バリー・リンドン(1975年アメリカ)

Barry Lyndon

鬼才スタンリー・キューブリックが問題作『時計じかけのオレンジ』に続いて手掛けた、
18世紀ヨーロッパに生きる、アイルランドの田舎の農家の息子が、戦争を潜り抜けた結果、
いつの日か上流階級の暮らしを得て、天と地を経験するレドモンド・バリーの姿を描いた伝記ドラマ。

後にも先にも、キューブリックがこのような伝記映画を手掛けたのは本作だけで、
今でも異色な監督作品として知られていますが、劇場公開当時、評論家筋にも高く評価されたことが
その裏付けになっていますが、僕もこの映画はキューブリックにしか到達しえない高みにあると思う。

映画は3時間を超える超大作で、途中の休憩を挟んでの2部構成。

第1部:レドモンド・バリーが如何様にしてバリー・リンドンの暮しと称号をわがものとするに至ったか
第2部:バリー・リンドンの身にふりかかりし不幸と災難の数々

というそれぞれにタイトルがつけられていて、
第1部がタイトル通り、アイルランドの農家を追い出されて、ヤケになってダブリンへ行く途中に
有り金を奪われ、仕方なく戦争に参加しようと行き着いた結果が、同盟国プロイセン。
そこで何故か英雄的活躍を認められ、プロイセン警察で働き始めるも、何故だか賭博師として名を馳せ、
上流階級の人々との接点が増え、いつの間にか大富豪リンドン家と接近していく、というストーリー展開。

第2部は、いざ大富豪の座に就いたバリーが家族の中でどう立ち振る舞い、
連れ子への差別的待遇、そして巨額の富を浪費し、家庭崩壊へ向かっていく様子を描いています。

とは言え、いずれも単純な映画とは言い難い。
やはりキューブリックの監督作品という先入観もあるせいか、貧困から抜け出したい気持ち全開の家族に囲まれ、
“匂わせ”従姉に一途に想いを寄せてしまうという、複雑な思春期を通り過ぎたために、どこか屈折した感情を持ち、
成り上がりたいとする本能は強く、実際に金を集める能力は高かったということで、裕福な地位を確立します。

しかし、映画のナレーションで語られる通り、バリーは富を持続させながらも、
富豪らしき栄華を極めながら金を使うという才覚は無かった。ただただ浪費するだけで、
彼自身が富を築き上げる能力は無く、富を補うことができずにリンドン家は徐々に破産へ向かっていきます。

そんなバリーが第1部で、大富豪リンドン家と引き合うキッカケとなったのは、
プロイセン警察のスパイとして働く中で、スパイ容疑で捜査対象になっていた賭博師シュバリエ・ド・バリバリでした。

シュバリエ・ド・バリバリを演じたのはパトリック・マギーで、
コスチューム・デザインやメイクの上手さもあってか、どこか怪しさ満点の素晴らしい存在感。
そしてプロイセン警察からスパイになるように命じられていて、それなりの忠誠心はあったバリーですが、
シュバリエを最初に見た瞬間に何故だか、「この人には勝てないなぁ」と本能的に思ったので、
アッサリとプロイセン警察を裏切り、シュバリエと組んでバリー自身も賭博師として活動するという展開が面白い。

ある意味で、これがバリーの才覚の一つと言えることで、
常にバリーはお金の匂いがするところへ寄っていく、それを嗅ぎ分けることができるのです。
それは結果が裏付けていて、バリーはリンドン家に近づくキッカケとして、大富豪へと成り上がります。

それでいて、バリーはガツガツ金欲丸出しではない。
これがガツガツ上昇志向丸出しで生きていたら、バリーの運命はこうではなかっただろう。
しかし、運命という意味では、バリーの運命はもっと皮肉なものでした。

第1部で描かれたように、従姉を奪われることへの嫉妬から、イギリス軍のクイン大尉に
1対1の決闘を申し込むことになるのですが、第2部では逆に決闘を申し込まれてしまいます。
それはリンドン家を乗っ取る形で傍若無人に振る舞ってきたバリーゆえ、必然的な運命かもしれませんが、
3時間を超える超大作の割りには、主人公バリーの末路があまりに呆気なくて、ビックリしてしまう。

