ブロンコ・ビリー(1980年アメリカ)

Bronco Billy

これは某ステーキハウス・チェーンの映画ではありませんが、
脱サラしてカウボーイに扮したスゴ腕曲芸師の一座を率いる座長と、遺産相続目当てで結婚させられ、
結婚相手に置き去りにされた女性と、お互いに頑固なのでケンカしながら恋に発展する様子を描いたロマンス。

76年の『アウトロー』から映画共演をはじめた、当時イーストウッドの愛人だった
ソンドラ・ロックと公私混同のようにカップルを演じ続けてきた作品の一つで、これは及第点レヴェルの作品かと思う。

正直言って、特別に面白い映画だとは思わないのだけれども、
どこか細部に甘さを残すイーストウッドの哀愁漂う演出が見事で、独特なテイストを残す作品で悪くない。
(ただ、相変わらずイーストウッドとソンドラ・ロックがケンカしたり、イチャイチャする“お約束”が気になるが・・・)

当時はまだアメリカに、主人公ビリーのようにサーカスで生計を立てている人って、
数多くいたのかもしれませんが、おそらく今現在はかなり少なくなっていて、なかなか経済的に苦しいでしょう。
さすがに郡部でも定期的にやってくるサーカス団の曲芸を楽しみにするって文化でもないだろうし、
これで多くの金銭が動くとは考えにくく、ビリーのような頑固な生き方も含めて、現代ではかなりの少数派でしょう。

本作は西部劇ではなく現代劇ですが、イーストウッドなりの郷愁の想いを反映させた作品だと思います。

かつて、ジョン・ウェインのような西部劇のスターを生み出したハリウッドに於いて、
長年、西部劇という映画のジャンルはハリウッドのメインストリームを歩みましたが、徐々に衰退していきます。
そんな1976年、アメリカ建国200周年という年に、イーストウッドは『アウトロー』という彼の得意とする物語で
見事な西部劇を撮り、高い評価を得ますが、実は同じ年にイーストウッドの師匠でもあるドン・シーゲルが
ジョン・ウェイン主演で『ラスト・シューティスト』という西部劇を撮りました。しかもジョン・ウェインの遺作となります。

『ラスト・シューティスト』は完全にハリウッドの世代交代を告げる映画でもあり、
僕の中では異色なニューシネマという位置づけで、まるでジョン・ウェインがファンにお別れを告げるようだった。

ひょっとしたら、イーストウッドは『ラスト・シューティスト』のような映画を撮りたかったのかもしれない。
しかし、それをサラッとドン・シーゲルが撮ってしまうのだから、ドン・シーゲルもスゴいディレクターなのですが、
イーストウッドは亡くなったジョン・ウェインへの追悼の気持ちを、本作の中で反映させたかったような気がするのです。

現代流に言うと、ラブコメの要素がある映画ではあるのですが、
本作のベースにあるのは、失われてしまった西部劇の世界への郷愁の想いに他ならないと思います。
主人公ビリーのような昔気質で不器用な生き方を、敢えて真正面から堂々と描くことは当時でも主流ではなかった。
ビリーのような生き方や価値観を敢えて、イーストウッドは映画の中で表現しておきたかったのではないかと思う。
それは、西部の世界への憧れの気持ちと、往年のハリウッドを支えてきた西部劇スターへのリスペクトでしょう。

どんなに侮辱されても仲間のためなら・・・とグッとこらえるという、ハリウッド版の高倉 健のような世界観ですが、
それでもソンドラ・ロック演じるビリーが一目惚れした人妻ミス・リリーには、なかなか素直になれないあたりも
ビリーの昔気質な性格を象徴していて、これがイーストウッドの思う理想的なカウボーイなのかと想像してしまう。

金がないことを悟ったビリーが、ついに英断を下すとばかりに、
列車強盗を仲間に持ちかけ、みんなで長距離列車を待ち構えるシーンなんかはほとんどギャグですね。
全くスピードを緩めるつもりのない運転であることを直前で察知し、焼け石に水なのに馬で列車を必死に追いかけ、
乗客からはサービスでカウボーイが並走していると思われるなんて、実にコミカルな描写も微笑ましいですね。

また、ビリーは単に仲間想いというだけではなく、社会貢献の精神にも溢れていて、
児童施設や病院を慰問し、子供たちや患者たちにショーを見せていたという実績があるのもビリーの良心を感じる。

というわけで、本作にはイーストウッドなりのユーモアも溢れる作品であり、
ソンドラ・ロック演じるミス・リリーがモーテルで置いてけぼりにされて、ビリーのサーカス団に“拾われる”あたりも
ユーモラスなニュアンスを交えながら、テンポ良くエピソードを重ねていくあたりに、イーストウッドの要領の良さが光る。

