キャバレー(1972年アメリカ)

Cabaret

これは凄まじいまでのインパクトに満ち溢れた、ボブ・フォッシーらしい個性的なミュージカルだ。

僕はミュージカル映画は好きだ。2000年代初頭に、少しだけミュージカルが流行りかけた時期があったけど、
アヴァンギャルドで攻撃的なミュージカル・シーンで、“そこから拡がるワンダーランド”みたいな感じが多かったが、
本作はその全く反対で、描かれるミュージカル・シーンはあくまでキャバレーの中と割り切ったように閉鎖的で
咳込んでしまうようなくらい空気がタバコで煙そうで、ライトが眩しい、“作りもの”の世界という感じで、とにかく暗い。

72年と言えば、アメリカン・ニューシネマ真っ盛りの時期であり、
コッポラが『ゴッドファーザー』を発表した年で、一見すると『ゴッドファーザー』が天下を取った年と思いがちですが、
実はこの年のオスカーは作品賞こそ『ゴッドファーザー』に譲ったものの、最多受賞作品は8部門獲得の本作でした。

『ゴッドファーザー』との比較はさておき、これはボブ・フォッシーの才気を感じさせる作品だ。
とにかく本作ほどに“負のオーラ”を感じさせるミュージカル映画というのは、後にも先にも無い気がする。

本作の舞台となるのは、第一次世界大戦の余波を引きずる1930年代のベルリンというのがミソ。
ナチス・ドイツの台頭よりは少し前の話しで、破滅的な展開に至るドイツの前夜を描いているとも言うべき内容で
映画の序盤では、舞台となるキャバレーの狂言回しとなるMCが歌の中でナチスへ毒舌を吐きまくり、
クラブの店員もクラブ内に出入りするナチスの兵士を一方的に追い出して、リンチを喰らうというシーンがある。

結果的にリンチを喰らうが、まだナチスを追い出す実力行使に出られる精神的余裕があった。
それは第一次世界大戦で精神的にも経済的にも痛い目にあったドイツの一般市民が立ち上がって、
共産主義を封じるというスローガン一つだけで、軍国主義的かつ独裁的な政治手法に傾くナチスに声を上げる、
それだけの力を持っていたということだ。しかし、映画が進むにつれて、あらゆる面でそうではなくなってしまう。

そうなれば、一般的なベルリンの市民の中でもユダヤ人への差別を公に口に出す者が増え、
次第にナチスがそういった市民の心をまとめ始める。そうして支持を得たナチスが台頭し、独裁国家を作り上げる。

そんな忍び寄るナチスの恐怖を感じ取ったのか、クラブでMCらを中心に歌われる歌の中身も変わってくる。
まるでナチスに配慮したかのような歌詞に変えつつも、MCはいつもの調子で陽気に歌って踊ってみせる。
不思議と客席も、それまでは開放的で心の底から楽しんでいた人も多く見えたが、次第にどこか屈折してくる。
それが最大限に反映されたのが、印象的でインパクトの大きい本作のあまりに不気味なラストシーンだろう。

しかし、別に奇異な構図を撮ったというものではなく、あくまでチョットした工夫である。
そうすると、まるで客先にはナチス兵しかいなかったとでも言いたくなるようなビジュアルのラストシーンである。
この終わり方を選択したのは大正解で、さすがはボブ・フォッシーも真剣に映画監督へ転身しただけあります。

監督作品としては74年の『レニー・ブルース』の出来の方が優れているとは思ったけど、
やっぱりボブ・フォッシーは天才振付師と呼ばれただけあって、本作のキャバレーでの歌唱と踊りのシーンは
映画を彩り特徴づけるものとしては素晴らしいものがあり、そしてどこか屈折して不気味なラストシーンへとつなげる。

ボブ・フォッシーの真意がどこにあったのかは分かりませんが、
こういった踊り子たちが厳しい時代にもあって、大衆を楽しませていたものの、いつしかナチスが台頭していき、
以前は風刺が許されていたものの、ナチス台頭で歌唱や踊りもファシズム一色に染まっていくことの恐ろしさがある。

