アルゴ(2012年アメリカ)

Argo

これはベン・アフレックが映画監督としての力量の高さを証明した秀作ですね。
2012年度アカデミー賞では、7部門でノミネートされ作品賞含む3部門を受賞する快挙を成し遂げました。

ベン・アフレックはいつしか映画監督としての活動量を増やしていきましたが、
2010年の『ザ・タウン』の時点で僕はかなり良い腕を持っているなと思った。臨場感溢れる映像になってるし、
描きたいことに上手くフォーカスし、作り手が見せたいことを端的に表現できていて、実に良い意味で分かり易い。
おそらくですが、このペースで映画を撮っていけば、そのうちスゴい大傑作を撮るような気がします。

映画は1979年に発生した、イランの首都テヘランにある在アメリカ大使館で発生した、
大使館職員が人質に取られる事件をモデルに、人質に取られることを免れた数名の大使館職員が
在カナダ大使館職員の自宅に匿われているものの、アメリカへ帰国する手段がないことから、
合衆国政府がCIAの工作部隊に職員の奪還を依頼し、『アルゴ』と呼ばれる架空のSF映画のロケハンに
訪れたカナダ人という偽装工作をして、イランを出国させようという作戦を展開する様子を描いたサスペンスです。

これが実際に起きた事件をモデルにした作品であり、架空の映画のロケハンに訪れた
カナダ人という設定を短い時間で擦り込ませ、実際に大きなリスクを伴う出国を試みるというから、スゴい話しだ。
細部は多少なりとも当然の如く脚色されているようですが、基本骨格は実話であるというから驚きですね。

事件の発端は、1979年に起きたイラン革命でシーア派の指導者であったホメイニ師が
イランの政権を奪取し、国家元首として包括的なイスラム国家を築こうとしたことにあります。
ホメイニ師の前政権で事実上、他国を転々とする形となっていたパフラヴィーが癌の治療という名目で、
アメリカへの亡命を試みたことで、イラン革命を支持していたパフラヴィー政権に於ける反体制派のエナジーが
反米に向けられることにあり、民衆の圧倒的なまでの反発心は、テヘランにある在アメリカ大使館へ向けられます。

とてつもない集団や武装勢力が、大使館内になだれ込むこととなり、
時のイラン政府や現地警察もこの暴動を事実上、容認する形となり、合衆国政府に大きな衝撃が走ります。
現地で守られる立場ではなくなり攻撃の対象となった大使館職員の多くは、イラン国内の過激派たちの人質となり、
実に1年以上もの長期間にわたって、人質としての生活を強いられることとなり、事態は悪化していきました。

そんな中で人質に取られることを免れた数名の職員たちがポイントとなるわけですが、
かなり個性の強い面々であり、いざベン・アフレック演じるCIAの工作部隊の職員トニーの言うことにも反発します。

勿論、よく知りもしないトニーが目の前に現れて、「これしかない!」みたいな言われ方を
一方的にされたら、誰だって気分が良くない面もあるとは思うけど、聞く耳を持っていない職員もいました。
もっとも、聞く耳を持っていない職員にしても、映画のロケハンをでっち上げて出国する案以外で、
まともな代替案は無かったわけですから、結果としてはこの作戦が成功するように、必死になるしかなかったのです。

この辺の精神的攻防はそこそこ見応えがあるし、終始、落ち着いた振る舞いを見せるトニーも
プロフェッショナルとしての流儀を感じさせる存在感であり、敢えて観光気分で混乱のイランへやって来た、
場違いな映画スタッフを偽装するというには、うってつけのキャラクターでもあったのかもしれませんね。

現在もパレスチナ人が多く居住するガザ地区で、イスラエルとの戦争状態になっていることが
連日のように2023年の秋のニュースとして情報が飛び交っていますが、いつの時代も中東の情勢は平穏ではない。
正直言って、宗教的にも相当に根深い問題があるので、これはそう簡単に無くなるものではないでしょうね。

本作が優れているのは、やはり画面から伝わる緊張感だろう。
まぁ、『アルゴ』をでっち上げるエピソードはそこまででもないけれども、やはりテヘランでのシーンは素晴らしい。
映画のエンド・クレジットでも分かるように、キャストたちもモデルとなった実在の職員たちをよく研究しているし、
実際に入念なリサーチを行ったのでしょう。尋常ではない緊張感に満ちたシーンが多い、終盤は大きな見どころだ。

実際には、クライマックスの空港でのエピソードはあそこまで劇的なものではなく、
少々、空港でパスポートのチェックをする武装した現地人に写真を疑われたりする程度だったようで、
本作で描かれたような一分一秒を争うような、緊迫感あるシチュエーションがあったわけではないようだ。

ただまぁ・・・ある程度の脚色があるのは仕方ないだろうし、個人的にはクライマックスの武装勢力が
なりふり構わず滑走路まで追いかけて行ったり、管制塔に乗り込んだりするのは“有り”だと思ったので気にならない。

ただ、妙に感心させられたのは、いくらカナダが単独の編成で大使館職員の出国を手伝ったと、
報道されたとは言え、残された人質である大使館職員に危害が及ばなかったということと、
カナダの大使が無事でいられて、イランがカナダに対して報復的な措置を講じなかったということですね。
自分の感覚ではイスラム原理主義が強い地域では、こういったことがあれば報復があるという印象が強いので。

空港のチェックインカウンターでは、ギリギリのところで何とかチェックインできたものの、
搭乗口で待ち構える現地人の、ほぼ尋問のようなやり取りは、搭乗締め切りとギリギリのところになり、
更にそれまではカナダ人で現地の言葉を理解できないように装っていたけれども、差し迫ったところでの
咄嗟の判断でペルシャ語を喋って、なんとか疑念を解こうとするなど、動きは少ないシーンが続くのですが、
それでも思わずハラハラドキドキさせられる手に汗握るシーンが続き、この終盤は本作のハイライトですね。

