ブラック・スワン(2010年アメリカ)

Black Swan

これは強烈なまでに居心地の悪い映画で、感覚的に“痛さ”がビシビシ来る映画だ。

同じダーレン・アロノフスキーの監督作品で考えても、
本作のインパクトは高く評価された『レクイエム・フォー・ドリーム』のそれと比べても、上回るかもしれません。
とにかくこの映画の徹底具合が凄まじく、個人的な嗜好はともかくとして、よく作り込まれた作品だと思います。

主演のナタリー・ポートマンは子役時代の映画ファンの記憶がなかなか拭い去れないことに、
おそらく彼女自身が苦悩していたのではないかと察しますが、本作は逆にその記憶を利用した役柄で、
事実として、彼女が初のオスカーを獲得しただけあって、一世一代の大熱演と言っていいレヴェルだ。

が、批判されること覚悟で敢えて言わせてもらおう。僕はこの映画が好きになれない。
この映画を観ていると、どこか体調が悪くなってくるかのようで、どうにも合わないみたいだ。
いや、そんな感覚的なことだけではなく、僕はどうにもこの映画のダーレン・アロノフスキーに賛同できないのだ。

『レクイエム・フォー・ドリーム』でもそういった部分が垣間見れたのですが、
あまりに軽々しく幻想を描き過ぎるし、露骨に観客に強いインパクトを与え、怯えさせようとし過ぎる傾向がある。

それから視覚的表現としても、本作にはどうしても賛同できない。
この映画は間違いなく、終盤の『白鳥の湖』のシーンがハイライトになるべきところで、
僕はヒロインに黒鳥を演じることが難しいと描きながらも、彼女の踊りにCGで黒鳥の羽根を徐々に付加させる
映像表現で決定的に失望してしまった。個人的に、この映像表現は作り手のおせっかいだと思う。
どう考えても、そこはナタリー・ポートマンにそれだけの説得力のある踊りをさせて欲しい。
そうでなければ、この映画の中でのナタリー・ポートマンの頑張りにも、応えてあげられないはずです。

もう、僕はこのシーン一発でゲンナリ。あくまで僕の中では、これは致命傷でした。

これは映画の中身と関連付けて論じるのは好きではないので、
自分の中での採点とは無関係と前提しておきたいのですが、そもそもこの物語からは古くからの価値観が
横行していて、現代的な言い方をすると、ちっともジェンダーレスな内容ではないと観える。

ダーレン・アロノフスキーもそう思っているのかもしれませんが、
そもそもバレエ・ダンサーで主役を目指す女の子では、こういう争いがあるであろう。
だから、こういう精神の病み方をするであろう。バレエの指導者の男は、演者をクドくことしか考えていないであろう。
バレエをやっている母親は、子供に自分の理想を押し付けるだろう。本作からは、そんな決めつけを感じる。

映画ですから、ある程度は仕方ありません。
しかし、本作はそればっかりという印象で、もう少し違う側面を描いて欲しかったと思うのですよね。

しかし、やはりダーレン・アロノフスキーが描く心理的恐怖は凄く上手い。
本作などは執拗に、ヒロインの精神が崩壊していく様子を描き通したという感じで、演出面での強さを感じる。
アプローチも『レクイエム・フォー・ドリーム』の頃からも更に進歩していて、どこか洗練された印象を受ける。

そして、これは“移動”する映画だ。とにかくカメラの動きが目まぐるしい。
個人的には、それが酔うキッカケとなったのですが(笑)、でもバレエの練習シーンをこういう撮り方をしたのは
とても斬新だと感じましたし、この練習をしつこいくらいのリフレインで見せたのは、執念にも似た感覚がある。

そのおかげで、実は映画はバレエの練習シーンと、ヒロインの自宅でのシーンがほとんどなのですが、
凄く“移動”する感覚があって、とっても動的な映画に感じる。この騒がしさが、逆に観客のストレスになるぐらいだ。
でも、こうして観る者にストレスさえ与えて、逆に監督から追い詰めていく手法をとれるのは、彼ぐらいなものだろう。

個人的にはここまで騒がしい映像にしなくとも、この映画の魅力は伝わると思うので、
この映像アプローチはあまり好きではないのですが、他には無い感覚のために、称賛する気持ちも分かる。

それと、この映画は何よりヒロインを演じたナタリー・ポートマンの頑張りでしょう。
完全に『レオン』の頃の子役の雰囲気を脱却して、大人の女優になりましたけど、役柄的には母親の寵愛と
母親の理想を押し付けられることと現実のギャップに悩まされるモラトリアム的な表現をしていますが、
こういう役を難なくこなせるようになったのは、彼女の女優としてのキャリアが積まれてきた証拠でしょう。

劇場公開当時、バレエのシーンでのボディ・ダブル(代役)が話題となりましたけど、
勿論、自分で何から何まで演じた人に優るとまでは言わないけど、それでも彼女はオスカーに十分に値する熱演だ。

しかし、直接的映像表現として感覚的にとにかく痛い映画だ。
ダーレン・アロノフスキーの特異な表現が炸裂していて、特に引っ掻き癖のある娘に自分の背中を
引っ掻くことができないようにするためにと、母親が執拗に爪を切り、深爪どころを指先を切るぐらいやって、
それが親としての愛情であると勘違いしたかのような、歪で屈折した親子愛が強烈なインパクトをも持つ。

