バード(1988年アメリカ)

Bird

いやぁ〜っ、これはスゴい映画ですねぇ。
この芯の通った一貫性をこの頃から既に、クリント・イーストウッドは持ち続けていますね。

実在の伝説のジャズマン、チャーリー・パーカー。
彼は“ビバップ”と呼ばれる新たなジャズの概念を提唱したアルトサックス奏者であり、
数々の名演奏を多く残しながらも、34歳という若さで急逝してしまった黒人ジャズマンです。

彼は「モダン・ジャズの開祖」とも呼ばれているらしく、
40年代に従来型のスウィング・ジャズのスタイルを更に一歩進めた形で表現したかった彼らは、
やがて原曲の中にアドリブ・ソロを回していくスタイルを採用するようになり、原曲を拡大解釈して、
新たな曲の魅力を次々と導き出すことによって、彼らの“ビバップ”と呼ばれる概念は広まっていきます。

ところが、40年代後半に入ると、
チャーリーは長年闘ってきたドラッグ中毒と、アルコール依存が深刻化したことにより、
精神衰弱を発症し、更に数々の内臓疾患を抱えるようになり、死と瀬戸際の闘いが続きます。

それに伴って、彼は公の場でも奇行を繰り返すようになり、演奏のスキルも落としてしまいます。

こうしてチャーリー自身が衰えてしまうと同時に、
50年代に入ると、一気に“ビバップ”の人気も停滞していき、行き詰ってしまいます。
それは本来的には、アドリブ・ソロを回していくことにより、原曲からは考えられなかった魅力を引き出したり、
即興的に発生する化学反応のようなマジックが生じにくくなり、次第にどこかで聴いたことがあるような
フレーズを使い回すようになり、即興演奏が既存の概念を打破するものではなくなったことがあります。

クリント・イーストウッドも生粋のジャズ好きということもあってか、
ひじょうに彼なりの愛着を感じさせる作りで、なかなか見応えのある構成になっている。

時折、時制が入れ替わって話しが展開するため分かりにくい部分があるのが玉に瑕(きず)ですが、
それでも上手くチャーリーの内面にまで掘り下げられており、彼の生きざまに肉薄できていると思いますね。
だからこそ、ほど良くドラマ性も高まって、全体的に重厚な仕上がりになりましたね。

チャーリー・パーカーに完全になり切ったフォレスト・ウィテカーは大熱演ですが、
彼の何が凄いって、完璧なまでに“ビバップ”の熱さを凝縮して表現した演奏シーンですね。
彼の息継ぎの呼吸、彼の華麗なまでの指使い、そして演奏によって高まる熱気、その全てがホントに見事だ。
イーストウッドにとっては、そんな高い要求に応えられるフォレスト・ウィテカーを配役できたことが
大きかったとは思いますが、それだけでなく彼が画面に吹き込んだ空気、そのものが素晴らしいですね。

録音状態もたいへん良く、これは音響設備の良い環境で観ると、最高の音楽映画だろう。
思わず、「このセッションを行っているバーにいるのではないか?」と錯覚してしまうぐらい、
臨場感溢れる迫力のサウンドで、これはとても良い仕事であることを実感させられる作品ですね。

チャーリーが関わった数人の男たちの笑いをクロスフェードさせながら、
チャーリーは心臓を押さえながら横たわるソファーで、自分の人生を悟りながら回想します。

真相はよく分かりませんが、チャーリー自身、幾度となく麻薬と酒から縁を断ち切ろうとしました。
何故なら、彼自身、病に侵され自分を見失い、苦しむこと自体、とても恐れていたからです。
しかし、そんな恐怖から逃避するあまり、麻薬と酒にハマってしまい、生活をも壊してしまいます。

約束は守らない、時間にルーズ...結局、彼は演奏の腕をも落としてしまい、仕事も行き詰ってしまいます。
彼の妻チャンまでもが、なんとかしてチャーリーに仕事を与えようと奔走し、もがき苦しみます。

それでも麻薬と酒との関係を断ち切れず、結局、周囲を裏切ってしまうチャーリー。
映画はそんなチャーリーが苦しむ姿を掘り下げ、チャーリーの内面をクローズアップします。
おそらく幼少の頃に実在のチャーリー・パーカーの演奏を見て、衝撃を受けたというイーストウッドですから、
そうとうに思い入れ強い企画であり、彼が描きたいビジョンというものはハッキリとしていたのでしょう。
そういう意味でも、イーストウッドの中でのジャズの位置づけの高さを改めて実感させられますね。

しかしながらチャーリーの生きざまを過剰に美化せず、フィクションがあるかもしれないと言え、
ありのままのチャーリーを表現したのは、イーストウッドなりの敬愛の精神でしょうね。
ああいった苦しみの側面に目を背けず、対向して描けたというのは、ひじょうに大きかったと思いますね。

後に『ミスティック・リバー』、『ミリオンダラー・ベイビー』などで高く評価されるようになった、
イーストウッドですので、彼の監督作としても数多くの秀作・傑作があるのですが、
彼の映画のファンとして、たいへん残念なのは本作の存在が一部で忘れられていることですね。
残念ながら、イーストウッドの監督作として本作の名前が挙げられることが、たいへん少ない。

音楽映画としてだけではなく、伝記映画として申し分のない出来だし、
イ−ストウッドの並々ならぬ強いジャズに対するこだわり、そしてチャーリーへの敬愛の精神が
ダイレクトに表現されている、とても素晴らしい力作です。そうなだけに本作の価値の再評価を促したいですね。

チョット余談ですが...
不覚にもウェザー・リポート≠フ『Birdland』(バードランド)って曲は、ニューヨークのクラブの店名が由来で、
その店名はチャーリーにちなんで付けられたとは、本作を観て、初めて知りましたね。

(上映時間160分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
脚本 ジョエル・オリアンスキー
撮影 ジャック・N・グリーン
音楽 レニー・ニー・ハウス
出演 フォレスト・ウィテカー
    ダイアン・ベノーラ
    マイケル・ゼルニカー
    サミュエル・E・ライト
    キース・デビッド
    マイケル・マクガイア
    デーモン・ウィテカー

1988年度アカデミー録音賞 受賞
1988年度カンヌ国際映画祭主演男優賞(フォレスト・ウィテカー) 受賞
1988年度カンヌ国際映画祭フランス映画高等技術委員会賞(クリント・イーストウッド) 受賞
1988年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(ダイアン・ベノーラ) 受賞
1988年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