恋人までの距離<ディスタンス>(1995年アメリカ)

Before Sunrise

ブタペストからパリへ向かう長距離列車の中で偶然、出会ったジェシーとセリーヌ。

ジェシーはマドリードに行った恋人と会うため、マドリードまで行ったものの別れの空気を察知し、
計画を延長してヨーロッパを列車旅行していた作家志望のアメリカ人大学生。

セリーヌはブタペストにいる祖母を訪ね、
ソルボンヌ大学の長期休暇が終わるため、パリへ帰る途中。

ジェシーが乗り継ぐ飛行機が飛び立つウィーンが近づいた頃、
ひょんなことから出会った2人はウィーンの街を2人っきりで一夜限りの散策をする約束をする。
すぐに仲良くなり、お互いを意識し、恋に落ちた頃には既に別れの時間が近づいていた・・・。

当時、若手映画監督としてハリウッドの“期待の星”であったリチャード・リンクレーターが
長期ヨーロッパ・ロケを敢行して主演2人の2人芝居だけで綴った珠玉のラブロマンスです。
最初にこの映画を観たときは、ホントに驚きで、洗練された素敵な映画だなぁと憧れ、
いつかはこんな素敵な映画を撮ってみたいと思っていました。それぐらい気に入った作品ですね。

映画の出来としても素晴らしく、おそらくスタッフやキャストにとっても忘れられない作品だろう。

まぁいつ観ても旅する映画ってのは良いもんですね。
主演2人がずっとウィーンの街を散策するのですが、カメラにも移動感があって良いですね。
それだけでなく、映画の序盤にある車窓からの流れる映像も映画を見事に彩っていますね。

この映画で注目したいのはセリーヌを演じたジュリー・デルピーだろう。
長身で透明感のある女優さんですが、彼女をキャスティングできたのは大きいと思いますね。
ハッキリ言って、幾多の候補はいたと思うのですが、ハリウッド女優さんにはない雰囲気が感じられる。
それだけでなく、彼女の役割として映画の異国情緒を出すことに貢献しなきゃいけないんですよね。
いつもと勝手が違うからこそ、ジェシーはセリーヌへのアプローチに困るわけで、
セリーヌの価値観がアメリカ人のそれと若干の異なりがあることを、映画の中で示さなければなりません。

更に加味すれば、ウィーンの街ではジェシーは当然、外国人にあたりますが、
セリーヌも同時に外国人。お互いに勝手の分からない街なんですよね。
言葉や文化も分からなければ、地理も分かりません。
だから難しいのですが、セリーヌという存在に異国情緒を感じさせなければならないのと同時に、
セリーヌ自身がウィーンの街並みに異国情緒を感じなければならないわけですね。

ジェシーとセリーヌの会話が自然体に綴られると同時に、
この映画は二重構造となった異国情緒を上手く利用できたと思いますね。
そこに本作が他作品との差別化を図れた要因があると思います。

リチャード・リンクレーターは90年代前半からインディーズ系の作品で評価され、
若者たちの一日をテーマに創作活動を続けてきましたが、本作では視点が変わりましたね。

僕は彼らが本作を手がけるにあたって、ロマンチックな映画を撮ろうとか、
最高の観光映画を撮ろうとか、そういったコンセプトを掲げていたようには思えない。
あくまでリチャード・リンクレーターが描き続けてきた、若者たちの一日というテーマは変わらないのだ。
しかし、本作で変わった視点とは、主人公たちの描き方に客観性を持たせた点である。

決して、この映画はジェシーとセリーヌの恋愛を主観的、或いはどちらか一方に肩入れして描かない。
敢えて言うと、タイトルにある“太陽が昇る前”の時間が終わり、朝を迎えてしまうと、
急激に感情に訴えるようになりますが、それまでは実に客観的に2人の会話を綴れていると思う。

言葉を変えればドキュメンタリズムにも通じるところがあるけど、
この客観性が活きたからこそ、映画の終盤の2人が別れを惜しむ感情の高ぶりが適度に表現できましたね。

特に映画のクライマックスでパリへ向かう列車に乗り込むセリーヌを見送るシーンでは、
わずか1晩という24時間にも満たない時間であったにも関わらず、2人が共に過ごした時間が
とてつもなく濃密なひと時であったことを観客に実感させられるだけの力がある。

そういった力があるからこそ、エンド・クレジットまでの余韻を楽しませる余裕が、
この映画に付加価値を付けさせることができたり、通常の恋愛映画とは明らかに一線を画す、
料理で言う隠し味のようなスパイス、或いはエッセンスというものを映画の中に忍ばせることに成功している。

個人的にリチャード・リンクレーターという映像作家に強い思い入れはないけど、
僕はこの映画はひじょうに頭のいい映画だと思う。それだけは強調しておきたい。

それから基本的なスタンスとして、2人の会話を丁寧に描くというベースが感じられるだけに、
映画が繊細になり、決して雑な内容に終始していない。この点も支持したくなる理由ですね。

04年に本作の続編である『ビフォア・サンセット』が製作されて話題となりましたが、
『ビフォア・サンセット』も高い評価を得ることとなりました。いつまでも尽きることのない設定なだけに、
半ば同窓会的なムードで、また10年後に第3作が製作されるのでしょうか?

(上映時間102分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 リチャード・リンクレーター
製作 アニー・ウォーカー=マクベイ
脚本 リチャード・リンクレーター
    キム・クリザン
撮影 リー・ダニエル
出演 イーサン・ホーク
    ジュリー・デルピー
    アーニ・マンゴールド
    ドミニク・キャステル
    ハイモン・マリア・バッテンガー

1995年度ベルリン国際映画祭監督賞(リチャード・リンクレーター) 受賞