その土曜日、7時58分(2007年アメリカ)

Before The Devil Knows You're Dead

名匠シドニー・ルメットが撮った、強盗を企んだ兄弟の悲劇的な顛末を描いたサスペンス・ドラマ。

本作がシドニー・ルメットの遺作となってしまいましたが、当時は御年83歳で撮った映画として、
ここまで挑戦的かつ、どこかB級な雰囲気漂う、胃がヒリヒリするようなエッジの効いた作品になるとは驚いた。
今となっては、90歳を過ぎても尚、現役で映画を撮り続けているクリント・イーストウッドがいますので、
あまり驚きはありませんが、当時は80歳過ぎても創作意欲旺盛だったディレクターはあまりいなかったですからねぇ。

映画の主人公となるのは、ニューヨークの会社でそれなりのポジションを獲得した兄アンディと、
性格は気弱で別れた妻から慰謝料を請求され、育ち盛りの溺愛する愛娘に金がかることに四苦八苦し、
実は隠れて兄アンディの妻ジーナと不倫関係にある弟ハンクの物語で、金銭問題と私生活で悩みを抱える兄弟が
まるで利害関係が一致したかのように、実行に移すことになった強盗事件に翻弄される姿を描いています。

ここまで徹底して気弱で、情けない姿をさらけ出すイーサン・ホークも珍しいですが、
この映画は冒頭からフィリップ・シーモア・ホフマンとマリサ・トメイの濡れ場で、いきなりブチかます。

おそらく、このシーンで日本劇場公開ではR−18のレイティング指定を受けましたが、
まぁ正直、そこまでではないかなと思いますが、確かに映画の内容としては大人向けって感じがしますね。

アンディは幼少期から自分だけ、どこか違う扱いを受けてきたという疎外感を持ち、
厳しく育ててきた父との隔絶された距離感を、大人になってからも埋められず、強い劣等感に悩み続けている。
ハンクはハンクで幼い頃からの性格を修正することができず、どこかその場しのぎなところを抜けられず、
まるで自滅していくかのような生活を送っていて、どこか他人からの共感を得にくいキャラクターだ。

まるで人間の業を描いたような小説のようで、アンディが持ちかけた強盗計画をキッカケに、
彼らの人生がまるで音を立てるように、歯車が狂ってドンドンと転落していく様子を描いています。

計画していた強盗とは、宝石店には危害が及ぶことはなかったはずで、
ハンクが押し入るときも「オモチャの銃でも持っていけばいいだろ」と言っていたくらいで、
しかも、宝石店には本来のシフトであれば、彼らの母親が勤務するはずがなかったのに、全てそうはならなかった。

人生とは皮肉なもので、これらがチョットしたこと歯車が狂ってしまうことで、
至る結果というのは、当初の計画通りではない、重大かつ深刻なものとなってしまい、彼らは追い込まれます。
そうなるとアンディの行動によく表れていますが、冷静な判断ができずに、もっと思い切った行動に出てしまうのです。

シドニー・ルメットがこの映画を通して描きたかったことって、
いろんなことがあるとは思うのですが、助けが必要な状況に限って、そう容易く助けがあるわけではない
という不条理さもあるのかなぁと思うのですが、何気に警察も無力であるかのようにアルバート・フィニー演じる
家族の父親が何度も警察にコンタクトをとるのに、警察は何も相手にしてくれない無力感も印象的だ。

アンディと彼の妻ジーナとの関係性にも見て分かる通り、彼らは現状をなんとかしたいと思って、
常にもがき苦しみながら、いろんなことをやっていました。冒頭の濡れ場にしても、それを象徴するかのようで
倦怠期を迎え、陰ではジーナは義弟ハンクと浮気している状況で、それでもなんとかやり直したいと思っていました。

しかし、アンディとジーナにはどうしても埋められない溝があって、それをどうしても埋められない。

アンディが背負い続けている幼少期から、両親からの愛に対する渇望は
他の人にはなかなか理解できないものだろう。それを象徴したのは、母親の葬儀が終わって、
一旦、アンディが仕事を片付けるために帰宅するとしたシーンで、父親との不和からくる感情を車の中で
一気に爆発させてしまうシーンだ。これを聞いたジーナも後から、「何がなんだか、よく分からないわ」と言い放ちます。

これは、とても現実に近い感覚というか、アンディが長く背負い続けた複雑な感情は
短時間で的確に他の人に言葉として表現して伝えられるほど、ライトなものではないだろうし、
定量的に表現できる類いのものでもないでしょう。でも、これこそが人間のダークサイドな部分の本質だと思う。