それが、このラストの屈折した不気味さに象徴されるわけで、ナチスに支配されてしまい、
これから破滅的な独裁体制に入った第二次世界大戦に突入していく、暗い未来を示唆しているかのよう。

本作でアカデミー主演女優賞を獲得したヒロインのライザ・ミネリ演じるサリーは、
キャバレーの踊り子としては売れっ子であり、キャリアも長そう。自由なライフスタイルを謳歌しており、
晩熟で同性愛のニュアンスを匂わせる英語教師ロバーツを演じたマイケル・ヨークも彼女に戸惑うが、
次第に彼女との生活を謳歌するようになり、欲に忠実な行動をとるようになっていく。サリーに影響を受けるわけです。

そもそも、サリーが最初に登場するシーンからして、なんとも彼女の行動は奇妙。
二日酔いに効くからと、部屋に招いたロバーツに生卵にウスターソースを入れたものを飲ませるという
ホントに効くのか、なんなのか分からないのですが、ヨード剤を入れてたコップに入れて飲ませるという暴挙(笑)。

しかし、この出会いがロバーツの心を一気に開かされるキッカケとなったわけで、
ロバーツは女性経験がコンプレックスであり、同性愛者であるようなニュアンスを匂わせるものの、
次第にサリーには友情を越えた感情を持ち始めます。本作はこの過程をしっかりと描けているのは良かったですね。

それゆえ、2人の心の揺れ動きがなんとももどかしくもあり、それでいて特にサリーは大人な選択をする。
確かにサリーはサリーで一人で大きな決断をしてしまうのですが、その決断を飲み込んでも女性経験では
良い思いをしてこなかったウブなロバーツからしても、サリーは魅力的な女性であり、結婚したいと思っていたはずだ。
サリーもロバーツのことを「(ロバーツは)恋人以上に得難い存在であり、親友よ」と断言するほど信頼している。
恋愛か友情か、という定番な選択というのもあるけれど、サリーとロバーツはそんなことを超越した関係だったのだろう。

ロバーツにとってサリーとの出会いはとても大きなものであり、忘れがたい存在でそれはサリーも同様だろう。
それが明白であるからこそ、本作で描かれる彼らのラストの在り方はとても切ないものであり、大人な選択に映る。
サリーを演じたライザ・ミネリは映画女優としても歌手としても苦労した人ですが、本作は彼女の代表作でしょう。
特に同性愛者であることを匂わすロバーツとの男女関係を表現したあたりは、当時は先進的な役柄だったはずだ。

しかし、キャストとしては狂言回しとなるMC役を演じたジョエル・グレイが突出している。
彼は舞台俳優なのですが、彼の表情一つ一つに狂気を感じるし、キワどい毒舌にもハラハラさせられる。
ほぼ間違いなく本作は彼の映画だ。『ムーラン・ルージュ』のジム・ブロードベントも、彼をモデルにしたのだろう。
このドギツさはボブ・フォッシーの演出だと思うけど、ジョエル・グレイにとってはとても幸運な仕事となりましたね。

それまでのハリウッド製のミュージカル映画のフォーマットを完全にブチ壊して、
新たなボブ・フォッシー流のギリギリ限界のところまでを表現した、当時としては新感覚ミュージカルだと思う。
それを象徴するのは、このジョエル・グレイが社会風刺をすると同時に、まるで観客を嘲笑うかのように振舞うことだ。

これはマリサ・ベレンソン演じるユダヤ人の女性大富豪にしても同様で、
どう見ても金目当てで近づいて来た男に、乱暴に扱われたと告白させたものの、実は彼女の中で情動にかられ、
心動かされるものがあったと通常では考えにくい告白をさせたりと、ボブ・フォッシーはどこかツボを外してくる。

