愛に囚われて(1994年イギリス)

Captives

刑務所を定期訪問することになった歯科が専門の女医レイチェルが、
出所間近となり外出が許されている囚人と、恋に落ちたことから広がる騒動を描いたラブ・サスペンス。

確かにこれはハリウッド映画とは、少し違った空気を持った映画であり、
BBCが製作に関わっているせいか、どこかテレビ映画のような雰囲気を感じさせるところがありますね。

日本でも一時期人気のあったティム・ロスが『レザボア・ドッグス』などで注目され始めていた頃の作品で、
彼の独特な魅力が炸裂していて、真っ直ぐにレイチェルにアプローチを続ける姿はファン必見でしょうね。
それでいて、過去に罪を犯した囚人として、どこか危険な香りのする男というシルエットも見事に共存している。

そして何より、95年の『サブリナ』でヒロインの座をゲットすることになるジュリア・オーモンドが
ヒロインとして出演していますが、本作のジュリア・オーモンドはホントにキレイですね。もっとブレイクしても良かったなぁ。
『サブリナ』や『トゥルーナイト』など次々とハリウッド映画に出演していただけに、もっと有名になると思ったんだけどなぁ。

男女の心の揺れ動きを描くはずの恋愛映画ですから、少々この映画は食い足りない部分はある。
ただ、僕はこの映画は雰囲気を味わう作品だと思う。レイチェルと囚人フィリップの危険な恋の香りはスゴいです。

確かに、レイチェルがいくら夫に浮気されて離婚に至るという強いショックを受けていたとは言え、
本来であれば異性を警戒して、次の恋愛には消極的になりそうなところなのに、たまたま出会った囚人に
強く惹かれて、それだけでなく実際にフィリップに会いに行ってしまう大胆な行動に至ることに説得力は無い。
この辺はあまりに唐突でよく分からないのですが、レイチェルにとっては別に夫との別離によって生まれた、
心の隙間を埋めるためにフィリップとの刹那的な恋愛に走ったというわけではなく、本気で愛していたのでしょう。

そういう意味では、何度も会っていたバーで、気づけばお互いに見つめ合って、
店の店員からもニヤニヤ見られるぐらいイチャイチャし始めるまでの描写というのは、どこか説明不足なのかも。
これではレイチェルが一時の愛欲に身を任せました、みたいに見えてしまうので、あまりに唐突で納得性が無い。

別にレイチェルが歯科医だから・・・というわけではないのですが...
どこか良識的な判断を下しそうなレイチェルにしては、随分と衝動的かつ大胆な行動ですが、
一方でフィリップの危険な香り漂う空気感に圧倒され、アッという間に恋愛関係になってしまったというのも、
この映画のティム・ロスを観ていると、男の視点からしても分からなくはない。それくらい、本作のティム・ロスは良い。

まぁ、この映画を観ていると、どこかどう見てもレイチェルとフィリップは刑務所内でも
どこか“恋の目配せ”をしている感じなので、周囲が気づかないわけがないのですが、やはりこれも愛は盲目。
どこか冷静に物事を考えていたはずのレイチェルが、次第に周囲が見えなくなっていくのが分かります。
そんな混沌とした感情を抱えるレイチェルを、ジュリア・オーモンドは実に巧みに演じていると思いました。

しかし、いくら外出時間が限られているフィリップとは言え、愛欲に身を任せて、
カフェのトイレに流れ込むというのは、そりゃレイチェルにとっては衝撃的だったのでしょうけど、
レイチェルの性格からいけば、なんだか理解できない。理性的な判断ができないくらいヒートアップしていたのでしょうが。

一途な恋愛かと聞かれると、フィリップとレイチェルの恋はそうでもない。
優しくされることに慣れていないと言うフィリップは、レイチェルに少々強引に近づいていったものの、
いざ恋愛関係になると突如として、「刑務所に来るということは男目当てだろ?」とレイチェルに酷い言葉をかける。

レイチェルも純粋にフィリップに一目惚れしたというより、夫の裏切りによる心の隙間を埋めるため、
という動機のような気もしますが、それでもフィリップに執着するように彼とは離れられなくなっていました。

