ビッグ・フィッシュ(2003年アメリカ)

Big Fish

これはティム・バートンが描く、父親の最期を描いたファンタジックなヒューマン・ドラマ。

どうやら本作を製作した前年にティム・バートン自身が父親を亡くしたそうで、
自身の体験から想を得た部分が多かったようですが、これは確かに誰しも経験することであり、
人間の死を否定的ではなく、むしろ前向きなものとして捉える気持ちにさせる、実に素敵な“セレモニー”を描いている。

00年の『エリン・ブロコビッチ』で再度、ベテラン俳優として注目を集めたアルバート・フィニーが
人生の晩年を迎えた年老いた父親を演じていて、不思議とユアン・マクレガーに似ているように見える瞬間がある。

御伽噺のように、自分の昔話を子どもたちに話す父であるものの、
あまりにドラマチックで大袈裟に脚色して話しているように聞こえるために、成長する子どもたちも徐々に、
父親の昔話がテキトーに作った創作だとしか思えなくなる。それでも自分の物語を大きく膨らませて話し続ける
父親の姿を見て、次第に快く思わなくなる。すると、自分の結婚式のスピーチでも昔話に没頭されてしまい、
より子どもと父親の間の溝は深くなってしまう。昔話はともかく、成長してから断絶した親子って、修復が難しい(苦笑)。

親子の対立は、往々にしてお互いに頑固だし、子どもが大人になってからの対立だと、
それなりに子どもが反発する理由にも正当性があったりするので、修復不可能な事例が多くあるような気がします。
中には、エスカレートして事件化してしまうこともあるので、あんまり甘く見れないけれども、本作でビリー・クラダップが
演じていた成長した子どもの主張や気持ちもよく分かる。なんで、いつも自分語りするのか・・・と思うのは自然なこと。

一方、父親からしても、彼なりのポリシーを持って昔話をし続けている。
それは、彼からすると事実よりも、聞く側が如何に話しに“入り込んで”楽しめるかということが大切だから。
確かに事実のみをピンポイントに淡々と話しても、話しに膨らみは無いし、聞いていても単調でつまらなかったりする。

話しの上手い人は、上手く“尾ひれ”を付けて、チョットした脱線トークが面白かったりする。
それゆえ、言わなくてもいいこと言っちゃって、舌禍事件が起こったりすることもあるのですが、話しが上手いというのは
一つの才能であることは事実で、分かり易く言えば、ラジオ・パーソナリティーという職業があったりするわけで、
それだけで人を惹き付けることができるし、言葉を“武器”にすることができる。これはとても大きなことだと思う。

映画は、そんな父親が話す自分の昔話をベースに回想劇のように展開していきます。
子どものときに、老婆の瞳の向こう側に自分の最期を見たがために、その後の人生で危険と思われる状況でも
恐れることなく次々と挑戦することができたからこそ、平凡な人生を歩んできたわけではなく、奇想天外な人生でした。

それはある種のファンタジーであり、アドベンチャーでもありました。
だからこそ、この父親の昔話を聞かされる子どもの立場からすれば、小さいときは胸躍らせて聞けたけど、
段々と胡散臭く思えてきて、その反動というか、裏切られたような気分になった部分もあったのかもしれません。
現実離れした御伽噺なので、次第にそれを得意げに真剣な面持ちで話し続ける父の姿に疑問を持ちます。

しかし、こういった親子の軋轢とも言えることを切り口に、壮大なファンタジーを展開するあたりは、
実にティム・バートンらしく、この頃のティム・バートンは少々ワンパターンな監督作品が続いていたので、
本作でそれまでの路線を変えてきたのは、良い転機になったような気がする。それくらい本作は異質な感じがする。

異質と言っても、奇をてらっているわけではないし、むしろとても落ち着いた映画でビックリするようなことは無い。

でも、本作の場合はそれが心地良いのだ。だって、一人の人間の人生を振り返り、死に向っていくというのに
それまで幾多の苦難を経験してであろうにも関わらず、尚、人生の最期にホラーなことがあるなんて、
誰も望んでいない、突如としてティム・バートンの“いつもの調子”を挿し込んできても、全体に馴染まないだろう。

楽しかったことを振り返り、人生の充実感に満ち溢れて、そして“今”に感謝して最期を迎える。
なんとも幸せな最期ですね。しかも、最後の最後に仲たがいしていた息子から、自らの生前葬とも言える、
壮大な“セレモニー”の話しを聞くことができるなんて、土壇場になって思いもよらぬ“プレゼント”だっただろう。
そこで、まるで走馬灯のように過去の記憶が蘇り、懐かしい人々が自分のことを見守っているというファンタジー。

死とは、どういうものであるのか...あまり深く考え込むと、僕は怖くなってしまうのですが(笑)、
それでもティム・バートンなりに、「人々の最期が、こんな感じなのであれば、さぞかし幸せなのだろう・・・」と
カメラの手前で主張しているかのようで、とても色々なことを考えさせられてしまうタイプのラストでもありますね。