思えば、キャバレーのミュージカル・シーンではライザ・ミネリが歌って踊るシーンは実はほとんど無い。
長い尺を取って歌って踊るミュージカル・シーンをこなすのは、むしろピエロのようなメイクのジョエル・グレイでした。
これは当時、ライザ・ミネリ主演のミュージカル映画ということで彼女の歌や踊りに期待していたファンからすれば、
肩透かしを喰らうようなことだったと思うけど、こういうところもボブ・フォッシーはまともにはこないですよね(苦笑)。

最初っから、むしろジョエル・グレイを引き立たせようと思って、本作を撮ったのではないかと思えるくらいです。

僕は本作は先進的なミュージカル映画であり、ボブ・フォッシーのキャリアの中でも重要な作品だと思いますが、
残念ながら本作はDVDも廃盤状態で日本ではBlu−ray化されていません。実は視聴困難な作品になりつつあります。
僕は図書館に辛うじて残っていたレーザーディスクで視聴しましたが、どうやらマスターテープの状態も悪いようです。

サブスク配信でも観れるのは今のところ無いようですが、これだけ高く評価された作品なのに珍しいです。
個人的にはこういう映画こそ、なんとかマスターテープを復元してでも観れるようになって欲しいなぁと思っています。

まぁ、ボブ・フォッシーも監督デビュー作だった『スウィート・チャリティ』は興行的に失敗したそうだが、
ずっと映画の可能性を高く評価していたボブ・フォッシーからすれば、自分の映画を撮れるということ自体に
大きな歓びがあったはずで、それが空回りした部分もあったのかもしれない。そういった失敗を受けた本作では、
決して空回りしているものもなく、ボブ・フォッシー流の解釈で思いっ切り自分の撮りたいものを表現しつつも、
映画全体を見渡して、どうインパクトを付けようかと計算高く“全体設計”した痕跡がうかがえる、大きな成長ぶりだ。

だからこそ、今一度の再評価を促せる環境がいち早く整って欲しいと思います。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ボブ・フォッシー
製作 サイ・フューアー
原案 クリストファー・イシャーウッド
脚本 ジェイ・ブレッソン・アレン
撮影 ジェフリー・アンスワース
編集 デビッド・ブレサートン
音楽 ジョン・カンダー
出演 ライザ・ミネリ
   マイケル・ヨーク
   ヘルムート・グリーム
   ジョエル・グレイ
   マリサ・ベレンソン
   フリッツ・ヴェッパー

1972年度アカデミー作品賞 ノミネート
1972年度アカデミー主演女優賞(ライザ・ミネリ) 受賞
1972年度アカデミー助演男優賞(ジョエル・グレイ) 受賞
1972年度アカデミー監督賞(ボブ・フォッシー) 受賞
1972年度アカデミー脚色賞(ジェイ・ブレッソン・アレン) ノミネート
1972年度アカデミー撮影賞(ジェフリー・アンスワース) 受賞
1972年度アカデミーミュージカル映画音楽賞(ジョン・カンダー) 受賞
1972年度アカデミー美術監督・装置賞 受賞
1972年度アカデミー音響賞 受賞
1972年度アカデミー編集賞(デビッド・ブレサートン) 受賞
1972年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1972年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(ライザ・ミネリ) 受賞
1972年度イギリス・アカデミー賞監督賞(ボブ・フォッシー) 受賞
1972年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(ジェフリー・アンスワース) 受賞
1972年度イギリス・アカデミー賞美術賞 受賞
1972年度イギリス・アカデミー賞音響賞 受賞
1972年度イギリス・アカデミー賞新人賞(ジョエル・グレイ) 受賞
1972年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(ジョエル・グレイ) 受賞
1972年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ジョエル・グレイ) 受賞
1972年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ミュージカル・コメディ部門> 受賞
1972年度ゴールデン・グローブ賞主演女優賞<ミュージカル・コメディ部門>(ライザ・ミネリ) 受賞
1972年度ゴールデン・グローブ賞助演男優賞(ジョエル・グレイ) 受賞