恋人までの距離<ディスタンス>(1995年アメリカ)
Before Sunrise
この映画は自分の中ではピタッ!とハマったなぁ〜。
正直、「どフランス映画」という感じで気取った、知的な会話劇みたいなのを延々とやっている映画は
“入りにくい”という印象が強いのですが、僕は当初、本作を観た時、実は似たような雰囲気を感じていました。
まぁ、ジュリー・デルピーがヒロインというのもあったとは思うのですが、作り手の姿勢もそんな感じかと思ってました。
しかし、映画を観ていくと、実はそんな感じでもなく、特に深い意味の無い会話を初めて会った男女が、
お互いに初めて訪れたブタペストを一晩中“街ブラ散歩”しながら、ダラダラと会話しているのを撮っているだけ。
そこに強い社会性やメッセージがあるわけでもなく、それでいて男女の駆け引きという感じも弱い。
強いて言うなら、お互いに知り合いたくて時間を共にしているのだけど、どこか近づき過ぎることができずに
それでも離れたくはないから、お互いに腹の内を明かさない程度に時間稼ぎをしているの映画という印象を受けた。
実は深遠なるテーマがあって、僕の見方が浅いだけなのかもしれませんが(笑)、
僕のこの映画に対する印象は、決してネガティヴなものではなくって、これはこれで自分のフィーリングに合う
一つの理想的な恋愛の在り方であって、この一晩限りという時間的制約の中でニュートラルな男女の関係が
展開していく様子をドキュメントしているのが実に見事で、「オシャレ」などという安っぽい言葉で形容したくない濃密さだ。
監督のリチャード・リンクレーターは本作で一気に注目のディレクターとなりましたが、
これはこれでスゴく難しい企画だったと思うし、どのように映像化するのか未知数だった部分も多かったと察しますが、
実に見事に自ら書いたシナリオを具現化させており、僕は本作で表現されたことこそ、映画の醍醐味であると思う。
くっついたり離れたり、燃えそうなところで小康状態になったりと、お互いの感情の揺れ動きを表現しつつ、
昼から夕方、そして夜中から朝へと展開していくブタペストの市街地の表情豊かな街並みも、巧みに活写されている。
若々しいカップルで時に情熱的なアプローチを仕掛けますが、それでもどこかお互いに“予防線”を張っている。
それは旅の途中での淡い恋、という位置づけでキレイな思い出として終わった方が、自分が傷つかないから、
という本音もあるのかもしれないが、それでもお互いに一目惚れしたかのように突き進まずにはいられない姿が眩しい。
この2人の会話劇を映しただけに作品であり、イーサン・ホークもジュリー・デルピーも長回しがあって、
長い台詞にあったりして撮影は大変だったでしょうが、そんな2人の頑張りもあって、楽しそうに2人が会話して、
ダラダラと無目的にブタペストを観光する様子が、とても自然体で素晴らしく映える。これは奇跡的ですらあると思う。
映画の序盤でブタペストの駅で降り立った2人は、トロリーバスに乗って後部座席に陣取って、お互いを“探り合う”。
この会話は結構、強烈な長回しで延々と2人が喋りまくるのですが、シーンがなかなか切れない。
その証拠に2人が乗車するトロリーバスの後方に、続行するバスが近づいたり離れたりするショットが
ずっとカメラに映されていて、ブタペストの観光都市としての表情を感じると共に、その大胆な撮影に驚かされる。
要するに、これはミステイクになってしまったら・・・という緊張感がスタッフやキャストに、ずっとあったはずです。
ある程度はロケハンして、どの風景をバックに2人を撮りたいとする、ディレクターの意向はあったのでしょうから。
僕も、ある種のメンタルヘルスというか、休みの日に無目的に“街ブラ散歩”をすることが
自分の中でのリフレッシュになるので、こういう徘徊ともとれる散歩は大好きなのですが、このカップルはあくまで
ブタペストの街を歩くのはお互いの距離を近づけるための時間稼ぎであり、言わば観光は口実でもあったかもしれない。
しかし、どこに向かっているのか、何が目的なのかサッパリよく分からない、この無計画な観光、僕は大好きです。
嫌な人は嫌なのだろうけど、実は僕はプライベートの観光旅行でも、キチキチと時間でスケジュール管理されて、
流れ作業のようにこなしていく観光は、ちっとも楽しいとは思えない。その場で行き先を決めちゃうくらいが、実は好き。
(勿論、飛行機・鉄道・バスなどの移動手段の時間が決まっているというのは、さすがに意識するけど・・・)
そういう意味でこの映画で、イーサン・ホークとジュリー・デルピーがやったことは、
妙に自分のフィーリングと合うデートだったこともあって、初めて本作を観たときからビビッ!ときた作品でしたね(笑)。
その証左とも言えるのは、映画の序盤にブタペストで何か観光する名所がないかと探り、
カップルが最初に出会ったのが、ドナウ川と思われる橋の上にいた現地人男性2人に質問するシーンで