それだけではなく、自分でも爪をガンガン切ってしまう、何故か逼迫した精神状態に
追いつめられてしまうヒロインの、ある種の自傷行為に近い衝動を繰り返し描く、意地の悪さだ(笑)。

いわゆるサイコ・サスペンス映画の常とう手段として、ヒロインに密着して描いて感情移入させ、
観客がヒロインの視点と同一視したところで、ヒロインが精神的に追い詰められることで、
観客も一緒になってストレスを溜めて、最終的には観客にとって強烈に居心地が悪い展開になっていく。
こういうアプローチをさせると、ダーレン・アロノフスキーの右に出る者がいないという感じで、実に堂々たるものだ。

ちなみにダーレン・アロノフスキーに言わせると、本作は彼の前監督作品である、
09年の『レスラー』の姉妹編にあたる作品だということですが、これを理解するには自分には難易度が
高過ぎて難しかったけど、彼の中ではレスラーとバレリーナ、対照的な職業に身を投じる男女の
恋愛というテーマは、ある意味で共通項があるテーマであり、ずっと意識して演出・編集をしていたらしい。

しかし、個人的な映画の趣味から言わせてもらうと、
ダーレン・アロノフスキーは現代のハリウッドでは突出したものを持っていると思えるだけに、
もっと普通に映画を撮って欲しいと思います。本作ももっと普通に撮って、観客がイメージを楽しむ
“余白”がこの映画の中に残されていれば、この映画をもっと素直に楽しめたかもしれず、正直、勿体ないです。

まぁ・・・でも、好きな人は好きな映画でしょうね。相応の準備を感じさせる映画であって、
思いつきだけで映画を撮ったということでもなく、実に用意周到で計算高い映画という印象が残ります。

そうなだけに、この映画を楽しめなかったというのが、なんだか残念ですね。
ナタリー・ポートマンは一世一代の名演技であり、おそらく彼女の代表作となるでしょうね。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★☆☆☆☆☆〜5点

日本公開時[R−15+]

監督 ダーレン・アロノフスキー
製作 マイク・メダヴォイ
   アーノルド・W・メッサー
   ブライアン・オリバー
   スコット・フランクリン
原案 アンドレス・ハインツ
脚本 マーク・ヘイマン
   アンドレス・ハインツ
   ジョン・マクラフリン
撮影 マシュー・リバティーク
編集 アンドリュー・ワイスブラム
音楽 クリント・マンセル
出演 ナタリー・ポートマン
   ヴァンサン・カッセル
   ミラ・クニス
   バーバラ・ハーシー
   ウィノナ・ライダー
   バンジャマン・ミルピエ
   クセニア・ソロ

2010年度アカデミー作品賞 ノミネート
2010年度アカデミー主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度アカデミー監督賞(ダーレン・アロノフスキー) ノミネート
2010年度アカデミー撮影賞(マシュー・リバティーク) ノミネート
2010年度アカデミー編集賞(アンドリュー・ワイスブラム) ノミネート
2010年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度ヴェネツィア国際映画祭新人俳優賞(ミラ・クニス) 受賞
2010年度全米俳優組合賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度ニューヨーク映画批評家協会賞撮影賞(マシュー・リバティーク) 受賞
2010年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(マシュー・リバティーク) 受賞
2010年度ボストン映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度ボストン映画批評家協会賞編集賞(アンドリュー・ワイスブラム) 受賞
2010年度シカゴ映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度シカゴ映画批評家協会賞作曲賞(クリス・マンセル) 受賞
2010年度ラスベガス映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度ラスベガス映画批評家協会賞美術賞 受賞
2010年度サンフランシスコ映画批評家協会賞監督賞(ダーレン・アロノフスキー) 受賞
2010年度サンフランシスコ映画批評家協会賞撮影賞(マシュー・リバティーク) 受賞
2010年度インディアナ映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度サウス・イースタン映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度サンディエゴ映画批評家協会賞監督賞(ダーレン・アロノフスキー) 受賞
2010年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度ヒューストン映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度セントルイス映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度フロリダ映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度オクラホマ映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度オクラホマ映画批評家協会賞助演女優賞(ミラ・クニス) 受賞
2010年度オースティン映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度オースティン映画批評家協会賞脚本賞(マーク・ヘイマン、アンドレス・ハインツ、ジョン・マクラフリン) 受賞
2010年度オースティン映画批評家協会賞撮影賞(マシュー・リバティーク) 受賞
2010年度カンザス・シティ映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度セントラル・オハイオ映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度ノース・テキサス映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度アイオワ映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度デンバー映画批評家協会賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度ゴールデングローブ賞主演女優賞<ドラマ部門>(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度インディペンデント・スピリット賞作品賞 受賞
2010年度インディペンデント・スピリット賞主演女優賞(ナタリー・ポートマン) 受賞
2010年度インディペンデント・スピリット賞監督賞(ダーレン・アロノフスキー) 受賞
2010年度インディペンデント・スピリット賞撮影賞(マシュー・リバティーク) 受賞