子どもが大人になってから壊れた親子関係の修復は難しいとは前述しましたが、
本作が掲げた大きなテーマの一つとして、親子関係の修復がある。基本的に親は何も変わらないんだけど、
最期の時が近づく親の姿を見て、昔話を自分にしてくれた元気なときの父親の姿を走馬灯のように振り返り、
自分もまた父親になる段階にきて、親としての愛情の深さを悟り、子どもの方から歩み寄る形で修復していきます。
だからこそ、映画のクライマックスに息子が、父親の華々しい人生のフィナーレを語り始めるシーンがあるのです。

たぶん、ティム・バートンが本作を通して最も強く描きたかったことは、
やっぱりこのラストの“セレモニー”なのだろう。これこそが、父の人生の有終の美とも言える素晴らしい最期。

そして、父の葬儀の光景をサラッと描くのですが、ここでティム・バートンはまるでプレゼントのように、
父の人生に関わってきた人々が生前の姿について語っているシーンを並べる。ここで息子はディティールはともかく、
父が雄弁に語っていた昔話の全てがウソだったわけではないと悟ったのでしょう。これはある種のサプライズだ。
僕は思わず「ティム・バートンって、こういうことを描けるんだ!」と、偉そうなことに感心してしまいました(笑)。

まぁ、ウソというよりも話しを“盛る”のが好きな人って感じ。そういう人って、いっぱいいる。
なので、この映画の父親のような人物も好き嫌いはハッキリと分かれるでしょう。ずっと、同じ調子なわけですし。
しかし、そんな昔話をトレースする機会があったからこそ、息子も父の人生を理解することにつながったので、
息子も次第に、「事実しか見ない話しを聞かされるくらいなら、多少大袈裟でも面白い話しを聞いた方が良い」という
考え方を理解するようになっていきます。そして、「実はホントの部分もあったんだ・・・」とシミジミ知るのも良いですね。

これは、さすがにティム・バートンが肉親の死をキッカケに映画化しただけあって、
そういった経験を直近で経験した人であれば共感性が高く、“刺さる映画”なのではないかと思います。

僕は自分の経験というよりも、少し客観視しながら見ていたのですが、
それでもティム・バートンの映像センス炸裂という部分もあって、ユアン・マクレガー演じる若き日の父親が
アリソン・ローマン演じる母親に一目惚れするシーンなんて、何とも言えない浮ついた感覚があって素晴らしい。
(ちなみにブレイク前のマリオン・コティヤールが息子の妻役で出演しているのにも、要注目だ)

それに応じるように、年老いた父と母にしても、前述したようにアルバート・フィニーは好演だし、
出番はそう多くはなかったもののジェシカ・ラングも相変わらず上手い。母は明らかに体調が悪く衰えていく夫を前に、
最期が近づいていることを悟りつつも、その現実を受け入れるほど心の余裕が持てずに苦悩する姿を表現している。

特に風呂に浸かるアルバート・フィニーを前に、身を預けるようにジェシカ・ラングも一緒に風呂に入って、
まるで別れを惜しむような表情を見せるのは何とも言えない感覚になる。やはり、パートナーの喪失は大きいものだ。
ティム・バートン節が根底を支える映画ではあるけど、こういう描写が出来るのかと、思わず感心してしまった。

余談ですが、僕は自分の最期を知りながら生きるというのは、なんともイヤだなぁ〜と思った。
この映画では、自分の最期を知っているからこそ怖い状況でも勇気が出た、というタッチで描いているわけですが、
そりゃそうかもしれないが・・・いつ、その最期に見舞われるかと不安で仕方がないような気がする(苦笑)。
怖い思いをして死にたくない、痛み苦しみ死にたくない、誰にも迷惑かけずに逝きたい、安らかな最期を迎えたい、
と人並みに希望はありますけど(笑)、それでも最期の状況を知って生きるなんて、あまりに自分には重たいなぁ。

子どものときに見たわけだから、好奇心から知りたいという気持ちが強いかもしれないが、
それにしても、その意味は大人になれば違った解釈になる。まぁ、死生観によって意見は違うのかもしれませんが・・・。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ティム・バートン
製作 ブルース・コーエン
   ダン・ジンクス
   リチャード・D・ザナック
原作 ダニエル・ウォレス
脚本 ジョン・オーガスト
撮影 フィリップ・ルースロ
美術 デニス・ガスナー
音楽 ダニー・エルフマン
出演 ユアン・マクレガー
   アルバート・フィニー
   ビリー・クラダップ
   ジェシカ・ラング
   ヘレナ・ボナム=カーター
   アリソン・ローマン
   マリオン・コティヤール
   ロバート・ギローム
   マシュー・マッグローリー
   ミッシー・パイル
   スティーブ・ブシェミ
   ダニー・デビート

2003年度アカデミー作曲賞(ダニー・エルフマン) ノミネート