チャンス(1979年アメリカ)

Being There

これはまったくもって...実に不思議な映画ですね。
ハル・アシュビーの映画って、少し変わった魅力を持った作品が多いのだけど、本作は特に際立っている。

まぁ、正直言って...スゴい面白い映画かと聞かれると、素直に頷きづらいんだけど(笑)、
不思議な魅力を持った主人公が、よく聞くと何一つ核心を突いた具体的なことを言っているわけではないのに、
その雰囲気から何となく、俯瞰的な視点で素晴らしいことを言っているのではないかと全員がそんな解釈をして、
特に実績があるわけでも能力があるわけでもない、一般社会に慣れていない男が持ち上げられるというのも恐怖だ。

どうやら、障碍を抱えていることから身の回りのことも何もできず、
大富豪に幼い頃から守られた生活をして、庭師として静かに生きてきた初老の年齢を迎えた男性チャンス。
ハッキリと喋らなかったことから、自分の名前を“チャンシー・ガーディナー”と勘違いされてしまうし、
大富豪の死後のことを公務員から一方的に言われて、自身の置かれた状況が全く理解できていない苦しい状況。

彼を幼い頃から面倒看てきた黒人女性も高齢になり、家を離れて老人ホームに入るために、
チャンスは彼女について行くわけにもいかず、身寄りが無くなり、家を強制的に離れなくてはいけなくなってしまう。

そもそも、戸籍も取得していないというチャンスなので、「いったいどういうこと?」と思っちゃいますけど、
仮にこんなことが現実にあったとしたら、先に逝ってしまった大富豪の爺さんは実に残酷なことをしたものですね。
こうなることは明らかであり、チャンスが放り出されることは分かっていたはずで、生きているうちに手を打つべきでした。
そうして社会に放り出されてしまう強烈なまでの不条理を描いているという観方もできて、問題提起性もある作品です。

本作は名喜劇俳優ピーター・セラーズの遺作となってしまったわけですが、いつもの調子とは大きく異なります。
お得意のドタバタしたスラップスティックなギャグを連続して、観客が根負けして笑ってしまうタイプのコメディではなく、
本作はどこか物悲しく寂しさの中に、チョットした笑いを織り交ぜるという、新たなチャレンジを試みたような作品です。

そのせいか、エンド・クレジット前にこの時代の映画としては珍しいNGシーンがあるのですが、
ピーター・セラーズがトボトボしく台詞を喋って、思わず一人吹き出しちゃったりしてるだけでなんだか笑えない。
でも、退屈なNGシーンというよりも何故だか不思議な空気に包まれた映画なので、NGシーンまでもがそんな空気。
ある意味では、ハル・アシュビーの不思議なマジックにかかってしまったかのような作品で、唯一無二な感じがスゴい。

思えば、ずっと大富豪の邸宅に閉じ込められて、外の世界を知らないどころか、
外側からも彼の存在が認識されていないという設定に恐ろしさすら感じますけど、外の世界に出た途端に
主人公のチャンスはあれよあれというま間に周囲に祭り上げられていって、政界への影響力が強い人間になっていく。

でも、言わば虚像であって、大衆が勝手に邪推するチャンスの能力は実像とは言えない。
話しが大きくなればなるほど後戻りできない恐ろしさも感じますが、本作は違和感ギリギリのところで上手く描いている。
そう、僕はこれ以上やったら映画が崩れてしまうよ、というギリギリのところに留めたことが本作の強みだと思っている。

そのギリギリ感は寓話性すら示唆するラストシーンであって、突如としてファンタジーっぽくなるラストに
戸惑っちゃう人もいるでしょうし、多様な解釈ができちゃうラストなだけに賛否が分かれる部分もあるでしょうね。

純真無垢と言ってもいいくらいピュアに生きてきた初老の庭師チャンス。一切外の世界を知らずに、
お手伝いさんに日常生活の面倒を看て長年閉鎖的な環境でリッチに暮らしてきたがために、外の世界で一人暮らしは
彼にとっては想像もつかないくらいの大冒険であり、見方によってはものスゴく残酷なことのようにも思えてきます。
どんなに過去に愛着を抱いていたとしても、いつかはこうなることが分かっていたはずなので、手を打つべきでした。

そんな自宅を追い出されて彼が外の世界を歩むべくと、誰の目から見ても上手くいかない“未来”が想像されました。
ところが、たまたま合衆国大統領までもがアドバイザーとしてお世話になっている大富豪の妻が乗る車と接触する。
スキャンダルを恐れてか、気難しい彼女たちも軽傷を負ったチャンスを自宅を連れていって、面倒を看始める。
この大富豪の妻を演じたがシャーリー・マクレーンで、他作品とはチョット違った魅力を表現する好演と言っていい。

何故か彼女はチャンスのことがセクシーだと言い、一方的に積極的なアプローチをし続けますが、
チャンスはまったく意に介するわけではなく、いたってマイペースにテレビを観るというカオスな終盤も見ものだ。
ここでのシャーリー・マクレーンの熱演はおそらく彼女のキャリアでも異彩を放つ芝居であったのも間違いなし(笑)。

