ビフォア・サンセット(2004年アメリカ)
Before Sunset
95年に製作され人気作となった『恋人までの距離 <ディスタンス>』の続編。
前作の撮影で仲良くなった監督のリチャード・リンクレーターと、主演のイーサン・ホークとジュリー・デルピーが
ずっと続編を製作したいと話し合っていたらしく、前作から9年経って、ようやっと続編が実現しました。
前作が根強い人気を誇る、半ば神格化された作品だったので、かなり難しい企画だったと思うのですが、
本作はそんなファンの難しい期待に見事に応える出来となっていて、僕も思わず嬉しくなっちゃう作品でした。
今度は中年期を迎えつつあるところまで年齢を重ねた男女の大人の会話劇である。
9年前にウィーンを旅行で訪れ、お互いに忘れられない一夜を過ごした若い男女が
再会を約束しつつ、再会を果たせずに9年が経ち、男は作家としてデビューし、女性は変わらずパリで暮らしている。
そんな中で本のPRでパリの本屋を訪れたところ、その告知を見たヒロインがわざわざ会いに来るところから始まります。
今度は飛行機までの時間、2人はパリのセーヌ河の川下りに興じ、ノートルダム寺院など観光しながら、
お互いの9年間をトレースしつつも、現在の悩みを吐露し合うまでを、他愛のない会話劇で構成していきます。
確かに脚本ありきな企画ではありますが、これは映画らしさを追求した作品であり、実に叙情性溢れる作品だと思う。
ウィーンでの再会の約束をしつつも、お互いにその約束を果たせなかったことへの悔いがある。
まずはその“答え合わせ”を行うことになるのですが、ジェシーからすれば、少々気恥ずかしいホロ苦い思い出である。
このときのイーサン・ホークがとても上手くって、答えづらい心境もよく分かる。年を重ねると、尚更のことですよ。
話しを進めていくと明らかになるのですが、ジェシーはニューヨークに暮らし、妻子がいる。
表向きは幸せな家庭を築いているものの、どこか彼にとって思い描いた生活というわけではなく、
ヒロインのセリーヌへの想いを断ち切れない部分がある。だからこそ、セリーヌの顔を見たら無性に話したくなるのだ。
セリーヌはセリーヌで、現状の生活に不安や不満があって、ジェシーの話しを聞いて嫉妬してしまう自分に苛立つ。
情熱的な部分を持つ性格のセリーヌからすると、ありたい自分とのギャップを受け入れることに悩んでいるようだ。
映画の時間軸が同時進行で進められるため、上映時間の80分と同じ時間の間に起こる出来事と解釈できる。
そういう意味では、撮影し易かったのではないかと思えるのですが、実際に2週間で撮影してしまったそうだ。
その分だけ、本作には余韻が無いと言ってもいいくらい、実にアッサリとフェードアウトしていく。
ただ、この映画、これくらいがとても良かったと思いますね。セリーヌが「(飛行機に)乗り遅れるわよ」と言っても、
ジェシーは「分かってるよ」と余裕の表情で、セリーヌのアパートでくつろいでいる。もう、間に合わす気もないのだ。
若い男女とは言えない年齢になったジェシーとセリーヌにとっては、いろいろとお互いの感情をぶつけ合い、
少し感情を落ち着ければ、達観したところが出てくるのだろう。彼らには、実にゆったりとした時間が流れるわけです。
どこか鬱憤が溜まっていたセリーヌにとっては、結果的にジェシーの姿を見て嫉妬心を燃やすことにはなるが、
それでも彼女の積もり積もったフラストレーションを受け止め、適切に処理してくれるのはジェシーしかいないのだろう。
そうなだけに彼女も自宅に送られる車の中で、つい感情的になってしまい、ジェシーとの関係も壊れそうになるが、
しかし、ジェシーの懐の深さを感じさせる受け答えに、彼女も冷静になるのが早く、彼女の心も救われるわけです。
監督のリチャード・リンクレーターはそんな自然体な彼らの会話をドキュメントし続けるわけですが、
前作の良かった部分を失うことなく、それでも30代を迎えた彼らの剥き出しの感情も描き、新たな風も吹き込んでいる。
決してアイデアやシナリオが良かったというだけではなく、文字通りジェシーとセリーヌの9年後をありのまま描き出す。
僕にとっては、前作よりもシンプルに映画を構成し、リアルタイムに見せるという手法が実に機能的で、
これは傑作と言ってもいい出来映えだと思います。これこそ、大人のプラトニックな関係を描いた素敵な作品と言える。
このような関係性を不倫と表現するかどうかは微妙なのですが、ジェシーとセリーヌは切っても切れない関係。
だからこそ、運命は彼らを定期的に引き寄せるわけで、このシリーズは老年期の彼らを描くところまで、続けられそう。
正直言って、イーサン・ホークもジュリー・デルピーも相応に年齢を重ねていることは否定できない。でも、それが良い。
彼らがそうして自然体に30代の男女を体現できたからこそ、本作のムードはより高揚したし、秀逸な仕上がりになった。
一部では、当時、ハリウッドを代表する夫婦関係にあったイーサン・ホークとユマ・サーマンの離婚原因が
本作にあったのではないかとゴシップのネタにもされていましたけど、それくらい彼らは噛み合ったのでしょうね。
