バーン・アフター・リーディング(2008年アメリカ)

Burn After Reading

これはつかみどころの無い映画ではあるけど、
あくまでコーエン兄弟が仕掛けた、良い意味でふざけた映画と思えば、そんなに悪くないと思いますね。

広い意味で、これは『ビッグ・リボウスキ』の続編という捉えでいいのかもしれません。

まぁこれはコーエン兄弟のユーモアを理解できない人には苦しい映画で、
徹底して、くっだらないことに面白さを見い出すという観点に共感できない人には、
この映画の狙いがまるで理解できないだろうし、全く楽しめないと思います。

個人的には、必要以上に自意識過剰なフィットネスセンターに勤めるリンダの存在も絶妙で、
そしてダメを押すように、ジョージ・クルーニーが徹底したエロ親父を演じているのも面白い。
何より、彼が得意げに開発したと豪語する椅子は、これだけでレイティングの対象になる下ネタだ(笑)。

「なんだ、ただのエロオヤジか」と思いきや、
ジョージ・クルーニー演じるハリーがやがて、周囲で動き回る不気味な気配に
出どころの分からない不安を抱き、やがては妄執的に被害妄想が取り巻き、
一人、公園で混乱するシーンなんか、抜群の面白さ。これは彼が上手かったと思いますね。

そしてブラック・ユーモアが横行する映画であることを象徴するかのように、
ブラッド・ピット演じるチャドがトンデモないことになってしまう、寝室での出来事にしても、
それまでの彼の言葉が全てウソだったのではないかと思えるぐらいの早業で、その慌てぶりが妙に可笑しい。

まぁ全体的にブラック・ユーモアで覆い尽くした映画ですので、
コメディ映画とは言え、正直言って、どちらかと言えば本作は大人向けの映画と言っていいだろう。

映画は別に奇想天外な話しというわけではないのですが、
まるでコーエン兄弟が空想上で語り合った適当なフィクションが、くっだらないギャグで装飾され、
規模の大きな映画として仕上がったような感じですので、あまり綿密なコンセプトもありません。
従って、半分、行き当たりばったりなぐらいに、いい加減なストーリーではあるのですが、
くっだらない部分に面白さを見い出すというスタンスを頑として貫いた結果、まずまずの面白さになりました。

たいへん高飛車な言い方で恐縮なのですが、
決して本作はコーエン兄弟のキャリア的に、飛躍や進化を意味するような作品ではありません。

従って、革新的な映画を観たいとか、派手に笑える映画を観たいとか、
新鮮な映画を観たいとか、そういったものを求めている人には向かない映画かもしれません。
コーエン兄弟のコメディ映画に特有のユル〜い感覚の良さが理解できない人にも、キビしい内容かと思います。

ドッと派手に笑うというよりは、明らかにクスクスと笑うタイプの映画ですので、
まぁやはり観客が映画を選ぶというよりは、映画の方が観客を選んでいるのかもしれませんね。
コーエン兄弟もまるで「分かる人にだけ、分かってもらえればいいよ」と開き直っているかのようですしね。
(確かに、僕は“映画の方が観客を選ぶ”ようでは最高の評価をされるべきではないとは思うけれども・・・)

僕はコーエン兄弟なりの人間愛が反映されているとは思うのです。
人間らしさの解釈の違いにはなりますが、色々な理想はあれど、例え目標があったとしても、
なかなかスマートにやってのけることは難しく、結果的には泥臭くなってしまったりします。

そこで本作でのコーエン兄弟は、人間の浅はかさを描いていると思うのです。
でも、別にそんな浅はかさを卑下するよりも、ある程度の愛着を持って描いていると思います。

ジョージ・クルーニー演じるハリーも、いつも女性をクドくことしか考えず、
女性をクドくことであれば、すぐにでも行動に移してしまうフットワークの軽さ(笑)。
後先考えずに行動した結果、後にトンデモない被害妄想を膨らませてしまう状況に陥るのですが、
そんなハリーの単純さも、ある意味で人間らしい側面と言えば、それは否定できません。
でも、このハリーにしても、やはり決定的に最低な登場人物としては扱っていないんですよね。

偶然に発見した、スパイ行為を意味すると思われた文書を脅迫に使おうと思ったら、
持ち主からは邪険に扱われ、脅迫が無理ならと、ロシア大使館に持っていこうとする、
まるで30年前の冷戦時代のような安直な発想も、何だか可愛らしいユーモアがある。

そんな謎な行動に出るものだから、CIAのお偉方も一生懸命、
事件の説明を受けてもすぐには理解できず、「もう少し分かり易く説明してくれ」と言ってしまう始末。

結局、この映画、それぐらい現実的にはありえない話しなんだけれども、
コーエン兄弟の上手かったところは、そんなありえない話しを、さもノンフィクションであるかのように
ツラッと描いてしまったところで、コーエン兄弟はコメディ映画のスタイルを彼らなりに持っていると思いますね。

ちなみにこの映画はCIAという組織を皮肉っている映画というより、
どちらかと言えば、CIAという組織のイメージに潰される男を皮肉っている映画だ。
例えば、ハリーという男にしても、考えれば考えるほど自分が何者かにマークされているかのような
緊張感に苛まれますが、よくよく考えてみれば、まるで身に覚えがないわけで、全くの意味不明な疑念だ。

でも、意味不明だからこそ彼にとっては脅威なわけで、
考えれば、考えるほど、ヤバいという気持ちが煽られる状態で、そんな姿を皮肉っています。

それにしても、よくブラッド・ピットはこの役を引き受けましたねぇ。
鼻血をタラッと流すシーンなんかは、この上なく情けなく映っているのですがね(笑)。

(上映時間95分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

日本公開時[PG−12]

監督 イーサン・コーエン
    ジョエル・コーエン
製作 イーサン・コーエン
    ジョエル・コーエン
脚本 ジョエル・コーエン
    イーサン・コーエン
撮影 エマニュエル・ルベッキ
編集 イーサン・コーエン
    ジョエル・コーエン
音楽 カーター・バーウェル
出演 ジョージ・クルーニー
    フランシス・マクドーマンド
    ジョン・マルコビッチ
    ブラッド・ピット
    ティルダ・スウィントン
    リチャード・ジェンキンス
    エリザベス・マーヴェル
    J・K・シモンズ
    デビッド・ラッシュ