恋愛小説家(1997年アメリカ)

As Good As It Gets

これはジャック・ニコルソンの名演技ぶりに支えられた作品ではありますが、傑作と言っていいですね。

ジャック・ニコルソンとは83年の『愛と追憶の日々』で組んだ盟友ジェームズ・L・ブルックスが描く、
ニューヨークに暮らす偏屈な初老の小説家と、レストラン・ウェートレスを務めるシングルマザーの恋模様。

本作は主演カップルを演じたジャック・ニコルソンとヘレン・ハントが共にオスカーを獲得するという
快挙を成し遂げた作品として日本でもヒットした作品ですが、確かにその快挙に相応しい作品だと思った。
ジャック・ニコルソンは言うまでもないし、ヒロインを演じたヘレン・ハントも表情豊かで実に素晴らしいインパクトだ。
映画の後半にありますが、サイモンの絵画のモデルになるシーンでの背中の美しさは特筆に値すると思います。

ジャック・ニコルソン演じる主人公の小説家メルビンは、強迫神経症でメンタル・クリニックに通っているが、
それでも日常生活の中で他人に強烈なまでに偏屈で、侮辱的な態度や言動を繰り返し、嫌われている。
そんな彼の職業は恋愛をテーマにした作品で多くのヒット作を書き上げた小説家で、経済的には恵まれている。
歩道のつなぎ目を踏むことはできず、見ず知らずの他人との接触を許容することができない、極端な潔癖症で
家の洗面所には新品の石鹸が大量に保管されており、友人や恋人がいない、寂しい独身生活を送っている。

そこで隣人でゲイの画家サイモンが強盗に襲われ、サイモンや彼の仲間たちと対立関係にあったメルビンだったが、
サイモンの飼い犬の預け先に困ったサイモンの友人のフランクが、強引に犬の面倒をメルビンに押し付ける。
断わり切れなかったメルビンは犬との共同生活を数週間送るうちに、犬が完全にメルビンに懐き、彼も愛着を感じる。

そんな中で、メルビンが毎日食事に通うレストランのお気に入りのウェートレスであるキャロルがシングルマザーで、
病弱な息子の治療に困っていることを知ったメルビンが、医師を手配することか2人の関係を変えていきます。

ジャック・ニコルソンが演じたメルビンは、ホントに近くいたらイヤな奴だろうし、
ポリティカル・コレクトネスが厳しい現代では淘汰されるタイプだろうとは思うけど、ホントに潔癖症なんじゃないかと
思えてしまうくらい上手いし、キャロルを前にするとどんなに悪態をついていても、怒られてシュンとしちゃうし、
キャロルに本音を言うことが出来ずにドギマギしちゃって、心にもないことを口走っちゃうなんて、子どもっぽさもある。
(主人公メルビンは現代に生きていたら、ハラスメント野郎として“排除”されるでしょうね・・・)

変わり映えの無い日常のルーティーンを壊されることを、極端に嫌うメルビンなわけで、
ルーティーンを守るためには他人への迷惑は顧みず、どんなに相手を傷つけても日常が守られれば一件落着。
こんな奴、ホントに近くにいたら大迷惑だし嫌われるだろうけど、不思議とラストにはメルビンのことを応援したくなる。

それは彼自身が変容して、「いい人間になろうと思った」ということが伝わってくるし、
少しずつチャーミングな魅力と、大人の男としてのセクシーさを出しているというのもあるでしょう。
やっぱり、こういう役はジャック・ニコルソンにしかできないし、彼だからこそ出来る芸当だったという気がしますね。

そりゃ、シナリオ自体が魅力的なものだったろうし、キャスティングも抜群である。
ただ、この主演のジャック・ニコルソンの力量の高さをよく理解し、どんな表現をしてくれるかと
キチッと的確に把握していたからこそ、ジャック・ニコルソンが自由に芝居しても映画に上手くフィットできたのだろう。
ジェームズ・L・ブルックスの仕事ぶりは高く評価されるべきだと思うし、作品としてももっと評価されていいと思うのだが、
いかんせん97年という年は、『タイタニック』やら『L.A.コンフィデンシャル』やらと強敵が多かった年ですからねぇ。

そして、ジャック・ニコルソンに負けじとばかりヒロインのキャロルを演じたヘレン・ハントも、
強盗に襲われるサイモンを演じたグレッグ・キニアも表情豊かで、人間らしいキャラクターで実に魅力的に映る。

特にキャロルも病弱な息子の治療に悩み、ボーイフレンドとの恋愛もなかなか上手くいかず、
変わり映えの無いレストランでのウェートレスとして働く日々も、肉体的・精神的に疲弊しているわけで、
結構、感情的になり易い部分があって、メルビンにもツラくあたるシーンがあったりして、付き合い方が難しそうですが、
それでも映画の終盤にあるボルチモアでのレストランのシーンでの彼女など、とても魅力的に映るシーンが良い。

コメディとしても面白いけど、やっぱり本作の本質は恋愛映画なのでしょう。
こういう映画を撮らせると、やっぱりジェームズ・L・ブルックスは上手いですね。構成力が高いのでしょうね。

僕は潔癖症ではないのでメルビンの精神状態はよく分かりませんが、
マイペースな人間で自分のペースを崩されたくないという性格のせいか、自分のルーティーンを守るためには
他人の迷惑も顧みず、相手がどんな想いをしようが関係なく、自分を押し通してしまう。具体的に何が不満というよりは
他人から干渉されたり、経験のないことを受け入れることができないために、全く融通が利かない人間になってしまう。
ハッキリ言って、そんな感じでは他人から煙たがられたり、店から追い出されても仕方ないかなぁと思えてしまう。

