ブリッジ・オブ・スパイ(2015年アメリカ)

Bridge Of Spies

米ソ冷戦下、核戦争間近とされていた中、
ニューヨーク市内でCIAがスパイ容疑で検挙したロシア人の初老男性と、
彼を弁護することになったブルックリンの有能な弁護士ドノバンが、非公式にアメリカ政府から
単身で東ドイツに乗り込んで、ソ連側と捕虜になった米空軍兵士と“人質交換”の交渉をする姿を描いたスパイ映画。

名匠スピルバーグが、ここまで硬派なスリラー映画を撮るというのも珍しい気がするけど、
思えば『ミュンヘン』など最近は、ポリティカル・スリラーを好んでいるようですので、
こういうシリアス一辺倒の政治を描いた映画というのも、スピルバーグの中では一つのフォーマットなのかもしれません。

コーエン兄弟が書いたシナリオをスピルバーグが監督したということでも、
劇場公開当時、大きな話題になっていましたが、ここまで政治の裏側をストイックなタッチで描いたというのも、
なんだかコーエン兄弟のカラーではないようにも感じられて、“彼ららしさ”に期待してはいけないだろう。

しかし、細部はともかくとして、映画の要点はよく整理された内容になっていて、
スピルバーグの演出力も相まって、ほど良く見応えのある映画になっていて好感が持てる。

映画は冒頭から引き締まった良い雰囲気から始まる。
画家を装ってニューヨークに潜伏していたソ連のスパイである、アベルがニューヨークの市街地で
地下鉄に乗って行動を開始するところを、CIAが執拗に彼を尾行するところから映画が始まります。

何故、アベルをリストアップして内偵していたのかは描かれませんが、
CIA捜査官も複数名でアベルを追い込んでいきますが、アベルは巧みに尾行をかわします。

事実としては、実在のアベルは第二次世界大戦直後に、
アメリカの原子力技術を諜報する目的でソ連から送り込まれていて、
一人のアメリカ国民として生活していたようです。工作活動も大変なもので、アベルを助けるために
ソ連側はもう一人の要員をアベルのもとに送り込みますが、このスパイが精神不安定に陥って、
酒乱がもとでトラブルを起こした挙句、米国政府にソ連のスパイであるアベルの存在を“売った”ようなのです。

ジレたCIAはアベルが暮らすアパートに強引に乗り込み身柄を拘束しますが、
ソ連内情の情報提供を求めた米国政府側には黙秘を続け、結局、アベルは裁判にかけられます。

そこで裁判ですので、当然、アベルにも弁護士をつけることになるのですが、
そこで登場したのがトム・ハンクス演じる弁護士ドノバン。彼は共産主義者ではなく、
アベルと利害関係も無かったものの、弁護士事務所の方針もあって、この仕事を受けざるをえなくなります。

いざ法廷に入ると、アベルの刑が最初っから決まっているかのような
判事の態度に疑問を覚え、アベルの弁護の方策を練ることにします。そこで出てきたのは、
安易に死刑に処するのではなく、その時点では発生するか否かも分からなかったにも関わらず、
ソ連側に捕らえられたアメリカ人の解放にあたっての交換条件として、アベルを生かすべきだとの主張でした。

このドノバンの戦略は、当時のアメリカの市民社会の大きな反感をかい、
実際にドノバンの主張が法廷で通った直後に、ドノバンの家族は命の危険に晒されます。

米ソ冷戦時代は、極端なまでの共産主義封じ込め政策の時代を過ぎて尚、
その後遺症とも言えるべく、アメリカ社会が激動の時代を歩んでいたことの象徴でもあり、
水面下では核戦争一歩手前であったとまで言われているだけあって、市民感情もセンシティヴなものだったのでしょう。

そんな中でも、ドノバンは自分の正義を貫き通そうとする強さがあり、
主演のトム・ハンクスも見事に演じ切っている。やはり彼はシリアスな映画でも、上手い役者ですねぇ。

やがてドノバンの目論見が的中したかのように、ソ連の偵察を行っていたパイロットが
ソ連側から拘束され、東ドイツの大学でソ連経済について学んでいた大学院生プライヤーもまた、
動乱のベルリンで諜報活動と疑われ、秘密警察に身柄を拘束されるという情報が、アメリカ政府に入電します。

