シャレード(1963年アメリカ)

Charade

ヒッチコックのようなサスペンス映画ですが、これは本格的なサスペンス・コメディの先駆けのような作品だ。

それはオードリー・ヘップバーン主演の映画に、相手役としてヒッチコック映画の常連の一人だった
ケーリー・グラントが出演しているからだろうとも思うのですが、どうやら監督のスタンリー・ドーネンも
ヒッチコックが撮っていたようなサスペンス映画を目指していたというから、狙い通りの出来だったのだろう。

日本でも劇場公開当時、本作は大ヒットしていたというが、確かに当時としては斬新な作品だったでしょう。
ただ僕の観た感想としては、本作は充実したエンターテイメントではあるけど、そこまでの出来ではないと思いました。

映画は資産家の夫との生活に疲れて離婚しようとしていたヒロインのレジーナが、
バカンスで訪れていたスキー場から、居を構えるパリへ帰宅したところ、地元警察から夫の死を告げられる。
謎めいていた夫の葬儀に参列した、次々と訪れる不審な3人の男たちが、レジーナに「金を返せ」と迫ってくる。

そこでスキー場で出会った素敵な紳士ピーターも近くにいるので、
レジ−ナはピーターに助けを求めるが、レジーナは情報を密にとっていたアメリカ大使館のバーソロミューから
このピーターに関わる秘密を告げられ、レジーナは何が真実なのか分からなくなり、困惑していきます。

確かに、このケーリー・グラント演じるピーターのキャラクターがなんともよく分からない。
あまりにウソをつき過ぎていて、思わず「どうしてこんな近づき方をしたんだろ?」と思えてならないのですが、
事実をダイレクトにレジーナへ伝えることができないにしろ、もっと上手い説明の仕方があったとは思います。
さすがにここまでウソついていると、映画のクライマックスになってもピーターがどこか胡散臭く見えてしまいますね。

だって、あんなに自分の名前や素性をウソつかれてしまっては、いくら好みのタイプだったとしても、
警戒心の強いレジーナが、そう簡単にピーターのことを信じるという展開に説得力がなくなってしまいますよね。
言ってしまえば、映画としても半ば“何でもアリ”になりかけているわけで、もっとシンプルに描いた方が良かったなぁ。

この辺はスタンリー・ドーネンの描き方の問題もあったとは思いますが、
本作はスタンリー・ドーネンにとってのチャレンジでもあり、元々はミュージカル映画を中心に撮っていた人ですからね。

映画の冒頭もアニメーションにヘンリー・マンシーニのテーマが、ほぼヒッチコック映画のパロディ。
最初っから、ヒッチコック映画をかなり意識しているのは確かですが、肝心なスリルも少し足りないかなぁ。
まぁ・・・基本はコメディ映画のようですから、あまりスリリングな展開にしなくともいいという判断なのかもしれませんが。

スリルが足りない分を、殺された人のカットを入れることで、
強引に残酷さを出そうとしているように見えますが、これがまたアンバランスで“浮いちゃって”見えちゃうんだなぁ。

オードリー演じるレジーナも一筋縄にはいかないキャラクターですが、
彼女が隠したと思い込んでいる大金を奪おうとする男たちは、いずれも個性の強い屈強な男たちだ。
唯一、知能犯っぽいギデオンが例外的ではありますが、ギデオン以外の男たちは名バイプレイヤー揃いの面々だ。

ギンガムチェックのスーツを華麗に着こなすジェームズ・コバーンは、まだ若々しさがあって、
レジーナに火の点いたマッチを何度も投げてくる脅迫シーンは、レジーナが冷静に対処しますが、これは怖い。
僕はこういった演出は、もっと随所にあっても良かったと思います。そうじゃないと、良い意味でスリルが生まれません。

そういう意味では、生かし切れなかったのは、いかついジョージ・ケネディ演じる義手の男でしょう。
ジョージ・ケネディの存在感は素晴らしいけど、もっと直接的にレジーナに接触してくるシーンが欲しかったなぁ。
もっと観客にとってストレスになる存在であって欲しい。ケーリー・グラントと格闘するシーンに時間を費やし、
どこか物足りないまま退場してしまうので、もっと意識的に彼を恐ろしい存在として描いて欲しかったですね。

とは言え、改造した義手を凶器のようにして襲いかかってくる粗暴なところを上手く利用しているのも事実。
演じるジョージ・ケネディは豪快な男を演じ続けた役者さんですが、本作の仕事も彼の代表作の一つだろう。

