7月4日に生まれて(1989年アメリカ)

Born On The Fourth Of July

まぁ・・・オリバー・ストーンの監督作品なので、政治的メッセージが強い映画ですが、実に見応えのある作品だ。

89年度アカデミー賞で主要8部門でノミネートされて、監督賞をはじめとして2部門を受賞しましたが、
オリバー・ストーンによるベトナム戦争映画三部作と言われる第2弾で、86年の『プラトーン』に続く作品だ。
ロン・コーヴィックによる自伝的原作の映画化ということもあって、ベトナム戦争の暗部にかなり深掘りしている。

僕はこの頃あたりから、トム・クルーズという役者さんはホントに力のある役者さんだなぁと思った。
言いたくはないけど、この頃はまだ業界でもトム・クルーズというだけで評価を上げたがらない風潮はあったと思う。
本作はかなりトム・クルーズなりに力の入った、良い芝居をしていて、オスカー獲得しても不思議ではなかったです。

オリバー・ストーンの監督作品とトム・クルーズって、異色な顔合わせな感じはするんだけど、
良い具合に馴染んでいるし、バリバリの保守思想を見せる前半から、一気に民主党寄りになる後半と上手く見せている。

どうしても国家分断や陰謀論みたくなりがちなところを、主人公は上手いことを言っている。
「国のために闘わないのであれば、この国から出ていけばいいじゃないか! お前は愛国者じゃない!」と
言う人がいるが、国を愛していても(ベトナム戦争に)賛同できないことはあるというような主旨で主張していた。
もっとも、以前は主人公もこのようなことを言って、反戦を唱える弟を罵倒していた時期があったのも事実。

この主人公ロンは幼い頃から両親の強い期待を受けて、国家への忠誠心を醸成させてきたので、
あまりに酷な現実に、突如として裏切られたような気持ちになり、その反動は実に強かっただろう。
実際に精神的に荒れ果てたロンは実家で母親に当たり散らし、泣きながら母は「もう出て行って・・・」と懇願する。

ある意味では、長く繰り返してきた親にとって理想的な大人に育てるというプロセスだけを経てきた結果、
という気もするけれども、まるで家庭崩壊の様子をまざまざと見せつけられているようで、残酷な現実を突きつけられる。

親から忠誠心を強くするような育てられ方をして、国を信じてベトナム戦争へ従軍したものの、
行った戦地では過酷な現実を見せつけられて、挙句の果てに下半身麻痺での車椅子生活と強烈なトラウマを
植え付けられて苦しいリハビリ生活を経て、なんとか実家へ帰ってきたと思えば、故郷はすっかり反戦ムードで
実家で熱く保守思想を言い放ってもどこか虚しく、歓迎されると思っていた帰還兵パレードでは反戦抗議デモにあい、
どこか冷淡な視線を送られることに強烈な違和感を覚え、かつて愛した恋人も反戦デモの中心人物だった。

これだけでも、主人公ロンはベトナム戦争に翻弄され、帰還後に精神的にツラい日々を送ったことがよく分かる。
並みの精神力では、このギャップに耐え切れず、逃避してしまいたくなるだろう。それくらいにショッキングな現実だ。

得てして、理想と現実のギャップを埋められないことが、人々の精神を狂わすことが多いですからね。
あまり強く理想を追い求めすぎると、逆に自分で自分を苦しめることにつながり、終りの無いジレンマに悩まされます。
主人公のロンはそれに気付いてかは定かではありませんが、実家で母親に当たり散らしたのをキッカケに、
メキシコへ旅することになります。これを勧めたのが、かつて朝鮮戦争に従軍したロンの父親というのが興味深い。

苦しい思いをした帰還兵が現実逃避に、メキシコのリゾート地を訪れるというのが、
当時のセオリーであったのか否かは僕には分かりませんが、売春とドラッグの魔力でなんとかするという発想が、
実にオリバー・ストーンらしい狂いっぷり。「共産主義と闘う!」というスローガンで子どもを育ててきたロンの父にしては、
随分と矛盾に満ちた選択だったとは思うが、ある意味では発展途上国を金で支配しようとする大国主義そのものかも。

それにしてもロンが言い放った、「母さんは言ってたじゃないか。“共産主義から救うための闘いだ”って」
「でもさ、現地に行ったらよく分かったよ。そんなのは無いってことが!」という台詞は、実に重たいですね。

戦争の現実は、戦地で実際に戦った人たちにしか分からない境地が多過ぎると思います。
勿論、ジャーナリストが戦地の現実ということで戦禍の状況を写真や映像で伝えることも重要ですが、
理屈ではなく肌感覚で、当事者にさせられる兵士や市民たちにしか分からないことが、あまりに過酷なのでしょう。

実際、ロンも半ばPTSDのように自身の部下にあたる若い兵士に関わる出来事で、
帰還後も悩まされます。これは当然の悩みではあるのですが、現実にこういったこともあったのだろう。
多少の訓練は受けているとは言え、集められた志願兵の集まりでは、戦争のプロ集団というわけではないだろう。
それゆえ、イージーミスからの事故や混乱が引き起こした、悲しい出来事ということも戦地ではあることなのだろう。

これらも報道されないことが多いですが、当事者にされてしまった兵士たちには、とっても重たい現実だ。
この重過ぎる事実を背負って生きていくことは、とてつもなくツラいことだと思う。これもロンが心変わりした理由である。

