アンドリューNDR114(1999年アメリカ)

Bicentennial Man

どうも、最近はいかんなぁ・・・。涙腺が緩くなったなぁ・・・(笑)。

個人的にはスピルバーグの『A.I.』よりは凄く、心に触れる映画で静かに感動したなぁ。
まぁ・・・おそらく、色々な理由から、この映画にノレない人はいっぱいいると思う。
ロボットがプログラムミスにより自我を持つようになり、次第に人間になりたいと願う姿に、
どことなく違和感があるというか、感動の押し売りみたいに感じるのが、賛否両論だろう。

監督がクリス・コロンバスなだけに、てっきりコメディ映画だと思っていたら、
アイザック・アイモフ原作のためか、思いっ切り改変できなかったのでしょうか、
仕上がった映画はコメディらしい部分はほとんど排除されて、すっかりハートウォーミングな内容になっています。

この内容は僕が観る以前に、勝手に想像していた映画の内容と
まるで違う内容になっていて、すっかり予想外な映画でビックリしてしまいましたね(苦笑)。

今は亡きロビン・ウィリアムス主演の映画ですが、
本作に出演した頃は、初のオスカーを獲得して絶好調だった時期で、シリアスな映画でも持ち前の演技力を
活かして、ほとんどの出演作品が日本でも劇場公開されて、日本でも人気俳優の一人でした。

だからこそ、当時から彼のスタンスに否定的だった人も結構多くて、
本作なんかは映画の方向性も含めて、ハートウォーミングな感覚が狙い過ぎだと感じる人も多かったでしょう。

だけど、この映画って、意外にしっかりしているように感じましたね。
クリス・コロンバスも過去の監督作品では、ここまでの完成度を見せてくれたことは無かったのですが、
各シーンの時間の取り方、エピソードの持って行き方など、とても堅実に撮っているように思いますねぇ。
特にサム・ニール演じる主人との真の交流は、とても心に迫るものがあり、別れの時にもグッと来るものがある。
この辺はしっかりと作り込んでいるからこそ為し得た技で、現時点での最高傑作ではないだろうか。

アンドリューと名付けられたロボットは、購入者の主人やその家族に忠実に尽くすように
プログラムされたロボット。家族の次女(リトル・ミス)に好かれたことから、彼女に尽くす一心で
木材加工で精密なものに仕上げたことから、主人はアンドリューが学習する能力を持っていることに気づき、
時計の事業を行っていた主人が、アンドリューに様々なことを教え、人間らしい生活に近づいていきます。

時は流れ、リトル・ミスは結婚し、時が流れることを実感するアンドリューは
やがて“自由”という概念を知り、主人に“自由”が欲しいということを主張するようになります。

一旦、“自由”を手にしたアンドリューは、再び時が流れ、
ロボット工学に長けたルパートと出会い、彼に人間の皮膚を移植するように依頼し、見た目は人間と同一に。
そしてリトル・ミスの孫娘ポーシャに恋心を抱き、やがてはホントに人間になることを切望します。

この映画はアイザック・アシモフ原作らしく、とても大きな問題を取り上げていて、
ロボットが人間のように感情を持つようになると、すぐに人間を越えた存在になってしまうという点で、
故障はあれど、破壊されない限り、文字通りの不老不死であるロボットであることの難しさついても言及しています。

クリス・コロンバスの監督作品で、ここまで複雑なテーマを内包した作品は
これまで観たことがなかったので、正直言って、僕には大きな驚きがあった作品と言っても過言ではありません。

但し、ここまで自分の持ち味を抑えて、頑張った映画なのであれば、
個人的にはシナリオに書いてあったとしても、ギャグのような部分も抑えて欲しかった。

特にサム・ニール演じる主人が、アンドリューの能力に関心して興味を抱き、
アンドリューに「今まで教えてこなかったことを教えてやろう」と得意げに話しをしていたので、
さぞかし高尚なことを教えてやるのかと思いきや、いきなり子作りを教えるというのは、いくらなんでも無い(笑)。

人間らしく生きる、と言うか、動物的に生きるということを強調したかったのかもしれないけど、
子作りについて教えて、「人間っていいだろうぅ?」なんて得意げになる親父って、トンデモない親父だ(笑)。
冷静に考えると、とってもおかしなシチュエーションなので、映画の空気感とアンバランスな気がするのですが、
少し拡大して解釈すると、これはこれでロビン・ウィリアムスとクリス・コロンバスの持ち味を出そうとしたのかも。
でも、ここまで頑張った映画なのであれば、これも個人的には我慢して欲しかったですねぇ。

確かに、これが人間らしい発想と言えば、そうなのですが...
もっと違った方向での、生きる喜びとか、人間愛とか、そういったものを教えてあげるとか、
別にキレイ事という意味ではなく、映画の趣旨が散漫になるようなファクターは避けて欲しかったかな。
(結局、この映画も後半でセックスが再びクローズアップされている)

脚本を書いたのは、『運命の逆転』のシナリオを書いたニコラス・カザン。
よくよく調べてみたら、02年の『イナフ』の脚本を担当してから、映画界の仕事から遠ざかっているみたいですね。

一時期、『運命の逆転』の脚本で高く評価されたり、監督デビューしたり、
ハリウッドでも期待される映画人であっただけに、この現状はかなり意外な気がしますね。

少し高く持ち上げ過ぎかもしれませんが、恵まれたスタッフということもあり、
僕は映画の出来はかなり良いと思います。前述したように、現時点でのクリス・コロンバスの最高傑作でしょう。
良くも悪くも、ロビン・ウィリアムスの芸達者な一面が反映された作品であり、在りし日の絶好調な時期の
出演作なだけに、観ていて妙に切ない気持ちになるし、クライマックスは何とも言えない味わいがある。

SF映画というよりも、時の経過につれて老いることがツラいと感じる人間と、
老いることのないロボットから見ると、老いることがないことをツラいと感じるロボットの対比から、
時代が変わることの、ある種の残酷さを描いた作品として、この映画は評価に値すると思います。

こういう言い方は好きではありませんが、
『A.I.』が好きになれなかった人には、是非とも観て頂きたい作品でもあります。

(上映時間131分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 クリス・コロンバス
製作 ウォルフガング・ペーターゼン
    ゲイル・ガッツ
    ニール・ミラー
    ローレンス・マーク
    クリス・コロンバス
    マーク・ラドクリフ
    マイケル・バーナサン
原作 アイザック・アシモフ
脚本 ニコラス・カザン
撮影 フィル・メヒュー
音楽 ジェームズ・ホーナー
出演 ロビン・ウィリアムス
    エンベス・デービッツ
    サム・ニール
    オリバー・プラット
    キルステン・ウォーレン
    ウェンディ・クルーソン
    ハリー・ケイト・アイゼンバーグ
    ジョン・マイケル・ヒギンズ

1999年度アカデミーメイクアップ賞 ノミネート
1999年度ゴールデン・ラズベリー賞ワースト主演男優賞(ロビン・ウィリアムス) ノミネート