実際、レイチェルはフィリップとの恋に不安を感じる部分もあり、フィリップの収監理由を自ら調べたりして、
フィリップの過去に関わる真実を知り、更に揺れ動きます。それでも彼女は、後戻りできないところまで来ていました。
それだけレイチェルにとってはフィリップとの出会いや恋愛が、運命的なものだったということなのでしょうね。

そういう意味では、傷つき、傷つけられながら、お互いに寄りかかりながら愛を深めていく関係。
確かにフィリップは酷い部分はあるし、過去の罪も不透明で清算できることではないのだけれども、
それでもフィリップという男の危険な魅力を感じさせるのに、ティム・ロスはベストなキャスティングだったのでしょう。
そういう意味では、この映画の企画自体がまるでティム・ロスのためにあった企画だったような気がします。

興味深いのは、この映画を監督したのが女流監督アンジェラ・ホープだということ。
女性の視点から見た映画であるのか否かは分かりませんが、なんだか不思議な感じがしますね。
結構、本作は男性の目線で描いた映画という感じがするので。フィリップ演じるティム・ロスの描き方以外は(笑)。

映画のスケール自体は決して大きくはないのですが、映画の終盤の見せ方はなかなか巧い。
刑務所内では外部から麻薬を手にすることが横行していて、フィリップとレイチェルの関係がバレて、
外部の協力者にレイチェルを見張らせ、フィリップはレイチェルに麻薬を持ってこさせるように脅迫されます。

誰しも望んでいたわけではありませんが、フィリップもレイチェルも協力せざるをえなくなっていく状況に
ドンドン追い込まれていく展開は急速に進み、決して誰も幸せになれない結末へと向って行くかのようです。

まぁ・・・映画は一見すると、破滅的かつ悲劇的な結末に見えるかもしれませんが、
これはこれでフィリップもレイチェルも、「これが最良の結末だった」と言わんばかりに、ラストは清々しくもある。
冷静に見るとレイチェルはフィリップと出会ったばっかりに、トンデモないことに巻き込まれたようにしか見えませんが、
それでも「ワイト島へ会いに行くのは大変だわね」と笑みを浮かべる姿には、彼女なりの愛を感じさせる表情ですね。

こういった恋愛にアンジェラ・ホープというディレクターが美学を感じているのかは分かりませんが、
決して幸せな結末を迎えることができない男女の恋愛をスリリングかつ、繊細に描いているのは巧かったと思う。

ただ、この映画、きっとティム・ロスとジュリア・オーモンドの組み合わせでなければ、
日本でも劇場公開されるレヴェルの作品として、扱われることは無かったのではないだろうか?
やはり映画にとってキャスティングというのは、映画の出来を決める以外にも、興行的にも重要な役割がありますね。
凄い傑作とは言えないけれども、なかなか見どころがある映画であって、やっぱり主演カップルの魅力は抜群だ。

欲を言えば、レイチェルがフィリップに惹かれる過程は、もう少し慎重に描いて、
彼女のためらいの気持ちと、突っ走る気持ちの双方を闘わせて、一気に解き放つようにして欲しかったが、
上映時間の制約などもあったのかもしれませんね。それでも、2人の恋愛はキチッと描けていて悪くはないのだが・・・。

このギリギリのところを狙った恋愛映画というのは、ハリウッドでは難しいのかもしれません。
ハリウッドのプロダクションで同じストーリーを映画化しても、ややニュアンスの異なる映画になっていた気がします。

ところで、実際に刑務所で診療する医師って、監視が緩い状態で診察しているのでしょうか?
医師の道具って、結構、凶器や脱獄の道具になり易いものを使っていて、確かに持ち運びのチェックなど
厳しくやっている様子は描かれてはいましたが、監視の目が緩いと何が起こるか分かりませんからね。
映画のテーマとは関係ない部分ではありますが、僕はこの映画を観ていて、それが気になって仕方がなかった・・・。

(上映時間99分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 アンジェラ・ホープ
製作 デビッド・M・トンプソン
脚本 フランク・ディージー
撮影 レミ・アデファラシン
音楽 コリン・タウンズ
出演 ティム・ロス
   ジュリア・オーモンド
   キース・アレン
   ショバン・レッドモンド
   ピーター・キャパルディ