハッキリと描かない。
そうすると、僕にはどこか表層的な映画、と映ってしまったところがあり、中途半端に見えてしまいましたね。

映画的に解釈した作品というよりも、事実をできるだけそのまま映像化することに努めた作品で、
ジンワリと広がる“静かな感動”を伴う、伝記映画が好きな人にはオススメできる作品です。

(上映時間124分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ヒュー・ハドソン
製作 デビッド・パットナム
原作 コリン・ウェランド
脚本 コリン・ウェランド
撮影 デビッド・ワトキン
編集 テリー・ローリングス
音楽 ヴァンゲリス
出演 ベン・クロス
   イアン・チャールソン
   イアン・ホルム
   ナイジェル・ヘイバース
   ナイジェル・ダベンポート
   シェリル・キャンベル
   アリス・クリーグ
   デニス・クリストファー
   ジョン・ギールグッド
   リンゼー・アンダーソン

1981年度アカデミー作品賞 受賞
1981年度アカデミー助演男優賞(イアン・ホルム) ノミネート
1981年度アカデミー監督賞(ヒュー・ハドソン) ノミネート
1981年度アカデミーオリジナル脚本賞(コリン・ウェランド) 受賞
1981年度アカデミー作曲賞(ヴァンゲリス) 受賞
1981年度アカデミー衣装デザイン賞 受賞
1981年度アカデミー編集賞(テリー・ローリングス) ノミネート
1981年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1981年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(イアン・ホルム) 受賞
1981年度イギリス・アカデミー賞衣装デザイン賞 受賞
1981年度カンヌ国際映画祭助演男優賞(イアン・ホルム) 受賞
1981年度ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞(デビッド・ワトキン) 受賞
1981年度ゴールデン・グローブ賞外国映画賞 受賞