そこに絡むのが、ハリウッドのスタジオで『アルゴ』の偽装製作事務所を守っている、
ジョン・グッドマンとアラン・アーキンというどことなくノン気な二人という対照が、実に良いアクセントになっている。
ベン・アフレックの演出に上手さを感じるのはこういうところで、良い意味で緩急をつけて映画が一本調子にならない。

映画賞レースで絶賛されたのは、対抗馬が弱かったという“追い風”もあったかもしれませんが、
本作を観ると、ベン・アフレックは映画監督として本物だと思います。まぁ・・・ジョージ・クルーニーに似てますがね(笑)。

まぁ・・・政治的にはかなり割愛されている部分があると思うので、
僕は本作はあくまで実話をモデルにしたフィクションである、という程度に思っておいた方がいいと思う。
なんでも事実に基づいて、実際に起った通りに映画化しなければならないという前提があるのならば、
本作の内容には疑問が残ってしまいだろうし、本作の醍醐味をフルに味わえないだろう。それは勿体ないことだと思う。

イラン国内での凄まじい反米デモが何故起きたのかも、単にパフラヴィーを保護したからというわけではない。
合衆国が利するものがあるならば、他国の内政にも介入するという当時のアメリカのスタンスが悪い方に出た。
結局、民衆の反感をかってしまうと、こうなるんですよ。今のアメリカには、ここまでする胆力はありませんけどね。

ハリウッドのプロダクションで作った映画なので、政治的ニュアンスの面では限界があるだろう。
ここが事実を異なるとか、自分たちに都合の良いエピソードしかないとか、そんなこと言い出したらキリがなくなる。

実在の人物トニーも数年前に他界してしまいましたが、とても有能で信頼の置けるCIA職員だったのでしょう。
帰国させる任務でテヘランに乗り込んで、いきなり映画のロケハンに来ていると偽装工作するなんて、
無謀とも思える奇想天外な作戦に、誰も積極的に賛成はしないだろうとしか思えない圧倒的不利な状況で
「もうやるしかない...」とトニーの作戦を現実に実行するとなって、一致団結させたのは彼のお手柄でしょう。

そういう意味では、少し映画のラストはアッサリし過ぎているというか、もっと高揚するものがあっても良かったかな。

八方塞がりのようにテヘランで行き場を失っていた状況から、
僅か2日間の作戦でイランを脱出するという急転直下な流れで動揺もあっただろうが、
「やっと帰れた・・・」という歓びと安堵の感情を爆発させても良かったと思うのですが、思いのほかアッサリでしたね。
この辺はベン・アフレックなりに“バランス”をとったということなのかもしれませんが、映画としては物足りない。

勿論、トニーはトニーで帰宅する安堵はあっただろうが、映すべきは大使館の職員たちだっただろう。
僕は本作の場合は、もっとハッキリと大使館の職員たちの目線で、彼らの帰国を映した方が良かったと思う。
これだけが原因ではないだろうが、一部では意見が割れたというのも、よく分かる作品ですね。

(上映時間120分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 ベン・アフレック
製作 グラント・ヘスロヴ
   ベン・アフレック
   ジョージ・クルーニー
脚本 クリス・テリオ
撮影 ロドリゴ・プエリト
編集 ウィリアム・ゴールデンバーグ
音楽 アレクサンドル・デスプラ
出演 ベン・アフレック
   ブライアン・クランストン
   アラン・アーキン
   ジョン・グッドマン
   ヴィクター・ガーバー
   テイト・ドノヴァン
   クレア・デュバル
   スクート・マクネーリー
   ケリー・ビシェ
   クリストファー・デナム
   カイル・チャンドラー
   クリス・メッシーナ
   タイタス・ウェリヴァー
   シェイラ・ヴァンド
   マイケル・パークス
   ボブ・ガントン
   フィリップ・ベイカー・ホール

2012年度アカデミー作品賞 受賞
2012年度アカデミー助演男優賞(アラン・アーキン) ノミネート
2012年度アカデミー脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度アカデミー作曲賞(アレクサンドル・デスプラ) ノミネート
2012年度アカデミー音響編集賞 ノミネート
2012年度アカデミー音響調整賞 ノミネート
2012年度アカデミー編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ) 受賞
2012年度全米脚本家組合賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
2012年度イギリス・アカデミー賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度イギリス・アカデミー編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ) 受賞
2012年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度サンディエゴ映画批評家協会賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度サンディエゴ映画批評家協会賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度カンザス・シティ映画批評家協会賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度サンフランシスコ映画批評家協会賞編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ) 受賞
2012年度サウス・イースタン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度サウス・イースタン映画批評家協会賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度サウス・イースタン映画批評家協会賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度セントルイス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度セントルイス映画批評家協会賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度フェニックス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度フェニックス映画批評家協会賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度フェニックス映画批評家協会賞編集賞(ウィリアム・ゴールデンバーグ) 受賞
2012年度オースティン映画批評家協会賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度フロリダ映画批評家協会賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度オクラホマ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度オクラオマ映画批評家協会賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度オクラホマ映画批評家協会賞脚色賞(クリス・テリオ) 受賞
2012年度ネバダ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度ネバダ映画批評家協会賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度ヒューストン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度ヒューストン映画批評家協会賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度デンバー映画批評家協会賞作品賞 受賞
2012年度デンバー映画批評家協会賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞
2012年度ゴールデン・グローブ賞作品賞<ドラマ部門> 受賞
2012年度ゴールデン・グローブ賞監督賞(ベン・アフレック) 受賞