それでも、観客から総スカンを喰らうようなキャラクターにはなっていないあたりが、ジャック・ニコルソンの上手さかな。
特に映画も後半に差し掛かって、キャロルとデートしたりするものの、いらんこと言ったりしてキャロルを怒らせて、
ギクシャクしちゃったりもするけど、「良い人間になろうと思った」なんて“誉め言葉”を言っちゃったりする心ニクさがある。

映画の前半から登場する、サイモンの飼い犬がとても良い存在感を示している。
犬を可愛がるタイプの人間ではなかったメルビンは、いざサイモンから犬を預かって共同生活が始まると、
犬はメルビンに懐き、子どもたちに可愛がられる犬を見てはウットリし、いつしか犬のことで泣き笑いするようになる。
そんな実に人間臭いメルビンの等身大の姿を演じるに、ジャック・ニコルソンは正にうってつけの役者でしたね。

数週間メルビンに犬を預かってもらって、すっかりメルビンに犬が懐いている光景にショックを受けた
サイモンを見かねてメルビンが、自分に懐いたコツとして、ビニール袋に隠し持っていたベーコンを
サイモンに渡して犬をサイモンに懐かせようとアピールするジャック・ニコルソンの仕草は、なんとも印象的ですね。

やっぱり、こういう映画を作らせるとハリウッドは上手いなぁと感心させられる。
確かに技巧的に特筆するものはないけれども、こういうタイプの映画は作り手のセンスがモノを言うと思うのでね。
だって、この設定でこういうストーリーの映画であれば、ハッキリ言って、分かり切ったラストに落ち着くわけで
意外性を出せる映画ではないので、逆に作り手のセンスや映画を撮る上でのバランス感覚が重要になります。

ジェームズ・L・ブルックスもこの手のロマンチック・コメディで経験豊富なわけではないけれども、
主要キャラクターを魅力的に磨き上げて、丁寧に撮るという意味では他の監督作品と変わらぬアプローチですね。
こういう映画の場合は観た後に、悪い気持ちにさせられたくないですよね。本作は終わり方も、スゴく心地良い。

午前4時にキャロルの家に乗り込んでいって、またキャロルを前にメルビンがドギマギし始めて、
キャロルが「なんでフツーのボーイフレンドになれないのォ!」と叫び嘆くのですが、同居するキャロルの母を演じる
懐かしのシャーリー・ナイトが「世の中にフツーのボーイフレンドなんて、いやしないのよ」と諫めるのも面白い。

そんなやり取りを経て、ラストはキャロルとメルビンが開店間もないパン屋に焼きたてパンを買いに行く。
劇的でも派手さもない、ごくありふれた自然体で大人なラストではありますが、このラストもたまらなく心地良い。

メルビンの性格も潔癖症も、全てが解決するラストではありませんが、
徐々に心が解き放たれて、少しずつマシになっていくプロセスを描いていて、前向きな姿に好感が持てる。
人生の酸いも甘いも経験して熟知したアダルトなカップルが、その時点でのベターな答えに落ち着くという感じですね。

メルビンは売れっ子恋愛小説家なんだけど、あくまでそれは職業としてだけであって、自分の恋愛観に反映されない。
人付き合いも苦手で、彼の近くには真の意味で心を許せる人間がいない。あるのはタイプライターとピアノとCDのみ。
小説家としての収入はあるので、ハッキリ言って、無駄に金はあるから、朝食は毎日街のレストランのお気に入りの席。
そんな彼のお気に入りのウェートレスは若い女の子でもなく、ある程度は年齢を重ねたシングルマザーのキャロル。

そんな構図の面白さが本作の魅力であり、映画の雰囲気自体がスゴく良い。
機能すべきことが、全て上手く回っている。個人的には、いつまでも大切にしたい一作で傑作だと思っています。
賛否はあるだろうとは思いますが、本作はジェームズ・L・ブルックスの監督作品としてもベストな出来だと思いますよ。

この映画を観て以来、仕事をリタイアしたら「メルビンのように毎朝、レストランで優雅に朝食をとりたい」と
生意気なことを思って憧れていますが、それはあくまで願望であって、実現しそうにはありませんね(苦笑)。

(上映時間138分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ジェームズ・L・ブルックス
製作 ジェームズ・L・ブルックス
   ブリジット・ジョンソン
   クリスティ・ディー
脚本 マーク・アンドラス
   ジェームズ・L・ブルックス
撮影 ジョン・ベイリー
編集 リチャード・マークス
音楽 ハンス・ジマー
出演 ジャック・ニコルソン
   ヘレン・ハント
   グレッグ・キニア
   キューバ・グッディングJr
   シャーリー・ナイト
   スキート・ウーリッチ
   ジェシー・ジェームズ
   ハロルド・ライミス
   ローレンス・カスダン

1997年度アカデミー作品賞 ノミネート
1997年度アカデミー主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1997年度アカデミー主演女優賞(ヘレン・ハント) 受賞
1997年度アカデミー助演男優賞(グレッグ・キニア) ノミネート
1997年度アカデミーオリジナル脚本賞(マーク・アンドラス、ジェームズ・L・ブルックス) ノミネート
1997年度アカデミー編集賞 ノミネート
1997年度全米俳優組合賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1997年度全米俳優組合賞主演女優賞(ヘレン・ハント) 受賞
1997年度全米脚本家組合賞オリジナル脚本賞(マーク・アンドラス、ジェームズ・L・ブルックス) 受賞
1997年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1997年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞助演男優賞(グレッグ・キニア) 受賞
1997年度ゴールデン・グローブ賞<ミュージカル・コメディ部門>作品賞 受賞
1997年度ゴールデン・グローブ賞<ミュージカル・コメディ部門>主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
1997年度ゴールデン・グローブ賞<ミュージカル・コメディ部門>主演女優賞(ヘレン・ハント) 受賞