未来世紀ブラジル(1985年イギリス・アメリカ合作)

Brazil

複雑奇妙な世界となった架空の国“ブラジル”に於いて、
情報管理局のコンピュータが壊れたことにより、国家を脅かすテロ行為を行なったとして、
多くの無実の国民が誤認逮捕される。情報管理局に勤めるサムは夢に見る理想の女性と似たジルまでもが、
情報剥奪局への転職を希望し、それが受理されたサムはジルを救おうと奔走する。

まぁお世辞にも洗練された感覚とは言えず(笑)、
ハッキリ言って悪趣味な映画だが、信じられないほどにファンタジックなSFサスペンス・コメディだ。

モンティ・パイソン≠ナ活躍したテリー・ギリアムが本作で、
ほぼ完全に映画監督へと転身したと言っていいと思いますが、シュールな内容を見事にまとめています。
“ブラジル”の視覚的イメージは圧倒的で、本作以前の作品でここまで押し通した作品を僕は知りません。

映画は始まって1時間以上、観客に詳しい説明をしないまま暴走するので、
何だか訳の分からない内容で進んでいきますが、僕は不思議と退屈しない内容でした。
ブラック・ユーモアと言えばそれまでだが、テリー・ギリアムは許せる範囲で映画をオモチャにした感じだ。

勿論、この映画にだって政治的なテーマはあるし、強烈なメッセージ性もあります。
ただこの映画が最も強く見せているのは、主人公サムのマインドそのものだ。
彼は容姿からして冴えない男で、異様なまでのパワーを持つ母親に押されっ放し。
中年を迎えたというのに家庭を持てず、日々、あるわけもない理想郷を夢見て、寝ながらニヤニヤする毎日。
それゆえ、この理想郷の描写にはかなり力が入っているのは事実。

まぁ申し訳ない言い方だけど、大傑作だなんて思いませんがね、
この映画はこの映画で、僕は好きですね。これだけ意味不明な映画が気に入ってしまうことも珍しい。

モンティ・パイソン℃d込みと言っていい、醜悪な描写がある意味で画面を汚しますが、
これはこれで管理社会が生んだ弊害、そして人々の美意識の崩壊を示すものとして意図が汲み取れる。
特にサムの母親がドクター・ジャフェに美容マッサージを受けているシーンは強烈過ぎる。

極論、おそらくこんな映画はテリー・ギリアムにしか撮れないだろう。

そう、僕は同じテリー・ギリアム監督作なら91年の『フィッシャー・キング』の方がよっぽど好きだけど、
例えば『バロン』や『フィッシャー・キング』、『12モンキーズ』、『ラスベガスをやっつけろ』は他の誰かに撮れても、
本作のような映画は世界中探しても、他のどの映画監督にもおそらく撮れないだろうなぁと思う。

言っちゃえば、そこに本作の優位性・独創性がありますね。
勿論、シナリオがあってこその映画という側面はありますが、ストーリー性をまるで放棄していますから、
シナリオからかなり多くの”色”をテリー・ギリアムが付け加えたことは否定できないだろう。
それも含めて、こんな仕事はテリー・ギリアムにしかできないと思う。そこが一番、凄いのです、この映画。

そもそもこれだけ不条理でダークで、絶望的な話しで、時にファンタジーなのに、
映画の雰囲気をブチ壊すようなギャグを入れようなんてギャンブルを、一体、誰がするのだろうか?

そんなことをやってのけるのはテリー・ギリアムぐらいだろう。
そしてそんなギャンブルが見事に自然に映画に入り込み、映画をブチ壊さないのだから凄い。

視覚的イメージにしても凄いのですが、
空間的な高さを優位に利用した情報剥奪局のエントラスから見えるエレベーターのシーンは全て良いですね。
特にエレベーターを降りてくるサムが、受付に抗議に訪れたジルを見かけて、思わず笑顔が出ちゃって、
すぐにでもエレベーターから降りて彼女を連れて、お互い知り合おうという魂胆見え見えで、
彼女を下降するエレベーターから見ちゃうシーンが抜群に面白かった。

ベタベタなギャグだがエレベーターの故障でエントラスのフロアで止まらず、
一瞬にしてサムの幸福の時間が消えなくなってしまう悲劇の表情、これもまた絶妙。
そして、地下室から代替のエレベーターを使おうとしたら、それが役人専用のエレベーターで
ボタンが特殊なボタンでオペレートの仕方がまるで分からないという流れもまた面白かった。

通常なら、映画が一気に動き出していた中盤以降、
こんな映画の流れに沿わないギャグを入れようとは、多くの映像作家は思わないだろう。

まぁテリー・ギリアムがモンティ・パイソン≠ノ所属していたせいか、
そんな映画のセオリーを、いとも簡単にブチ壊して成功する姿が、あまりに爽快ですね。
だから僕は本作に関しては、テリー・ギリアムにしか撮れないだろうと強く思うわけです。
最初から最後までハチャメチャな『バンデットQ』や『バロン』とは一線を画していると思いますね。

更に映画の序盤で出てくるレストランでの描写なんかも独創性が溢れていますね。
ポマードなどの油で頭髪をギトギトさせてそうな中年ウェイターが全員に奇怪な料理を給仕して、
「ボナペティ!」なんてキッチュに言っちゃうシーンも何故か妙に印象的ですね。

そう、この映画、本筋に対して何ら意味を為さないようなところに、
執拗なまでにこだわっているところがあったりして、シュールレアリズムのお手本のようですね。

本作のエンディングは映画会社のラッシュで物議を醸し、
ハッピーエンドとなるように再編集し直すよう指示を受け、短縮版が公開されたらしい。
だけど、分かってないなぁ〜。この絶望的なエンディングが最高に良いのに・・・。

(上映時間143分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 テリー・ギリアム
製作 アーノン・ミルチャン
脚本 テリー・ギリアム
    トム・ストッパード
    チャールズ・マックオン
撮影 ロジャー・プラット
編集 ジュリアン・ドイル
音楽 マイケル・ケイメン
出演 ジョナサン・プライス
    キム・グライスト
    ロバート・デ・ニーロ
    マイケル・ペリン
    イアン・ホルム
    キャサリン・ヘルモンド
    ボブ・ホスキンス
    イアン・リチャードソン
    ピーター・ヴォーン
    ジム・ブロードベント
    チャールズ・マックオン

1985年度アカデミーオリジナル脚本賞(テリー・ギリアム、トム・ストッパード、チャールズ・マックオン) ノミネート
1985年度アカデミー美術監督・装置賞 ノミネート
1985年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
1985年度ロサンゼルス映画批評家協会賞監督賞(テリー・ギリアム) 受賞
1985年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(テリー・ギリアム、トム・ストッパード、チャールズ・マックオン) 受賞
1985年度イギリス・アカデミー賞プロダクション・デザイン賞 受賞
1985年度イギリス・アカデミー賞特殊視覚効果賞 受賞