イーストウッドは彼自身でも本作のことが大好きなようで、思い入れが深い作品なのでしょう。
個人的には大傑作という感じではないと思っていますが、こういった独特なコミカルさとか、懐かしい感覚とか
映画が五感に訴える部分が多いところからすると、愛すべき一作なんじゃないかなと思っています。

ビリーのサーカス団のショー自体とシンクロするような内容で、ラストの大円卓っぽいのも悪くない。
これはイーストウッドがやり切った感が、とても強い作品だと思います。ホントにやりたい作品だったのでしょうね。

本作の系譜は、少々違った形で82年の『センチメンタル・アドベンチャー』に引き継がれています。
それで飽き足らないイーストウッドは、85年に『ペイルライダー』で再び本格的な西部劇に回帰します。
そういう中で本作が果たした役割というのは小さくなく、西部への飽くなき想いを現代劇の中に吹き込んだわけで、
80年代、より監督業に積極的になっていったイーストウッドのアクティヴな姿勢へ舵を切った分岐点でしょう。

それにしても、ミス・リリーが悪女的な存在であるのは分かりますが、
映画を観る限りでは、映画の後半から「ミス・リリーが来てからツキが無くなった。疫病神だよ」と
サーカス団の仲間から公然と邪険に扱われるようになるのは、あまりに一方的で可哀想だと思えましたね。
確かに彼女の合流で、雰囲気や様相が変わったのかもしれませんが、その全てを彼女に押し付けるのは変ですね。

そして、それでもミス・リリーに固執し続けるビリーに対して、団員が何も声を上げないというのも変。
ビリーはビリーで、それでもミス・リリーを雇用し続ける説得力を帯びた説明を、団員たちにはできていなかったし。

ですので、理路整然とした映画ではなく、バリバリの感情論だけで動いているような映画です。
しかもイーストウッドが思い描く、古き良き時代の価値観というところもあるので、この辺は賛否両論でしょう。
但し、あくまで本作にはイーストウッドが失われゆく西部劇への郷愁と惜別の想いを綴ったというコンセプトがあります。
あまり良い言い方ではないかもしれませんが、イーストウッドの“こういうところ”に理解がある人にしか薦められません。

原題を直訳すると、「じゃじゃ馬ビリー」という意味らしい。どちらかと言えば、“男の勲章”みたいな意味合いで
映画の中盤で蔑む態度丸出しな警察官から、「どこがブロンコ・ビリーだ」と嫌味を言われて、主人公は苦虫を噛む。

プライドを傷つけられながらも、グッとこらえる姿に『ダーティ・ファイター』でケンカしまくっていた
直情的なイーストウッドとは対照的なキャラクターを演じていて、これは名優ジョン・ウェインへの追悼のようだ。
おそらくイーストウッドなりに理想とするキャラクターなのでしょうね。イーストウッドも実に嬉しそうに演じています。

相変わらずのソンドラ・ロックとイチャイチャするというコンセプトもあったのかもしれませんが、
イーストウッドの単なる公私混同映画というわけではなく、西部劇への深い愛情が成し得た映画という気がします。
そういう意味では、映画の冒頭から実に美しいロケーションのショットから始まったのは、彼の意気込みの強さそのもの。
そんな映像をバックに流れる哀愁漂うカントリー・ソングも、音楽へのこだわりが強いイーストウッドらしい選曲だ。

映画の終盤で、観客のイタズラからサーカス小屋のテントが火事で燃えてしまうシーンがある。
このシーンにしても、ホントに燃やしてしまうわけだからダイナミックな演出ですが、あのイタズラはありえない(笑)。
ビリーがいないことで退屈したにせよ、真相をビリーが知ったら、凄まじく激怒するであろうトンデモない愚行だ。

しかし、それでも屈することなく、なんとか立て直しにかかる姿が描かれるのが嬉しい。
こういう姿があるからこそ、自分勝手に見えるビリーの不思議な人間力で、サーカス団を率いることができる。
理屈ではなく、文字通りの不屈の精神で転んでも、すぐに立ち上がろうとする姿にアメリカン・ドリームを感じる。

これはイーストウッド流に描いた人間賛歌でもあり、西部劇への万感の思い込めた最大限の賛辞だろう。

完璧な傑作だとまでは思わないが、本作に対するイーストウッドの思い入れが強く、
正当な評価が得られなかったことが悔いであるとコメントした彼の本音も、よく分かる熱のこもった作品だ。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 クリント・イーストウッド
製作 デニス・ハッキン
   ニール・ドブロフスキー
脚本 デニス・ハッキン
撮影 デビッド・ワース
音楽 スティーブ・ドーフ
出演 クリント・イーストウッド
   ソンドラ・ロック
   ジェフリー・ルイス
   スキャットマン・グローザス
   ビル・マッキーニー
   サム・ボトムズ
   ダン・ヴァディス
   ウォルター・バーンズ
   ウィリアム・プリンス
   シエラ・ペチャー
   アリソン・イーストウッド

1980年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演女優賞(ソンドラ・ロック) ノミネート