チャンスが遭遇した接触事故だって、ある意味では出会いであり、彼は“そういう運”を持っているのだろう。

こうなると、もう止まりません。あれよあれよと悪い方向へ向かっていくのとは真反対に...
チャンスは実際にそんな意味があってかは分からないが、彼の発言と存在が肥大化し過大評価されていきます。
しかも、チャンス自身そのことに気付かずに周囲は誰も疑わないという、実に不思議である意味でホラーな展開だ。

世の女性たちはチャンスの魅力にハマってしまうし、何もかもが理想の展開に転じていくのだけれども、
チャンスはまったく気にしていないというところは、チャンス自身が置かれている状況でサポートが必要なのだろう。

だからこそ、彼は周囲の協力者がいないと生きていけないわけで、どんなに過大な評価を得たとしても、
彼の生活は一向に良くはなりません。そんな皮肉な展開を示唆するラストが、なんとも切ないテイストを残します。
ヒッソリと歩いてカメラから遠ざかっていくチャンスの後姿が寂しげですが、人間ではないような描写にも見えます。
これは結局ファンタジーなんだと認識させられるラストであり、アッサリとやってのけたハル・アシュビーがスゴいと思う。

ただ強いて言えば...このラストにしてもそうなのですが、あまりに唐突な感覚があるのは否めない。
ひょっとすると、本作自体が最終的にそこまで高い評価を得ることができなかったのも、この辺が理由かもしれない。
コメディ映画としても少々控えめ...というか、ピーター・セラーズの持ち味を活かしたギャグがあるわけでもないし、
それが最後の最後の土壇場で突如としてファンタジーとして昇華させられても、観客の理解が追いつかないかも。

もう少し一体感ある映画として、しっかりとつながりをもって構成できていれば映画はもっと支持を得ていただろう。
本作の原題も的確に理解するのは難しいです。「そこにいる」という直訳から「ありのまま」と解釈すればよいのかな?

確かにピーター・セラーズが表現するチャンスは「ありのまま」の姿という感じで、純真無垢な心の持ち主。
大富豪の邸宅で庭師として雇われ生活していて経済的に満たされ、お手伝いさんに身の回りの世話をしてもらうことで
日常生活が成り立っていた初老のオッサンが、一般社会に放たれて生活できるのか?と聞かれれば、首を傾げる。

それでもチャンスは幸運にも周囲からもてはやされ、一時的に生活をつなぐことはできていました。
しかし、それもずっと続くものとは思えず、本能的にチャンスは元の生活に帰ろうという意思が働いているかのよう。
それを象徴したのは映画のクライマックスのファンタジーのように見えて、ただいるだけのチャンスにとっては
華やかで周囲からもてはやされる派手な生活は馴染めず、そこでは安住できないという彼自身の意思なのだろう。

この映画には当時のアメリカ社会を風刺したようなニュアンスがあって、
勿論、実際はそんなことはないのに勝手に深読みして、いつしかその見方が世の中の標準になること自体、
本質を見抜けない大衆心理を皮肉っているのもそうですが、ジャック・ウォーデン演じる合衆国大統領にしても、
最初にチャンスに会ったときは「不可解だな」という、ビミョーな反応だったのにマスコミも過熱していくのを見て、
側近にチャンスのことを調べさせるも結果が出ずに、いつしか周囲の見方に同調するようなスタンスをとる奇異さ。

このビミョーな運命のイタズラから、チャンスの人生が変わっていくわけですが、
この不思議な物語をまとめたハル・アシュビーの手腕もさることながら、イエジー・コジンスキーの原作も良いのだろう。

映画自体は賛否が分かれ易いタイプの映画だとは思いますが、ネット社会になった現代社会では
このような現象はおそらく起きないにしろ、憶測や希望的観測で事実が脚色されて報じられるなんてことは
実際に起きていると言われているわけで、チョットしたボタンのかけ違いで似たような現象が起こり得ると感じますね。

欲を言えば、映画の尺が2時間を超えてしまうのは少々冗長に思えるので、
そこはタイトに編集して欲しかったけれども、是非とも忘れて欲しくはない丁寧に作られた佳作と言っていい作品だ。
(ちなみに僕は未見なのですが、Blu-rayには「もう一つのエンディング」が収録されているらしい)

(上映時間129分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ハル・アシュビー
製作 アンドリュー・ブラウンズバーグ
   ジャック・シュワルツマン
原作 イエジー・コジンスキー
脚本 イエジー・コジンスキー
撮影 キャレブ・デシャネル
音楽 ジョニー・マンデル
出演 ピーター・セラーズ
   シャーリー・マクレーン
   メルビン・ダグラス
   ジャック・ウォーデン
   リチャード・ダイサート
   リチャード・ベースハート

1979年度アカデミー主演男優賞(ピーター・セラーズ) ノミネート
1979年度アカデミー助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞
1979年度全米脚本家組合賞脚色賞<コメディ部門>(イエジー・コジンスキー) 受賞
1979年度全米映画批評家協会賞撮影賞(キャレブ・デシャネル) 受賞
1979年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞
1979年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞
1979年度イギリス・アカデミー賞脚本賞(イエジー・コジンスキー) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ミュージカル・コメディ部門>(ピーター・セラーズ) 受賞
1979年度ゴールデン・グローブ助演男優賞(メルビン・ダグラス) 受賞