オリバー・ストーンの監督作品なので、映画も感覚的に決して軽いものではなく、
どちらかと言えば、ヘヴィなものではあるのですが、この世界観にトム・クルーズがよくフィットしていることに驚きだ。
撮影前の約1年間にわたって、入念な役作りに勤しんでいたとのことで、それが当時の私生活での妻である、
女優ミミ・ロジャースとの離婚理由の一つになったとも言われていますが、確かに本作の役作りはなかなかスゴい。

特に車椅子生活になって、メキシコへ行ってからの風貌は結構アブない雰囲気があって、
当時のトム・クルーズの容姿からすれば、あまりにかけ離れたアブなさで強いインパクトを残すものだと思う。

このメキシコへ行ってからのエピソードでは、チョイ役ですが同じ帰還兵役でウィレム・デフォーが出演していて、
つまらないことでロンとケンカになって、お互いに車椅子に乗ってケンカになったりするのですが、
これらメキシコでのシーン演出には、どことなく『ナチュラル・ボーン・キラーズ』や『Uターン』でオリバー・ストーンが
描く狂いっぷりや、映像の質感を感じさせるようで、これら90年代の監督作の原型は本作にあるのかもしれない。

しかし、僕の中ではラストのまとめ方があまり上手いものだとは思えなかったのが残念。
ここが急激に説教クサく見えてしまう、オリバー・ストーンの悪癖。あまりに政治的なスタンスを主張し過ぎるのです。
僕は本作でオリバー・ストーンが描きたかったことって、合理的で納得性があると感じてはいるのだけれども、
少なくとも本作のラストの場合は、もっとイデオロギーっぽい部分はさり気なく描いて欲しい。これは露骨過ぎる。

別に原作を否定するつもりはないし、オリバー・ストーンも力強く描きたかったところなのだろう。
でも本作の場合は、あくまで一人のベトナム帰還兵ロン・コーヴィッツの半生を描いた映画なので、
政治的なメッセージ性はあまり強めずに、さり気なく描いた方がグッと引き締まっただろうし、訴求するラストになった。

主張したいことはハッキリとさせる、という方針はアメリカっぽいけれども(笑)、
当時のオリバー・ストーンならば、もっと上手いまとめ方ができたのではないかと思えるだけに、これは気になったなぁ。

余談ですが、負傷したロンが療養生活を送ることになる負傷兵を収容する病院の描写が印象的だ。
病院とは思えないほど、お世辞にも衛生的な環境とは言えないのですが、身体の自由がきかなくなり、
一人で入浴が出来ない負傷兵たちを、まるで死体を扱うかのようにベットに寝せたまま体を洗ったりする光景が、
実に生々しく描かれており、おそらくは現実の施設を当事者の証言などから相当に深くリサーチしたのでしょう。

ああいう扱いは、病院側としてはやむを得ないのだろうけど、
一方で患者として毎日のように、ああいう扱いを受けていては、人間らしさを奪われていると感じるのでしょう。
それゆえ、その積み重ねで精神に異常をきたすということもあるだろうし、健康状態も相まって、かなりツラいことだろう。

大義があろうがなかろうが、戦争という方法でしか解決できないというのは悲しいが、
いくら国を挙げて戦争ムードを高めようが、戦禍に巻き込まれる一般市民だけではなく、
国を信じて実際に戦地に志願兵として行って、命を奪われたり、その後の人生から自由を奪われたり、
あらゆる悲劇を生むことは避けられない。本作でオリバー・ストーンが描きたかった主題は、そういうことだと思う。

個人的には、作品としてはもっと評価されても良かったと思えるくらい、充実した出来だと思う。

(上映時間144分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 オリバー・ストーン
製作 A・キットマン・ホー
   オリバー・ストーン
原作 ロン・コーヴィック
脚本 オリバー・ストーン
   ロン・コーヴィック
撮影 ロバート・リチャードソン
編集 デビッド・ブレナー
   ジョー・ハッシング
音楽 ジョン・ウィリアムズ
出演 トム・クルーズ
   レイモンド・J・バリー
   キャロライン・カヴァ
   キーラ・セジウィック
   フランク・ホェーリー
   ジェリー・レヴィン
   ウィレム・デフォー
   トム・ベレンジャー
   スティーブン・ボールドウィン
   ジョシュ・エバンス
   リリ・テーラー
   ボブ・ガントン
   ウィリアム・ボールドウィン
   トム・スケリット
   オリバー・ストーン

1989年度アカデミー作品賞 ノミネート
1989年度アカデミー主演男優賞(トム・クルーズ) ノミネート
1989年度アカデミー監督賞(オリバー・ストーン) 受賞
1989年度アカデミー脚色賞(オリバー・ストーン、ロン・コーヴィック) ノミネート
1989年度アカデミー撮影賞(ロバート・リチャードソン) ノミネート
1989年度アカデミー作曲賞(ジョン・ウィリアムズ) ノミネート
1989年度アカデミー音響賞 ノミネート
1989年度アカデミー編集賞(デビッド・ブレナー、ジョー・ハッシング) 受賞
1989年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
1989年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(トム・クルーズ) 受賞
1989年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(オリバー・ストーン) 受賞
1989年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(オリバー・ストーン、ロン・コーヴィック) 受賞