ブロウ(2001年アメリカ)

Blow

これは実に力のある骨太な力作だ。

ヒッピー文化隆盛期であった60年代にドラッグ・ディーラーとして暗躍し、
幾度となく麻薬不法所持で逮捕された経歴を持ちながらも、70年代に入ってからは、
今度は麻薬生産地であるコロンビアとのコネクションを活かして、コカインの密輸に精を出し、
莫大な資産を得るも、やはり全てを失ってしまう実在の麻薬王ジョージ・ユングの半生を描いたドラマ。

監督は『羊たちの沈黙』などで知られるジョナサン・デミの甥テッド・デミ。
テッド・デミは監督デビュー作である95年の『ビューティフル・ガールズ』で注目され、
98年の『ラウンダーズ』を製作したりして、ハリウッドでも新進映像作家として期待され、
35歳にして本作が全米で大ヒットとなり高い評価を得るも、本作が劇場公開された直後である、
02年にプライベートでバスケを楽しんでいた際に心臓発作を起こして急逝してしまい、本作が遺作になりました。

この映画、ほぼノンフィクションなだけあって、
映画として派手さは無く、別に奇抜なストーリー展開があるわけでもない。
ある意味で、単調な映画として捉えられがちだとは思うけど、僕はこの映画のスタイルは嫌いになれない。

ある意味でドキュメンタリー・タッチというか、全体的に60〜70年代の空気をよく出していて、
おそらくテッド・デミも当時の映画を数多く研究したり、当時、生きた人々によくインタビューしたのでしょう。
それぐらい、実に深い研究を重ねたことがうかがえる見事な作りで、近年稀に見る奥深さと言っていい。

ただ、いざ本編を観て、凄く気になったのは...
本作劇場公開当時、スペイン出身の新進女優として注目を浴びていたペネロペ・クルスが
ジョージの妻を熱演しているにも関わらず、なかなか彼女がカメラにフレーム・インしてこないことだ。
映画の上映時間は2時間3分なのに、彼女が最初にカメラに映ったのは、上映開始から1時間4分経ったとこで、
実質的に彼女が出演しているのは、映画の後半だけということになってしまい、準主役とは言い難いですね。
おそらく当時の彼女のファンは本作での彼女の扱いを見て、ビックリしてしまったのではないでしょうか。

但し、この映画の前半はそこまで良くないかなぁ。
特にジョージの幼少期から描いた序盤は、映画全体を通して考えると、そこまで必要だったのか微妙。

勿論、クライマックスのジョージを見て、皮肉な現実を強調するという意味では必要だろう。
ジョージは幼い頃からケンカを繰り返しては、家族を棄てる勇気も無いのに、幾度となく家出を繰り返す母に呆れ、
最初は尊敬していたはずの父の経済的な破綻を知っては、ジョージの中で両親を否定的に見始めます。
だからこそ彼の半生で、ほぼ間違いなくターニング・ポイントであったであろう、最初のフィアンセであった、
バーバラとジョージの両親が対面するレストランでの夕食のシーンで、ジョージはバーバラに言い放ちます。

「ボクらは、あんな夫婦には決してならない」と。

つまりは、ジョージはどうしても自分の両親を肯定的に考えられず、
経済的に決して恵まれた環境ではないということも併せて、彼の中でコンプレックスだったのでしょうね。
しかし、それが皮肉なことに、現実にジョージは彼の両親以上に、何もかもを失ってしまうわけです。

現実世界でも、2015年にジョージ・ユングの出所が迫ってきておりますが、
出所時の彼の年齢は72歳にもなっており、おそらく彼の出所はニュースにもなるでしょう。
映画で描かれたように、彼が愛してやまない娘のクリスティーナは刑務所に面会に来ておらず、
おそらくこれからもジョージが娘と再会することは難しいだろう。それを考えれば、親を反面教師と考えていても、
結果的には親よりも悲惨な晩年を送ることになってしまうとは、何とも言えない皮肉な現実ですね・・・。

それを象徴的に描けたからこそ、この映画には価値があると思う。
だからこそ僕はこの映画、後半の方が上手く描けていると思うんですよね。
テッド・デミの演出も前半よりは後半の方が一つ一つのシーンに於いて、手応えがあったのではないだろうか。

映画の中では触れられておりませんが、コロンビアの麻薬王エスコバルと
ジョージは半ば無理矢理、手を組むことになるのですが、このエスコバルこそ存命時は有名人物でした。

未だに歴史的な語り草となっておりますが、
93年に起きた、コロンビア政府をはじめとするエスコバル排除を目指した連中による、
“エスコバル狩り”は衝撃的なニュースとして報じられたらしく、エスコバルは家族と手下の多くを殺された挙句、
エスコバル自身も“蜂の巣”にされて、殺されてしまうという悲劇的な最期を迎えることになります。

どうやら、一時期はコロンビアの国会議員にもなり、
世界のコカイン市場に於ける、流通量の8割がエスコバルが供給したコカインだったと言われており、
巨額の富を築いたおかげで、アメリカの経済紙フォーブス≠ノも掲載されたことがあるらしい。

まぁ・・・映画はジョージの半生を描いた作品だったのだけれども、
ホントはエスコバルが主人公でもいいぐらいの“土台”を持っていたんですよね。

惜しむらくは、もう少し映画にリズム感を与えたかったところかな。
どうも、全体的にテンポが悪く、テッド・デミの語り口の歯切れが悪い部分があり、リズム感が表現できなかった。
この辺は今後の課題と思われていただけに、ホントにテッド・デミの早逝が悔やまれますね。
本作を観る限り、本作自体が傑作だとは思わないが、今後が期待できる仕上がりなだけに、とても悔しい。

やはり、ここまで骨太な映画に仕上げられる映像作家は、そうそう多くはないだろう。

ちなみにジョージの母親アーミンを演じたのは、レイチェル・グリフィス。
父親役を演じたレイ・リオッタと共に、老けメイクにも挑戦し頑張っておりますが、
何とジョージを演じたジョニー・デップよりも5歳若い。それでも、ホントに違和感なく演じていますねぇ。
(まぁ・・・見方を変えれば、それだけジョニー・デップの見た目が若いということでもあるのですが...)

最後に、この映画のシナリオはニック・カサベテスが書いてたのを知って、ビックリしました。
少々、道徳的というか...説教臭くなってしまった点を除けば、脚本も良く書けているのでしょうね。

重ね重ね、この映画がテッド・デミの遺作になってしまったことが、ホントに残念だ。合掌。。。

(上映時間123分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 テッド・デミ
製作 テッド・デミ
    デニス・レアリー
    ジョエル・スティラーマン
原作 ブルース・ポーター
脚本 デビッド・マッケンナ
    ニック・カサベテス
撮影 エレン・クラス
音楽 グレーム・レヴェル
出演 ジョニー・デップ
    ペネロペ・クルス
    ジョルディ・モリャ
    フランカ・ポテンテ
    レイチェル・グリフィス
    レイ・リオッタ
    イーサン・サプリー
    ポール・ルーベンス
    マックス・パーリック
    クリフ・カーティス

2001年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演女優賞(ペネロペ・クルス) ノミネート