この2人から自分たちが所属する劇団の劇に招待されて、「(時間があれば)行くよ」と言って一旦別れますが、
映画の終盤で2人はすっかりこの約束を忘れてデートに没頭していたことを思い出して、笑い合うのです。
冷静に思うと、チョット酷いかも・・・と思えるくらいのエピソードでもありますけど、
如何に2人が無目的に彷徨っていたことを証明するものでもあり、この呆気らかんとした部分に思わず笑ってしまった。
通常なら、「この現地人との約束を果たすことをしなかったのは勿体ない!」と思っちゃいそうだけど、さすがにここまで
呆気らかんと「ハハハ、忘れてたわ」と言い放っちゃうのは、いろんなものを突き抜けていたと言ってもいいくらいだ。
この辺に当時のリチャード・リンクレーターのディレクターとしての才覚を感じずにはいられません。
実際、本作の撮影はイーサン・ホークとジュリー・デルピーにとって強い思い入れがあるのか、
本作の続編として、2004年に『ビフォア・サンライズ』、2013年に『ビフォア・ミッドナイト』と約10年おきに
2本の続編が製作されるという、素敵なシリーズとなりました。年齢や立場を変えながら、男女の長きにわたる
恋の駆け引きを描いたシリーズというのも、発想としては面白く、なかなか無いタイプの映画となりましたね。
また、一夜の出来事として描くがゆえに、徐々に日が陰っていき気付けば夜になる、
バックの景色の変容が見事に映画にマッチしている。この辺も映画を彩る要素であって、会話が素敵なだけではない。
無理に結論を出そうとせずに、再会を約束し合うラストも自然体な感じで実に素晴らしい。
劇的な展開があるわけでも、今風に言うと、やたらとキュンキュンさせられるような恋愛映画ではないのですが、
それでも若い旅行途中の男女がたまたま出会って、お互いに恋心を抱いて距離を近づけていく過程を平凡に描く。
そう、この平凡さ加減がとっても良くって、飾らない男女の自然体な姿がなんとも新鮮に映るという珍しい作品と思う。
時間制限がある中でお互いの心の内を明かしていくというテーマもユニークな面があって面白く、
この前提条件を作り上げたリチャード・リンクレーターの専売特許ではあるのですが、アイデアの勝利でもありますがね。
現代ならスマホで色々と検索してブタペストの街を観光するのだろうし、そもそもコミュニケーションツールとして
ラストにお互いの連絡先を交換して、彼らの未来も変わっていたのかもしれない。でも、そういったものが無い時代で、
お互いに「ここで別れたら、もうこれっきりかも」という焦燥感に近い気持ちが、次第に高まっていくのがよく分かる。
本来であれば、名残惜しいラストなはずですが、実にアッサリと映画を終わらせるあたりもセンスが良い。
普通の映画だったら、少なくとも車窓からお別れするショットを映したり、ホームから発車する列車を映して
お互いに手を振り合う姿を映してしまいそうになるものですが、本作はそんな名残惜しさを演出しようとはしません。
でも、結果としてこれは正解でしたね。明らかに他の恋愛映画と差別化できたと思うし、しっかりと線引きできたと思う。
ヒロインのセリーヌを演じたジュリー・デルピーは、やっぱりハリウッド女優には無い雰囲気があって良いですね。
彼女はレオス・カラックスとの仕事に嫌気が差して、故国フランスでの女優活動から転換してアメリカへ移住し、
ニューヨーク大学で映画製作を学んだそうで、英語もペラペラだったわけですから、本作でも起用し易かったのでしょう。
丁度、本作の前に『トリコロール』三部作のうち、“白”と“青”に出演していて話題となっていましたし、
90年代半ばは彼女が最も“旬”な時期だったかもしれませんね。イーサン・ホークとも息がピッタリ合っていて、
続編ではリチャード・リンクレーターとイーサン・ホークと彼女の3人で脚本を書いてますからね。なかなか無い話しです。
普通だったらこういう風に撮るだろう、普通だったらこういう展開になるだろう、
普通だったらこれを伏線にして“回収”するだろう、と先読みしたくなることで、あまりに外し過ぎると
時にして映画が崩れてしまうこともあるのですが、本作はそれらがことごとく良い方向に機能した稀な成功作だと思う。
少々持ち上げ過ぎなのかもしれませんが、90年代の恋愛映画の中でも有数の傑作と言っても過言ではないです。
是非とも後年に製作された続編も合わせて、ゆったりとした気分で味わいたい素敵な一作だ。
(上映時間102分)
私の採点★★★★★★★★★★〜10点
監督 リチャード・リンクレーター
製作 アニー・ウォーカー=マクベイ
脚本 リチャード・リンクレーター
キム・クリザン
撮影 リー・ダニエル
出演 イーサン・ホーク
ジュリー・デルピー
アーニ・マンゴールド
ドミニク・キャステル
ハイモン・マリア・バッテンガー
1995年度ベルリン国際映画祭監督賞(リチャード・リンクレーター) 受賞