(後に報道されていましたが、実際はイーサン・ホークがベビーシッターと浮気したからだそうで・・・)
このジェシーとセリーヌの関係は微妙なものですが、ジェシーからすれば妻にはナイショの再会でしょう。
別に約束していたものではないし、素っ気ない態度をとるのもナンなので、懐かしんで話すのは良いにしろ、
セリーヌのアパートまで付いて行っちゃうわけですから、ジェシーに未練がありまくりなのは明らかなんですよね。
一方のセリーヌはセリーヌでジェシーの今を知って、ある種の嫉妬心を燃やしてしまうわけですから彼女にしても、
やっぱり心のどこかでジェシーを求めているところがあって、それでも素直に表現することが難しいもどかしさがある。
そういう意味では、もう恋愛関係には戻れない、「友達以上、恋人未満」という関係ということなのかもしれません。
しかし、冷静に考えると...一度、肉体関係もあったとは言え、9年経って未だに強い絆で結ばれた、
男女の友情というのは驚かされます。9年ぶりに会って、センシティヴな内容も哲学的に話せるってスゴいこと。
こういう関係って素敵だなぁ、って素直に思いますよ。普通は、なかなかこんな風に再会できないものですよ。
どこか気まずいというか、雰囲気も悪くなってしまいがちです。なにせ、ホントはすぐに再会するはずだったのですから。
但し、前作のような明確に恋愛感情を表に出すという内容ではなく、
前半からお互いに腹のさぐり合いをするかのようなやり取りが続いて、ゆったりとした時間を過ごすという主旨なので、
どこか煮え切らない中年期を迎えつつある男女のトークみたいな趣向なので、好きになれない人も多くいるでしょう。
個人的に本作は実に優れた作品で、ある種のドキュメンタリーのような感覚で観れましたけど、
特に表立った結論もなく、お互いに踏み込めないにも関わらず、現在進行形のような一見すると中途半端な形で
映画がフェードアウトするように終わってしまうことに、どうしても消化不良のような感覚に陥る人もいるでしょう。
でも、僕にはそこが逆に新鮮に映ったというか、ズルズル・ダラダラと続いてきた男女のトークを
一旦キリの良いところで終わらせた、というような9年ぶりの再会を切り取った感覚なのが、僕には新しく感じられた。
ジェシーはジェシーでセリーヌとの、忘れられない出会いから始まった恋愛を小説に書いてしまう男だ。
アメリカで家庭を築き、幸せを掴みながらもどこかでセリーヌとのことを想い、それを隠し切れずに本にしちゃう(笑)。
やっぱり男は未練がましいところがあるわけで。未練ありまくりとは言え、性格的にサバサバしたところもある、
セリーヌとは大違いで、自分の立場をわきまえずにセリーヌのアパートへ言ってしまうジェシーもスゴい大胆だ。
しかし、それでもこの2人からは“それ以上”の関係になろうとする衝動性は感じない。
これが前作の年代のジェシーとセリーヌであれば、また変わった描き方だっただろう。それだけ大人になったということ。
結局、“それ以上”踏み込めば、それぞれの生活を壊し、更にジェシーとセリーヌの関係も壊れることを知っているから。
ある意味で、リチャード・リンクレーターは元恋人とも言える男女だからこそ、
成立し得る大人の男女の友情を表現したかったのかもしれない。いや、正確には「友達以上、恋人未満」なんだけど。
映画としては傑作と言っていいと思います。得てしてシリーズものは難しいですが、
本作の場合は前作の良さ、そして空気感をよく反芻し直して、9年後のカップルを実に上手く表現していると思います。
また、上映時間の進行とほぼシンクロするように2人の散歩が進んでいくのも面白く、長いカットのシーンでも
長台詞をよくまぁ・・・ここまで自然体に表現できるなぁと感心させられる。これは彼らにしか表現できない境地でしょう。
少なくとも「作らなくて良かった続編」という類いの映画にはなっていないと思います。
リチャード・リンクレーター、イーサン・ホーク、ジュリー・デルピーの友情は固く、2013年に第3作も製作しました。
こういう続き方をする映画って、唯一無二の存在でしょう。この第2作は傑作として、もっと評価されても良かったと思う。
(上映時間80分)
私の採点★★★★★★★★★★〜10点
監督 リチャード・リンクレーター
製作 リチャード・リンクレーター
アン・ウォーカー=マクベイ
原案 リチャード・リンクレーター
キム・クリザン
脚本 リチャード・リンクレーター
キム・クリザン
ジュリー・デルピー
イーサン・ホーク
撮影 リー・ダニエル
出演 イーサン・ホーク
ジュリー・デルピー
ヴァーノン・ドブチェフ
ルイーズ・レモワン・トレス
ロドルフ・ポリー
2004年度アカデミー脚色賞(リチャード・リンクレーター、キム・クリザン、ジュリー・デルピー、イーサン・ホーク) ノミネート
2004年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演女優賞(ジュリー・デルピー) 受賞