そして、要所で登場するレジーナから連絡を受けるバーソロミューを演じたウォルター・マッソーが
謎に筋トレしながらだったり、謎な行動をとりながらレジーナからの電話をとるというのが、なんとも妙なテイスト。
それでも映画のクライマックスの攻防では、しっかりと存在感を見せつけるあたりは流石。彼の起用も正解でしたね。

02年に本作はリメークされましたが、やはりオードリーを主役にキャストできた本作の魅力には勝てないでしょう。
前述したようにスタンリー・ドーネンの演出には甘さもあるとは思うが、それでもこのキャスティングの絶妙さ加減で
本作は実に魅力的な映画になっていると思うし、レジーナを追う男たちを演じたクセ者たちのキャストまで素晴らしい。

どうやら当初はピーター役をケーリー・グラントが断わったことで、
ポール・ニューマンに傾きかけていたらしいのですが、紆余曲折を経てケーリー・グラントに決まったらしい。
個人的にはこのピーター役は包容力がある役者の方がいいと思ったので、若き日のポール・ニューマンでは
そういった包容力や余裕のある立ち振る舞いを表現するには若過ぎたと思うので、ケーリー・グラントで良かったと思う。
(ケーリー・グラントはオードリー・ヘップバーンとの20歳以上ある年の差を気にしていたらしい・・・)

身なりは良い紳士な感じではあるけど、ただのオッサンと言えば、オッサンに見えるケーリー・グラントとなれば、
良い意味でファッション・リーダー的なオードリーのオシャレさが際立つのも事実で、本作は確かに大人オシャレ(笑)。
本作の前に彼女が出演した『ティファニーで朝食を』とは、また違った魅力を見せてくれるのも映画ファンとして嬉しい。

どこまで作り手がその辺を狙って撮っていたかは分かりませんが、
本作のスタンリー・ドーネンは恵まれたキャスティングを、上手く活かすことに関しては長けていましたね。

ケーリー・グラントが出演しているせいか、ヒッチコックの『北北西に進路を取れ』と比較したくなりますが、
スリルという観点では物足りないものの、ストーリーテリングのスムーズさにかけては本作に軍配が上がるし、
適度にコミカルな魅力あり、映画のテンポも良くとなれば上映時間も短くなり、本作の方が観易い部分はあると思う。
やはりオードリー・ヘップバーンというコメディエンヌとしての魅力を持った女優さんをキャストできたのが大きかったなぁ。

そんなオードリーのコメディエンヌっぷりに負けじとばかり、
ケーリー・グラントもヤケになってスーツ姿のままシャワーに入って、スーツの上から石鹸をつけ始めるのも面白いし、
夜のバーの余興で、見知らぬ女性と身体を密着させて、手を使わずにオレンジを次の人に受け渡すというのも、
現代なら、いくら夜の店の余興とは言えど、セクハラだと訴えられそうなキワドイことを楽しそうにやっているのも貴重だ。

確かにパリを舞台にした映画だというのに、キャストのほとんどが英語を喋っているなど、
細部は作りが粗い映画ではありますが、そんな違和感は気にしないで観てもらいたい作品ではあります。

スリルという点で物足りなさがあるので、そこはもっと徹底した方が良かったとは思いますが、
オードリー・ヘップバーンの魅力だけでも、十分にチャーミングで魅力的な名画に仕上がっています。
こういう映画を観ると、あらためて映画製作に於けるキャスティングの重要性を実感させられる作品だと思います。

ジバンシーが全面プロデュースだったのか、本作でのオードリーのファッションはジバンシー。
既にファッション・リーダーのアイコンとして活躍していたオードリーですから、これもインパクト絶大だったでしょうね。
本作あたりは、オードリーの大人の魅力を生かしたファッションで、正しくエレガントな雰囲気に溢れている。

50年代後半にはジバンシーの広告塔のようになっていたようですが、
雑誌に載る以上に本作でのファッションのインパクトの方が、ずっと大きかったのではないでしょうか・・・。

(上映時間113分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 スタンリー・ドーネン
製作 スタンリー・ドーネン
原案 ピーター・ストーン
   マルク・ベーム
脚本 ピーター・ストーン
撮影 チャールズ・ラングJr
編集 ジム・クラーク
音楽 ヘンリー・マンシーニ
出演 オードリー・ヘプバーン
   ケーリー・グラント
   ウォルター・マッソー
   ジェームズ・コバーン
   ジョージ・ケネディ
   ネッド・グラス
   ドミニク・ノット
   ジャック・マラン

1963年度アカデミー歌曲賞 ノミネート
1964年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(オードリー・ヘップバーン) 受賞