チャンス(1979年アメリカ)

Being There

物心ついた時分から、豪勢な屋敷でヒッソリと育てられ、
一度の外出も許されず、満足な栄養は与えられながらも、外を一切知らずに中年となったチャンス。

そんな彼が屋敷の主人の死により、初めて外の世界へ出て、
経済界の大物に気に入られ、挙句、大統領のスピーチまで影響を与えるようになり、
素性不明のチャンスがアッという間に大物に成り上がっていく様子を描いたコメディ映画。

教養はなく、外の世界を知らないチャンスですから、基本的に彼は成長していません。
40代にして、何もかもが子供な中年なのです。それゆえ、彼の言動・行動は周囲に不思議な影響を与えます。

僕はこの映画を最初に観たとき、「随分と冷淡な映画だな」と思った。
これがハル・アシュビーのスタンスと言えば、それまでですが、こんなに突き放したような映画も珍しい。
不思議な魅力を持つラストを含めて、この映画が様々な解釈を生むのは、
このハル・アシュビーのスタンスが観客に混乱を生んでいるのだろうと僕は思う。

この映画、基本、コメディ映画です。それもとてつもなく、スラップスティックな。
閉鎖された家を差し押さえに来た法律事務所の男女が、部屋に入ったら「食事を待ってるの」と言う、
中年オッサンと初めて出会うなんて設定も、ほとんどギャグみたいだし、
政治のことを質問され、庭いじりのことしか知らないチャンスが庭いじりの話しをしたら、
都合良く政治的発言と解釈され、一躍時の人になるという展開も、何ともシニカル。

極めつけは、大物財界人と妻を演じたシャーリー・マクレーンの暴走演技。
「ボクは(テレビを)観るのが大好きなの」とチャンスに言われ、
意を決したような表情で「分かったわ」と言い、一人絶頂に達するなんて、何という下ネタ(笑)。

いや、冗談じゃなく、僕はこの映画を哲学的だとも、メッセージ性に優れた映画だとも思わない。
言うなれば、「お●カ映画」だ。しかし一見すると、確かにそうは見えない。
それは全てハル・アシュビーの個性的な演出に問題があるのです。

まぁ映画の調子に合わせるように主演のピーター・セラーズの芝居も淡々としているのですが、
ただ彼の淡々とした芝居の中に子供臭さが見え隠れするあたりに、コメディ的な意図が見え隠れしますね。

最も不可解な映画のクライマックスなのですが、
いろんな意味でお世話になったベンの死という悲しい出来事に直面しながらも、
長い葬儀に飽きてしまったかのように一人抜け出し、残雪残る庭に繰り出し、
突如として沼の中に入っていくのですが、何故かファンタジー性を持たせるような演出があります。

この意図が正直言って、僕もよく分かっていないのですが、
この辺で不可解な神々しさを演出するあたりも、ハル・アシュビーらしいような気がします。
こういう場違いな演出があるのも、ハル・アシュビーらしいというか、映画の持ち味という感じがしますね。

本作で再生不良性貧血に見舞われ、余命いくばくもない財界の大物ベンを演じた
メルビン・ダグラスは撮影当時、77歳という高齢でしたが、本作で見事にオスカーを獲得する快挙。
彼の最期はあまりに自然で、この映画の中でも完全に“浮いて”しまうぐらい真に迫っているんだけれども、
彼自身、本作の製作から約2年経った81年に他界してしまいましたが、
おそらく当時の誰もが主演のピーター・セラーズの方がメルビン・ダグラスよりも先に急逝するとは、
予想していなかったことでしょう。そう、ピーター・セラーズは本作製作から1年後に急死してしまいまうのです。

そういう意味では、何故か一抹の寂しさを感じずにはいられない作品だ。
これまた意図不明なのですが、何故か映画のエンド・クレジットの最中にピーター・セラーズのNGシーンが
ただ漫然と流されます。全く必要性の感じられない編集になっているのですが、後の彼の急死を考慮すると、
まるでスクリーン上での素顔のピーター・セラーズの遺言であるかのように映り、複雑な心境にさせられる。

まぁ不思議な魅力に満ちた作品であることは認めますが、
僕は本作がそこまで優れた作品だとは思っていません。
やはり場違いな演出が映画を壊している部分があることは否めないと思いますね。
ハル・アシュビーは73年に撮った『さらば冬のかもめ』は素晴らしかった。
温かい内容だったのに、急激に現実に引き戻す手法が見事にキマっていました。
ただ、本作ではそんなハル・アシュビーのスタイルが上手くフィットし切っていないような気がします。

偶然や勘違いが、時に人を持ち上げることはあるだろうが、
そんな奇跡を極上のコメディに仕上げようとする、その企画自体は評価に値すると思う。

名優ピーター・セラーズ最後の名演技と言っていい作品でしょうね。
コメディ映画だというのに、こんなに寂しさを拭い切れない映画がかつてあっただろうか。
映画としては致命的になりかねない場違い的な演出があるにも関わらず、
これだけ不思議な感覚に陥る作品は皆無ですね。

そういう意味でも、ハル・アシュビーは本作でマジックを起こしているのかもしれない。

(上映時間129分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ハル・アシュビー
製作 アンドリュー・ブラウンズバーグ
    ジャック・シュワルツマン
原作 イエジー・コジンスキー
脚本 イエジー・コジンスキー
撮影 キャレブ・デシャネル
音楽 ジョニー・マンデル
出演 ピーター・セラーズ
    シャーリー・マクレーン
    メルビン・ダグラス
    ジャック・ウォーデン
    リチャード・ダイサート
    リチャード・ウィドマーク

1979年度アカデミー主演男優賞(ピーター・セラーズ) ノミネート
1979年度アカデミー助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞
1979年度全米脚本家組合賞脚色賞<コメディ部門>(イエジー・コジンスキー) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞撮影賞(キャレブ・デシャネル) 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞
1979年度イギリス・アカデミー賞脚本賞(イエジー・コジンスキー) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(ピーター・セラーズ) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