この辺の映画全体を通して、観客をどこかはぐらかすように描くのは、
既に唯一無二の存在として知られていたキューブリックだからできた芸当でしょう。

しかし、本作は結果的にはそこまで高い評価を得たとまでは言えないかもしれません。
アカデミー賞でも作品賞はじめとする、7部門にノミネートされて4部門で受賞したとは言え、
主要部門では大量受賞とは言えず、美術関係での受賞が中心で終わってしまいました。

それは、『2001年宇宙の旅』、『時計じかけのオレンジ』と高く評価された問題作が続いたせいか、
本作が思いのほか静かな伝記映画で、当時のキューブリックのファンはじめ評論家筋も驚いたのかもしれません。
しかも3時間を超える長編ともなれば、劇場公開前の期待はそうとうに高かったはずなので、
この映画賞レースでの結果は、当時の本作に対する感想を正直に反映したところはあるのかもしれませんね。

オマケにサッカレーの長編小説の映画化で、
キューブリックはこれでも映画化にあたっての脚本を執筆するに、かなり割愛し凝縮して書いたようだ。
この辺はサッカレーの原作のファンには賛否両論だったようで、評価を落としたところはあったかもしれません。

確かに合戦のシーンなんかはキューブリックがどう描いたのか、
興味はあったのですが、どこか激しい合戦のシーンを描くことは避けたような印象がありますね。

アイルランドの生家で家族と生活を共にしていた時期は金よりも従姉のことが気になり、
結果的に金を欲しがる兄弟にハメられ家を追われ、戦争を潜り抜けながら、従軍することに嫌気がさし、
逃げた先では何故か英雄視されプロイセン警察に雇われ、同郷の賭博師に気に入られようと頑張り、
いつの間にか賭博で大儲けし、大富豪リンドン家に近づくことに成功し、リンドン氏の妻に恋心を抱き、
彼の思惑通りに主(あるじ)が他界したら、未亡人と結婚し、巨額の富みを我が物にする。

しかし、皮肉なことに富みを得たら、何故かバリーの母親も合流して散財し、
未亡人の連れ子を虐待して恨まれ、やがては何もかも失ってしまうバリー。彼が意とした生き方ではないにしろ、
本能的な才覚で富みを得たにも関わらず、人物的な問題で“徳”を得ることはできませんでした。

キューブリックはそんなバリーの皮肉な運命を重厚に描いた力作と言えます。
この何とも言えない、虚無感はキューブリックにしか表現できなかったものに思えます。

(上映時間186分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 スタンリー・キューブリック
製作 スタンリー・キューブリック
原作 ウィリアム・メイクピース・サッカレー
脚本 スタンリー・キューブリック
撮影 ジョン・オルコット
美術 ロイ・ウォーカー
編集 トニー・ローソン
音楽 レナード・ローゼンマン
出演 ライアン・オニール
   マリサ・ベレンソン
   パトリック・マギー
   スティーブン・バーコフ
   ハーディ・クリューガー

1975年度アカデミー作品賞 ノミネート
1975年度アカデミー監督賞(スタンリー・キューブリック) ノミネート
1975年度アカデミー脚色賞(スタンリー・キューブリック) ノミネート
1975年度アカデミー撮影賞(ジョン・オルコット) 受賞
1975年度アカデミー音楽賞(レナード・ローゼンマン) 受賞
1975年度アカデミー美術監督・装置賞 受賞
1975年度アカデミー衣装デザイン賞 受賞
1975年度全米映画批評家協会賞撮影賞(ジョン・オルコット) 受賞
1975年度ロサンゼルス映画批評家協会賞撮影賞(ジョン・オルコット) 受賞
1975年度イギリス・アカデミー賞監督賞(スタンリー・キューブリック) 受賞
1975年度イギリス・アカデミー賞撮影賞(ジョン・オルコット) 受賞