それくらい、長く抱えた苦悩の深さというのは、とてつもないものであり、
例えば本作であれば、父親が半ば自分本位なタイミングで、一方的に語ることで解決できるほど
簡単なものではなくって、精神的にも物理的にも失ってしまったものが、あまりに大き過ぎるということです。

ですから、この映画のクライマックスのあり方は賛否が分かれるとは思いますが、
アンディの罪はさすがにいい年こいた大人ですからアンディ自身の責任ではありますが、
家族として崩壊のシナリオを描いてしまったのは、父親にも責任の一端がないとは言い切れないということだと思う。

シドニー・ルメットは90年代以降はすっかり低迷してしまっていましたが、
本作のヘヴィさというのは、まるでガツン!とくるインパクトあるラーメンを食べたような感覚で、
遺作となってしまった最後の最後の作品で、こういう重たさを演出できたというのは、それはスゴいことだと思います。

不思議なことに、この映画ではアンディらに警察の手が忍び寄ることはない。
つまり、具体的に追われる緊張感というのは目に見える形では存在せず、基本的に彼らは自滅するのである。
チョットした綻びから彼らの計画は大きく狂ってしまい、自分で自分を追い詰め、精神的に破綻していきます。
こういった悪夢のような家族が崩壊する姿を描くことに、シドニー・ルメットは新たなテーマ意識を持っていたようです。

一見すると、冷静沈着に見えたアンディが急速に精神的な危うさを見せ始めていく。
元々、妻ジーナとの結婚生活は倦怠期を迎え破綻しかけていたし、自分も精神を落ち着けるためにと
合間を見つけてはドラッグを摂取する始末で、経済的な問題も抱えている。そこで父との確執と直面し、
まるで引き金が引かれたように、猛スピードで彼の人生は転落していきます。それも弟を巻き添えにして・・・。

弟のハンクから見れば、兄アンディはそれなりにリッチな生活を送っていて、羨望の眼差しで見ていたでしょう。
自分は慰謝料の支払いを滞納させ、更に愛娘から“たかられる”ように、次々と金がかかることを要求される。

そこにハンクはつけ込まれたわけですが、でも、ハンクが思っているほどアンディも順風満帆ではなかった。
強盗事件によって家族崩壊が目に見える形で起こるわけですが、アルバート・フィニー演じる一家の父親も
長男アンディとの不和な関係があるとは言え、一体どれだけツラいことをアンディに行ってきたのかは描かれない。

確かにアンディの言う通り、長年の軋轢があるのであれば、
突然の母親の死という場で、キツく接したことを詫びるというのは、自分本意でズルいタイミングかもしれない。
しかし、映画のクライマックスを除いて、この父親に常軌を逸した性格を垣間見ることは、僕はどこにも無かった。

昔気質かもしれないが常識人間なのかもしれない。
だからこそ、僕は父親がどんな想いで息子たちの怪しい行動を尾行したのか...と思うと、なんだかツラい。
真実に近づくにつれて、まるで自分の子育てが間違っていたのだということを、まざまざと見せつられたわけで。

この現実に直面する残酷さが、この映画の本質であると言っても過言ではないだろう。

しかし、個人的にはこれがシドニー・ルメットの遺作になったというのは少し残念だ。
それは訴求する力強さである。それがこの映画には決定的に足りない。随所であと一押し足りない感じだ。
老いても尚、創作意欲に溢れていた証明ではあるけど、彼の力量からするともっと上手く出来たであろう。

アルバート・フィニー演じる父親にしても、もっと突き抜けた個性があっても良かったと思う。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[R−18]

監督 シドニー・ルメット
製作 マイケル・セレンジー
   ブライアン・リンス
   ポール・パーマー
   ウィリアム・S・ギルモア
脚本 ケリー・マスターソン
撮影 ロン・フォーチュナト
編集 トム・スウォートウート
音楽 カーター・バーウェル
出演 フィリップ・シーモア・ホフマン
   イーサン・ホーク
   マリサ・トメイ
   アルバート・フィニー
   マイケル・シャノン
   ブライアン・F・オバーン
   ローズマリー・ハリス
   エイミー・ライアン
   サラ・リヴィングストン
   アレクサ・パラディノ

2007年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演女優賞(エイミー・ライアン) 受賞
2007年度ワシントンDC映画批評家協会賞助演女優賞(エイミー・ライアン) 受賞
2007年度アイオワ映画批評家協会賞主演男優賞(フィリップ・シーモア・ホフマン) 受賞