この映画で描かれたように、パイロットはソ連に拘束されており、
プライヤーは裏でつながっていたとは言え、当時の東ドイツに身柄を拘束されていました。
そこにアメリカ政府が“使える”切り札となるは、アベルただ一人という状況の悪さでした。

そこで白羽の矢が立ったのは、アベルを見事に弁護したドノバンで、
地道に調査を続け、弁証には工夫を重ねて人々の心に訴える姿に、水面下での交渉役を依頼します。

今となっては信じられない話しではありますが...
政府間の水面下の交渉役を、一介の弁護士に任せるということが現実に行われたわけで、
ましてや単身で動乱の東ドイツに乗り込んで、不穏な土地で一人、交渉するという危険極まりない任務だ。
映画はこの過程を克明に描けており、CIAのバックアップがあったとは言え、ドノバンが信念を貫き、
「1対2」の交渉を進めるプロセスを淡々と描いていきます。この映画の場合、この描き方で良かったと思いますね。

映画の中でも語られていますが、アメリカ政府としては、
真のスパイであるアベルと、偵察活動をしていたパイロットの「1対1」の交換で十分と考えていたようです。

しかし、若き命であるプライヤーの運命を危惧したドノバンは、
なんとしてでも「1対2」の交渉をすべく、テーブルを作る根回しを用意周到に重ねていきます。
ここで面倒な問題であったのは、裏ではソ連とつながっていたとは言え、東ドイツは東ドイツで
アメリカとの二国間交渉ということを重んじて、独立国家としてのプレゼンスを誇示したがっていました。

従って、東ドイツから見ても「1対1」の交渉をしたがっていたというわけです。

映画で描かれたような、まるで人質と言わんばかりの交換は、
決して褒められたことではないし、現代社会の民主主義では容認されることではありません。
しかし、現代の国際社会でも水面下での交渉というのは、あらゆるルートで常に行われているとされ、
そこには表沙汰にはできない議論や、倫理的に是認されない交渉というのもあるのかもしれません。

しかし、この映画で一貫して描かれたのは、その交渉の緊張感そのもので、
これは特筆に値すると言ってもいい。この辺はスピルバーグ、さすがの仕事ぶりです。

特にグリーニッケ橋での交換を告げる電話を待つ、ドノバンらの張り詰めた空気は印象的です。
寒い部屋、結果がまるで予想できない状況で、酒を一滴も注がずに待つ男たちの緊張感が映画を支配している。

(上映時間141分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 スティーブン・スピルバーグ
製作 スティーブン・スピルバーグ
   マーク・プラット
   クリスティ・マコスコ・クリーガー
脚本 マット・シャルマン
   イーサン・コーエン
   ジョエル・コーエン
撮影 ヤヌス・カミンスキー
編集 マイケル・カーン
音楽 トーマス・ニューマン
出演 トム・ハンクス
   マーク・ライランス
   エイミー・ライアン
   アラン・アルダ
   スコット・シェパード
   セバスチャン・コッホ
   オースティン・ストウェル
   ウィル・ロジャース
   ミハイル・ゴアヴォイ

2015年度アカデミー作品賞 ノミネート
2015年度アカデミー助演男優賞(マーク・ライランス) 受賞
2015年度アカデミーオリジナル脚本賞(マット・シャルマン、イーサン・コーエン・ジョエル・コーエン) ノミネート
2015年度アカデミー作曲賞(トーマス・ニューマン) ノミネート
2015年度アカデミー美術賞 ノミネート
2015年度アカデミー音響賞 ノミネート
2015年度イギリス・アカデミー賞助演男優賞(マーク・ライランス) 受賞
2015年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(マーク・ライランス) 受賞
2015年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(マーク・ライランス) 受賞
2015年度トロント映画批評家協会賞助演男優賞(マーク・ライランス) 受賞