ブラック・レイン(1989年アメリカ)
Black Rain
自分としては、この映画は『ブレードランナー』の番外編という位置づけです。
いろんな意見があるとは思いますが、この映画を観て、「よくも、大阪をこんな描き方をしてぇ!」と
憤慨する人もいるでしょう。その人の気持ちも、よく分かります。全く事実とは異なる大阪を描いたのですから。
この映画で描かれた大阪であれば、得体の知れない独特な雰囲気を持った、奇怪な犯罪都市ですもの。
しかし、リドリー・スコットの日本好きは有名ですし、
おそらくどこかでリドリー・スコットは日本を舞台にした映画を撮りたかったのだろうと思います。
それが、日本を代表する俳優の高倉 健に重要な役どころにキャスティングして、
末期がんに侵されていた個性派俳優の松田 優作の鬼気迫るヤクザ役。彼は残念ながら本作が遺作となりましたが、
当時の日本映画界としても最大限の協力をしたことが分かる企画ですし、この時代によく作ったものだと感心しました。
だいたい他じゃ、こんなシーン、なかなか観れないですよってシーンが満載だ。
高倉 健はそうとう撮影現場で抵抗したようですが、大阪の高級クラブでアンディ・ガルシアと並んで、
レイ・チャールズの『What'd I Say』(ホワッド・アイ・セイ)を熱唱するなんて、他の映画じゃ、ありえないし、
大阪の市場でマイケル・ダグラスと高倉 健が一緒にうどんをすすって食べるなんて、なかなか無い光景ですよね。
日本食というと、寿司などが注目を浴びやすいと思うのですが、
マイケル・ダグラスが市場のオバちゃんにうどんの食べ方を習うなんて、とっても貴重なシーンだと思いますが、
敢えてうどんを選んで描いたというのが嬉しいですね。さすがはリドリー・スコット、並みの日本通ではないですね。
こういうシーンを敢えて、撮ろうとするのはリドリー・スコットくらいなもので、
さり気なく日常の空気を出したかったのかもしれず、それ以外の部分は大阪のダークサイドばかりが強調され、
前述したように誇張して、奇怪な様相を呈する街の表情を描いていて、これもリドリー・スコットはワザと撮ったのを
認めていて、彼曰くは、大阪が想像以上に近代的かつ整然とした街並みだったので、アレンジしたようだ。
(どうやらリドリー・スコットは大阪に、やや前時代的な雰囲気を持った街並みを期待していたようです)
それから、若山 富三郎演じるヤクザの親分の菅井らが、偽札作りについて打ち合わせする、
製鉄所の敷地内がとにかく巨大で、従業員が何故か自転車が往来するというのが、非日本的で興味深い。
実際のところ、当時のスタッフがどう考えていたのかは知らないが、まるで中国や東南アジアの国のようだ。
これも、リドリー・スコットは日本の本当の姿ではないことを認識して敢えて撮影したようだ。
これも含めて、やっぱり僕には当時リドリー・スコットは『ブレードランナー』の番外編を撮ろうとしていたようですね。
映画は内務調査の対象となっていたロサンゼルス市警ニックが相棒チャーリーと共に、
昼食をとっていたレストランで偶然、日本人ヤクザの抗争による殺人事件現場に遭遇し、
犯人であるサトウを追跡したニックがサトウを逮捕するものの、日本大使館の圧力でサトウの身柄を日本側に
引き渡すこととなり、ニックとチャーリーがサトウを民間旅客機を使って、大阪府警まで護送することから始まります。
思わず、「そんな簡単に黙れるのかよ!?」とツッコミの一つでも入れたくなるような感じで、
実にアッサリとサトウを、警察官を装ったヤクザの連中に奪還されたニックは怒りに震え、非協力的な対応を見せる
大阪府警に反発しながら、ニックとチャーリーの身の回りの世話を任された大阪府警の松本と交流を深めながら、
サトウへ迫ろうとするものの、チョットした油断からチャーリーがサトウ率いるヤクザグループに囲まれてしまいます。
このチャーリーが囲まれるシーンは、リドリー・スコットらしい残酷描写がありますけど、
それ以外は映画全体として、リドリー・スコットらしい残酷描写はどちらかと言えば、控え目といった感じ。
直接的な映像表現はありませんが、映画の終盤にあった松田 優作が仁義を示すためにと、自分の左小指を
“つめる”シーンは圧巻の迫力で、こういったシーン演出にもリドリー・スコットらしさは出ていると思います。
それにしても大阪は夜のシーンが多いのですが、どことなく古めかしいネオン街、
華やかな割りに人通りが少なく、治安が悪そうな雰囲気丸出しなあたりは、まんま『ブレードランナー』の世界観だ。
やはり本作のオリジナルは『ブレードランナー』にあると思いますね。ヴィジュアル的なベクトルはほぼ一緒です。
