喝采の陰で(1982年アメリカ)

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当時、アル・パチーノはダスティン・ホフマンとよく比較されていて、
ダスティン・ホフマンは79年に『クレイマー、クレイマー』でアカデミー主演男優賞を獲得し、
名実共にハリウッドを代表する俳優の一人になっていましたが、一方のアル・パチーノは評価は高いものの、
どんなに奮闘してもオスカーを獲得できない不遇の役者扱いになっており、“見えない差”があったはずです。

別にアル・パチーノも映画賞を獲るために、役者業を続けていたわけではないでしょうが、
それでも彼らの功績を測るものとしては、オスカー像はやはり大きな存在であったはずで、
当時のアル・パチーノは周囲の役者仲間たちの動向には、敏感になっていたのではないかと思います。

そこで、それまではアウトローであったり、巨悪に挑戦する役柄を熱演するタイプであったので、
あまり軽い映画に出演するタイプではなかったのですが、突如として随分とトレンディーな映画に
出演することで、マイホーム・パパとしてのイメージも定着させようと、新たなチャレンジがあります。

しかしながら、結果的に本作も高い評価を得ることができず、
本作なんかは日本でも劇場公開が大きく遅れ、約4年が経過した86年に劇場公開になりました。

おそらく当時のアル・パチーノのファンにとっては、本作の劇場公開は待望だったのではないかと思われますが、
全くと言っていいほどヒットせず、やはりタイムリーに劇場公開されなかったこともマイナスに機能しましたね。
個人的にはもう少しディレクターにもやりようがあったと思うし、不遇の作品というイメージが拭えません。

いや、勘違いして欲しくはない。この映画、そんなに悪くないっすよ(笑)。

アーサー・ヒラーも敢えて、平坦な演出に終始したようなイメージがあって、
それまでマイホーム・パパのようなイメージは無かったアル・パチーノに、上手く違和感を感じさせないよう配慮し、
アル・パチーノ自身も持ち前の演技力が物言う感じで、最終的に出来上がった映画の出来もそこまで悪くはない。

でも、少しずつ、どこかピントがズレているのかな。。。
結局、これが本作に対する評価を落としてしまうことにつながっていて、もう少し上手くやりようがあった。

『クレイマー、クレイマー』ほど訴求する内容でもないので、もっと作り手は考えるべきでしたね。
映画の雰囲気作りとしては、一貫性があるし、しっかりとトレンディーな空気が画面に吹き込まれている。
生粋のニューヨーカーというイメージがある、アル・パチーノには思いのほか、適役だったのかもしれません。
でも、どこか少しずつ噛み合っていないのか、それぞれのシーンで最後の一手が少しずつ足りていない。

そのせいか、どこか表層的と言うか...映画が盛り上がり切る前に、終わってしまうイメージなんですね。

それを最も強く象徴するのが、映画のラストシーンでどうも今一つなんですよね。
この辺がアーサー・ヒラーの決定力の無さなのかな。どうにも、物足りないんですよね。
本作のラストなんかは、もっとキチッと描いて欲しいし、どうにも観客の心に響くほどのラストではない。

自らが脚本を書いた演劇が上映されて、
タイムズ誌の批評によって、ヒットか失敗かが決まるという初演日の夜に、
パーティーの居心地が悪いことを悟った主人公アイバンが、子供を連れてニューヨークの街へ走り出し、
いち早く屋台に配達されるタイムズ誌を探しに行くというラストなのですが、これが何故か尻切れトンボ(笑)。

アーサー・ヒラーの気持ちも分からなくはないけど、どうにも悪い意味で中途半端だと思う。
これで映画の印象を悪くしてしまっている気がして、凄く映画として大きく損をしていると思えるし、
おそらく色々な思いがあって本作への出演を決めたはずのアル・パチーノにしても、足を引っ張られた感がある。

もう一つ注文を付けるとするなら、アイバンと彼の妻の関係、
そしてアイバンの妻グローリアの描き方にも賛同できないし、彼女のキャラクター自体が共感を得難い。

次から次へと男性と関係を持っては、子供を増やして結婚を繰り返すも、
やはり次から次へと離婚してしまうものだから、子供を持つ母としては悲劇を繰り返す。
こういうのって、やはり子供がいつも可哀想なわけで、あまりの自分勝手さに共感を得難いのが難点ですね。
アイバンは子煩悩で、夫婦の構図があまりに一方的に見えてしまうことは、映画にとってマイナスですね。

できることであれば、グローリアの行動には共感できなくとも、
夫婦の子育てに対する姿勢については、あまり大きな差をつけて描くことは賢明とは言えませんね。
どうしても多くの観客が、アイバンとグローリアで偏った見方をしてしまいますからねぇ・・・。

日本では田村 正和がやりそうなテレビドラマと同じノリって感じですが、
アル・パチーノのファンにとっては、こんなに家庭的な役柄を演じること自体、珍しいのですから、
とっても貴重な映画と言っていいと思いますね。結局、そのトライは成功しませんでしたが(苦笑)。

どうやらアル・パチーノは79年の『ジャスティス』でオスカーを獲れなかったことが大きな痛手で、
本作以降、80年代半ばは完全なスランプ状態で、89年の『シー・オブ・ラブ』までほぼ休業状態でした。

実はアル・パチーノは『クレイマー、クレイマー』のオファーを断っており、
『クレイマー、クレイマー』に出演したダスティン・ホフマンがオスカーを獲得し、映画もヒットしたことで、
精神的にも追い討ちをかけられたに等しく、半ば慌てて本作に出演したのではないかと思うのですが、
本作がほとんど評価されずに劇場公開が終わってしまったことが、更に彼を落ち込ませたのでしょうね。

この映画の大きな難点は、アイバンの子供たちに対する愛情が強く描かれていないところ。
勿論、映画の中身を観れば、アイバンが子煩悩で子供たちを愛していることぐらい想像はつくのですが、
映画を観ていて凄く気になったのは、子供たちを止むに止まれず引き取っただけのように観えるところ。

こうなってしまうと、本作のような映画はとっても苦しい。
おそらく、このあり方には賛否両論だろうし、ここが『クレイマー、クレイマー』と大きく違うところだろう。

個人的には愛すべき映画だと思うし、アル・パチーノも一生懸命頑張っているし、
映画の出来自体もそこまで悪いとは思わないけれども、家族のあり方については賛否が分かれるところだろう。

そういう意味で、やっぱりアーサー・ヒラーがもっと上手く描けて、
キチッとした一貫性を持てていれば、映画の評価は大きく変わっていたでしょうね。
特に80年代は、こういう家族について問うドラマが評価され易い時代だっただけに、とても勿体ない。

(上映時間107分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 アーサー・ヒラー
製作 アーウィン・ウィンクラー
脚本 イスラエル・ホロビッツ
撮影 ビクター・J・ケンパー
音楽 デイブ・グルーシン
出演 アル・パチーノ
   ダイアン・キャノン
   チューズデー・ウェルド
   アラン・キング
   ボブ・ディッシー
   ボブ・エリオット