おとなのけんか(2011年フランス・ドイツ・ポーランド合作)

Carnage

とあるニューヨークのマンション一室にて、
4人の大人が子供同士のケンカで、前歯を怪我させてしまった件について話し合っている。

怪我を負わせてしまったカウアン夫妻が、ロングストリート夫妻の暮らすマンションに訪れ、
謝罪を済ませて和解に向けての話し合いを終えかけた頃、引き上げようとしたカウアン夫妻を引き留める形で、
ロングストリート夫妻の夫マイケルが、自慢のデザートを振る舞うことになったあたりから、雲行きが怪しくなる。

『戦場のピアニスト』で未だその手腕が健在なことを証明した、
ロマン・ポランスキーがニューヨークに暮らす、やや経済的に恵まれた生活を送る大人たちが
子供同士のケンカを巡って、徐々に自分たちの本性を露呈していく姿を描いており、
僕はこの映画を観る前に入れていた前情報から言って、意外とシンプルな映画を撮ったなぁと思っていましたが、
いざ本編を観てみると、まぁ如何にもロマン・ポランスキーらしく居心地の悪い映画になっていますわ(笑)。

映画の序盤から、一見すると単調な会話劇の繰り返しに
映画のテンポが全く上がらずに、人によってはイライラさせられると思うのですが、
途中から徐々に、登場人物たちのメッキが剥がれてきて、映画のテンションが上がってきます。

ロマン・ポランスキーもまだこれだけ元気な映画を撮れるというのが嬉しいですね。

主な登場人物は4人しかいないのですが、
4人がそれぞれに考え方の違いや思想があって、それぞれに主張し合うのですが、
少しずつズレたり、稀に交わったりすることを繰り返すという発想が面白くて、いがみ合ったり、
味方になったかのように同調し合ったり、お互いの位置づけがコロコロ変わるというのが上手い。

しかし、こういう映画だからこそ、尚更、人物描写が重要になる。
それゆえか、僕はどうしてもこの映画に満点を付けられない(笑)。これはとても勿体ない部分があります。

謝罪に訪れたカウアン夫妻の夫アランを演じたクリストフ・ヴァルツは、
弁護士としてワーカホリックな感じで働きながらも、家庭人としての責任を果たせず、
子育ては妻の仕事と割り切る性格の難しさで、謝罪に来た相手の家で堂々と携帯電話に出て、
仕事のやり取りを延々と繰り返す夫であり、そういった性格的な難については一貫している。

そして、ロングストリート夫妻の妻ペネロピは、怪我をした息子を守りたいがために、
どうしても相手の加害者の子供に反省をさせたく、もっと言えば、罰を与えたいと願っている母親で、
その願望をどうしても隠しきれず、思い通りにならない相手の両親との交渉に苛立ってしまい、
最後の最後で感情的に爆発してしまい、結果的に責め合いとなってしまう。彼女のキャラクターも納得性がある。

問題はケイト・ウィンスレット演じるカウアン夫妻の妻ナンシーと、
ジョン・C・ライリー演じるロングストリート夫妻の夫であるマイケルだ。この2人には一貫性が無い。

とても勿体ないというか、この2人のキャラクターが僕にはどうしても良く見えなかった。

まず、ナンシーですが、彼女は投資ブローカーと名乗っているのですが、
その社会的なステータスはともかく、途中までは良かったけれども、終盤に性格が豹変したかのように、
火に油を注ぐようなことしか言わなくなり、バッグを引っくり返された程度で、一気に憤慨してしまう。

それ以前に、謝罪に来た家で、繰り返されるアランの無礼な振る舞いと、
相手夫婦の嫌味にストレスを感じ、体調が悪くなってしまい、なんと部屋の真ん中で嘔吐してしまう。
(結構、リアルに嘔吐するので、こういう映像が苦手な方は見ない方が無難かも・・・)

まぁ・・・その時点で凄く気まずいのですが(笑)、
譲って、体調が悪くなって嘔吐してしまうことはあるだろう。しかし、そもそも気分が悪いことを
自覚しておきながら、周囲に勧められたにも関わらず、何故にトイレに行かなかったのかも理解できないし、
気分の悪さを助長するようにペネロピに勧められるがままに、コーラをガブ飲みするのかも、よく分からない。
(オマケに最後の最後に、ウィスキーを飲んで、更に気分が悪くなっている・・・)

比較的、理性的な判断を大切にしていたし、慎重な性格のように描かれていたのに、
何故に気分が悪い状態でウィスキーを飲んで、メチャクチャになってしまうのか、納得性が感じられない。

そして、もう一人。ロングストリート家の亭主マイケルだ。
彼もよく分からない性格だ。勿論、必死に融和的な体裁を整えようと無理していたのは分かる。
しかし、いつの間にか相手の亭主アランと心通じたり、破綻したことを主張したりと支離滅裂なのである。

結局、この映画はこの2人の描写に粗が目立つのが勿体ない。
映画の着想点の良さは、舞台劇のときに高く評価されたことに裏打ちされているように素晴らしいし、
相変わらず観客の居心地の悪さを演出できるロマン・ポランスキーの手腕が健在なのは嬉しい。

さすがにこれだけ力がある映画を撮れるディレクターは、そう多くはないだろう。

ちなみに本作はニューヨークを舞台にした作品にも関わらず、
パリで撮影されたそうなのですが、それはロマン・ポランスキーがアメリカでは指名手配されているため、
実質的にアメリカへの入国が不可能であったことから、パリで撮影されたそうです。
それでも彼の監督作品に出演したいと思う俳優がいるのだから、やはりロマン・ポランスキーって凄いですね。

ただ、この映画、コメディ映画としての触れ込みが強いのですが、
僕が観た率直な感想としては、この映画は一様にコメディ映画とは言い切れないような気がします。
どこか大人たちの本質の逸れた醜い争いが、観客に強烈なまでの居心地の悪さを感じさせます。
こういう感覚に陥る映画って、どうも笑わせられるというよりも、観客の居心地悪さを察して、
ロマン・ポランスキーが楽しんでいるような気がしてならないんですね。そういう意味で、これは“S”な映画です。

おそらくロマン・ポランスキーも、子供同士のケンカに端を発して集まったはずの大人たちが、
お互いに語り合うことによって、次第に的外れな中傷合戦になってしまう滑稽さに興味を持ったのでしょうね。

まぁシナリオも良く書けているのでしょうが、
基本的にこれはロマン・ポランスキーの演出力がモノ言った映画だと思う。
前述した嘔吐シーンに代表されるような、視界的な不快感も利用してでも、観客の居心地を悪くさせる
ロマン・ポランスキーの性根の悪さ(←褒め言葉です)が、この映画を支えていることは間違いないです。

個人的には、この映画は少し斜に構えて観た方が楽しめるかと思います。
真正面から常識的に観てしまうと、この映画のツボを外してしまうような気がします。

(上映時間79分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ロマン・ポランスキー
製作 サイド・ベン・サイド
原作 ヤスミナ・レザ
脚本 ヤスミナ・レザ
    ロマン・ポランスキー
撮影 パヴェル・エデルマン
編集 エルヴェ・ド・ルーズ
音楽 アレクサンドル・デプラ
出演 ジョディ・フォスター
    ケイト・ウィンスレット
    クリストフ・ヴァルツ
    ジョン・C・ライリー