そこにアクション映画のテイストを加味してエンターテイメント性を演出し、
上手い具合に異国情緒と文化や考え方の相違を織り交ぜながら、実に個性的な映画に仕上げています。
だから僕は、「こんなの日本じゃない!」と断罪せずに、できることなら最後まで観て欲しいと思うのです。
そう、これはもはやSF映画の世界観に近いのです。ですから、極端なことを言えば、リドリー・スコット自身も
当時の日本の現実を、映画の中に吹き込もうという意思や気持ちは、正直言って無かったと思います。
あくまで、この映画で描かれた世界は“作られた世界”で良い、という割り切りはあったと思います。
そのせいか、いつもは“背広組”であることが多いマイケル・ダグラスが、
映画の冒頭から革ジャンを着て、バイクを乗り回して、上司に楯突くアウトローを演じていて、
それも結構ステレオタイプなキャラクターなので、現実感の強い刑事映画にしたいという感じではないですね。
劇場公開当時に大きな話題となった松田 優作の鬼気迫る熱演ですが、
確かにこれはインパクトがある。本人も自身の病を知らされていたようで体調はかなり悪かったようですが、
クライマックスのバイク・アクションや、主演のマイケル・ダグラスとのアクションなどで迫真の芝居を見せている。
劇場公開直後に他界してしまったことを考えると、本人も最後の映画になるかもれないという覚悟があったのかも。
この松田 優作演じるサトウらは、黒いレザースーツのようなものを着てバイクに乗り、
ニックらに接近して挑発してくるのですが、ヤクザというよりも、まるで暴走族の元締めのようだ。
そう思うと、日本人にとっては暴走族とヤクザとごちゃ混ぜに描いているように映ってしまうのは、実に勿体ない。
バイクに乗ってチャーリーを襲うシーンなんかは、トンデモない狂気を感じさせる。これは一世一代の大仕事だ。
そういう意味でも、映画のクライマックスでニックと松本がサトウを大阪府警に連行するシーンは貴重だ。
実はこの映画で唯一のマイケル・ダグラス、高倉 健、松田 優作が揃ってカメラに収まったシーン。
観念したのか分からない表情のサトウですが、信念を持ってサトウを逮捕したニックと松本の強さを感じる名シーンだ。
実はこの映画、大阪でロケしたシーンもありますが、結構、ハリウッドのスタジオで撮影されたらしい。
どうやらリドリー・スコットもあまりに日本の協力が得られないことに憤慨したらしく、ハリウッド資本の映画が
日本で撮影することが無くなったキッカケを作ってしまったようで、本作も大阪で撮影したのは1ヵ月強らしい。
そんな中でも、本作、映画の途中で旅客機の中から大阪の街並みを映したシーンがあって、
これは伊丹空港に着陸する直前に大阪の市街地を低空飛行するアプローチの際に、眺める景色を思い出す。
個人的には、当時は色々な苦難と衝突があったとは聞きますが、
ハリウッドが日本を真正面から描き、エンターテイメントとして成立させたことに大きな価値があったと思う。
リドリー・スコットだからこそ撮れた、という気もしますが、大々的にハリウッド映画で日本をクローズアップして
描くようになったのは、00年代に入ってからですからね。本作はパイオニア的な価値があると思いますね。
まぁ・・・ただ、この映画が思いのほか対外的な評価を得られなかったのは、
主人公のニックのキャラクターが一般に理解されにくいところがあるのかなと思う。もっとも、疑惑だけではなく、
実際に彼が汚職警官であることが示唆されているし、マイケル・ダグラスにタフガイというイメージがつきにくい。
いや、マイケル・ダグラスが悪いってわけじゃないんだけど、正直、ミスキャストではないかと思うのですよね。
リドリー・スコットもやや低迷していた時期の監督作品なので、
80年代前半のようなクオリティの出来ではありませんが、個人的には支持したい一作ですね。
(上映時間125分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
監督 リドリー・スコット
製作 スタンリー・R・ジャッフェ
シェリー・ランシング
脚本 クレイグ・ボロティン
ウォーレン・ルイス
撮影 ヤン・デ・ボン
音楽 ハンス・ジマー
出演 マイケル・ダグラス
アンディ・ガルシア
高倉 健
松田 優作
ケイト・キャプショー
若山 富三郎
内田 裕也
神山 繁
國村 隼
安岡 力也
ガッツ 石松
ジョン・スペンサー
ルイス・ガスマン
小野 みゆき
1989年度アカデミー音響賞 ノミネート
1989年度アカデミー音響効果編集賞 ノミネート