ジェラシー(1979年イギリス)

Bad Timing

正直言って、内容的にはそんなに面白くない映画なのですが(笑)、
これはとっても刺激的で、心理的に追い詰められていく強迫観念のようなものを感じる斬新な映画だ。

監督は『アラビアのロレンス』の名カメラマン、ニコラス・ローグで相変わらず独特な映像表現だ。

見事なまでに倒錯した世界観漂う作品で、何とも言えないテイストがあるのですが、
計算され尽くしたのか、それとも直感的なのかすら、よく分からないギリギリのラインの危うさが奇跡的で、
“赤”のイメージに固執した視覚的一貫性、そして盛り上がるミステリーから結び付く、驚愕のラスト。

この映画の強みは、大きな動きがあるわけでも、ドンデン返しがあるわけでもないのですが、
正々堂々とミステリーを展開させ、主人公の常軌を逸した行動を実に克明に見せていることだ。

ハッキリ言って、映画の結末そのものは何一つ驚きのないラストです。
しかしながら、一つ一つ弁証しながら、刑事が推理を進め、徐々にフィードバックする手法は面白い。
また、同時に時間軸をズラしながら、推理を進めていくのは当時の映画界として斬新な手法だ。

もっと言えば、この映画が今、観ても新しく感じられるのは、
時間を断片にしてしまい、それらを故意的に間違ったシークエンスで編集している点だ。
これは並みのフラッシュ・バックというわけではなく、色々な錯覚を生むことを誘発しています。
おそらくこれ以上、やっていたら映画はメチャクチャになっていたと思うのですが、
それでも映画を破壊しなかったのは、フラッシュ・バックを刑事の推理と主人公の回想をシンクロさせた点だろう。

たぶんに“死”を連想させる“赤”のイメージを先行させる手法の中で、
まるでボーッとしている時の視線のように、何気なく救急車の赤いストライプをアップで捉えるシーンは印象的。
その他にも、ヒロインが自殺未遂を図って、医療行為を行なっている最中の描写にしても妙に生々しい。

しかし、この映画、他作品と違ってスパイスが利いているのは、
これらの徹底した“死”を連想させるシーンの全てが、ハッタリに使われていることだ。
これは別に、悪い意味で言っているのではなく、明らかに計算された一貫性なのです。
その他の部分は、偶発的に撮れたものもあるかもしれませんが、とにかく考えられた部分はある映画です。

このハッタリは映画のクライマックスで明らかになります。
このクライマックス、ドンドン、ドンドン、刑事の推理を進めることにより緊張感を高めていき、
ある意味で肩透かしな演出をすることによって、一気に“落とし”ます。この展開は凄く上手いですね。
前述したように、刑事の推理によって、主人公は勿論のこと、観客の心理状態をも追い込んでいく鋭さも良い。

それにしても、この内容はテレサ・ラッセルも当時、よく出演を決断したと思いますね。
かなり大胆な芝居を要求される内容であり、ましてや相手役はアート・ガーファンクルだ。
撮影当時、彼女は22歳という若さでしたが、本作での熱演が認められてハリウッドでも地位を高めます。

そんな彼女とは対照的に、音楽活動と並行して、
俳優としても名を上げようと目論んでいたサイモン&ガーファンクル≠フアート・ガーファンクルは、
本作での過激なベッドシーンの連続が評判悪かったのか(笑)、本作以降は俳優活動をセーブしましたね。
本作でも若干、妄信的とも言える強迫観念症みたいな状態になっていて、決してイージーな役柄ではない。
それを難なくこなしたにも関わらず、結局、どこからも賞賛されなかった彼は、チョット可哀想だと思う(苦笑)。

ニコラス・ローグって、カメラマンとしても素晴らしいんだけれども、
少なくとも彼が70年代に撮った『赤い影』、『地球に落ちてきた男』、本作と全て物議を醸した作品であり、
映画監督としての能力も、決して低くはないのではないかと思いますけどね。

この映画で描かれる一つのテーマとして、男女がそれぞれ恋愛に求めるものの差があります。
勿論、全ての場合に於いて適用されるなんてことは言いませんが、アート・ガーファンクル演じるアレックスは
セクシーで自由奔放なイレーナを欲望の対象として考え、彼女と結婚することを望みます。

一方でテレサ・ラッセル演じるイレーナは、まず、アレックスは誰かに愛されたいと願い、
アレックスとの刹那的な肉体関係だけでは、彼女の心は満たされることはありませんし、
結婚を願うアレックスには応えられない事情を抱え、何より束縛されることを嫌う女性でした。

そんな2人の違いの全てが、階段での唐突な性描写に表れていると思いましたね。

いや、それでもこの2人は何か一枚、歯車が変わるだけで、結ばれる可能性はあったのです。
しかし、お互いに調和し合えない時期で、2人の交際はトンデモない方向へと傾いてしまいます。
だからこそ、原題は“Bad Timing”(バッド・タイミング)なのではないかと思えてなりません。
そんな2人の危うい恋愛関係こそが、映画最大の武器であり、映画を支える原動力なのです。

別に本作は大きな出来事を描いているわけではありません。
むしろ、精神的に混乱していた女性が自殺未遂を図るまでの倒錯した世界を描いているにしかすぎません。
斬新なスタイルを採用した映画とは言え、それでもこれだけ見せれるというのは立派だ。

惜しむらくは、80年代以降、ニコラス・ローグがパッとした映画を撮れなかったことかなぁ。
映画のトップシーンが80年代に入って変わってしまったということもあるだろうけれども、
それにしても本作のような鋭さが影を潜め、目立った創作活動が無くなったのは残念。
(85年の『マリリンとアインシュタイン』はそこそこ評価されたみたいですが・・・)

不条理サスペンスが好きな人には是非ともオススメしたい刺激的なフィルムです。

(上映時間117分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ニコラス・ローグ
製作 ジェレミー・トーマス
脚本 エール・ユドフ
撮影 トニー・リッチモンド
音楽 リチャード・ハートレイ
出演 アート・ガーファンクル
    テレサ・ラッセル
    ハーベイ・カイテル
    デンホルム・エリオット
    ダニエル・マッセイ