アメリカン・スナイパー(2014年アメリカ)
American Sniper
この映画のイーストウッドはとにかく容赦がない。これは、ある種の映画が表現する“悪夢”だ。
2013年に他界した元SEALsの隊員でイラク戦争で数々の功績を成し遂げたクリス・カイルを主人公に、
私生活では共和党支持者で知られるイーストウッドが描く、イラク戦争の現実に肉薄した戦争ドラマですね。
イーストウッドは保守派ですけど、イラク戦争は反対という意見だったそうで
思えば86年の『ハートブレイク・リッジ/勝利の戦場』から戦争に出征しなければならない軍を描いてきて、
『父親たちの星条旗』でついに第二次世界大戦をテーマに映画を撮ったイーストウッドは、実際に戦地に行った
帰還兵が悩まされるPTSDを主題として、戦争の一つの側面を描き続けてきたライフワークのような要素でもある。
実際、本作はかなり反戦的なメッセージ性は強く感じましたね。そのPTSDの原因となる出来事は
主人公クリスにとっては一つに絞ることは難しいとは言え、やはり本作で最も強いインパクトをもたらすのは、
クリスが突入した民間人一家の家で知り合った、一家が“処刑人”によって息子がドリルで殺害されるという、
普通の映画であれば描こうとしない、あまりに凄惨な“事件”だろう。目を逸らしたくなる描写だが、これも現実だろう。
結局はこのときの悲鳴が、後年のクリスはトラウマ的体験となって、脳裏をこだまする。
このリフレインが何度かあるのですが、誰しもこんなことを経験すれば気がおかしくなってしまうでしょうね。
べつにジェンダーのことを言いたいわけではないが、特に女性や子どもが理不尽な暴力の被害者になり、
命を落としてしまうシーンなど観たくもないが、イーストウッドはそれを承知で敢えてこういったシーンを撮っている。
しかも、敢えて残忍な手口で見せつけるように“処刑”する。この容赦ないところが、本作を支えている部分はある。
イラク戦争でもクリスが功績をあげたと称賛されるのは、市街地を進んでいく仲間たちにとって
脅威であり邪魔な存在であるのは、クリス自身と同様に相手軍のスナイパーの存在であったのあろう。
だからこそクリスは自身もスナイパーのように自らも身を潜めて、クリスはイラク側のスナイパーを退治しようとする。
やはりスナイパーにはスナイパーで対抗するというのがセオリーなのでしょうね。
スナイパーは遠く離れた場所から狙うので、連射するわけにもいかず、基本は一発で仕留めなければなりません。
それだけプレッシャーがかかるでしょうし、そこを確実に仕留める主人公の射撃の腕はやっぱり凄腕だったのでしょう。
ただ、過酷な戦争体験がもたらすPTSDについてはもっと違うアプローチもあっても良かったと思う。
勿論、クリスのPTSDはそれなりに描かれるのですが、現実に日常生活が成り立たないくらいに精神を病むこともあり、
例えば映画の途中で弟と偶然会ったシーンで、弟もPTSDらしき症状があって「クソくらえだ」と吐き捨てるように
クリスに言うシーンがあるのですが、クリス以外の人々のPTSDをもっと描いた方がこのテーマは深掘りできたと思う。
クリスのPTSDに関してはそれなりに描かれていて印象的ですが、彼以外の症状はもっと描いて欲しかった。
クリスは2003年から4回にわたって中東へ派兵されていて、1回目に前述した凄惨な惨殺を目撃し、
以降彼はトラウマ的体験としてPTSDに悩まされます。血圧は170/110と常に緊張状態を示すような状態だし、
自宅に帰っても戦地のビデオを観てしまうし、常に惨殺された子供の悲鳴が頭の中を響き渡り、脳裏を駆け巡ります。
本作は2014年度アカデミー賞で6部門でノミネートされ、1部門だけの受賞に留まりました。
劇場公開前から前評判は高かっただけに、この結果は評論家の中でも賛否が大きく分かれた証拠だと思いますね。
これは題材的な難しさもあったでしょうけど、ハリウッドを代表する保守派であったイーストウッドと考えると、
この映画で彼が描いたイラク戦争へのスタンス自体が、賛否を呼んだ気がします。政治思想が影響するのは、
個人的には賛同できないんだけど、とは言え...これは仕方ないことなのかもしれない。結構な反戦映画なので。
でも、そういった挑戦意識の高い作家性こそがイーストウッドの原点という気もしますし、
いつもよりメッセージ性の高い作品で、イーストウッドらしい強いアメリカ像を象徴するような部分よりも
国家として発展したイラク戦争に運命を翻弄されてしまった人々を、やや鑑賞的に描いている部分が目立っている。
僕の中では映画のラストシーンが、クリスの追悼集会の映像を流すなんて、
イーストウッドのこれまでの映画とは対極にあったような感傷的なシーンで、スゴい違和感があったのだけれども、
これはイーストウッド個人の意見として、政治思想に拠らずに反対していたイラク戦争へのスタンスの表れなのだろう。
ひょっとしたら、このラストが本作を通してイーストウッドが最も強く描きたかった部分だったのかもしれませんね。
でも、本作に対して否定的な意見があるのは、逆にこれがイーストウッドらしくないと感じた面もあると思います。
やっぱり彼は一貫してイーストウッド自身の哲学を少なからずとも、自身の監督作品に反映させてきたわけで、
それはオールド・ファッションドなスタイルとも解釈できますが、イーストウッドが作り上げてきたスタイルでしたからね。
それでも、現実世界の厳しさを忘れないところはイーストウッドらしい部分ではあったと思います。
前述した子どもが惨殺されるシーン、そして少年がロケットランチャーを拾うのを阻止するためにクリスが狙撃する。
これもまた、現実のクリスがどうだったかは分かりませんが、「拾うな、拾うな」と口にする姿からスゴく躊躇しています。
彼も撃ちたくて撃つわけではなく、ましてや子どもがそういった対象になってしまう不条理さを嘆くかのようです。
個人的に気になったのは、クリスのPTSDに関わる内容は割りとしっかりと描かれているけど、
他の兵士のPTSDはそうでもないということと、アメリカに彼が残してきた家族に関わる描写も薄いことですね。
特に映画の前半でバーで出会った彼の妻を演じたシエナ・ミラーについては、もっと描いて欲しかったなぁ。
これではまるで添え物扱い。いや、そういった亭主関白なところがイーストウッドらしいと言えばそうかもしれないが、
彼女の存在はクリスにとってスゴく大きかったわけで、クリスのPTSDを疑う過程などはもっとしっかり描いて欲しい。
この映画を観る限りでは、クリスの妻はただただ家で心配することしかできず、不憫に観えちゃいますねぇ・・・。
映画の中では、クリスがPTSDに悩まされていた中で最終的には同じくPTSDに悩まされる、
帰還兵たちの相談窓口となる姿を描いていますが、ここにはクリスの精神的な立ち直りも重要だったはずなのですが、
この点に於いても本作はチョット弱かったかも。いつの間にかクリスが立ち直って、NPOを立ち上げているので、
少々唐突な感じがあって違和感はあるかもしれません。アメリカへ帰ってからの描写はホントは大事だったはずです。
ただ、内容的にはそこそこヘヴィな映画ですので、それなりに体調を整えて覚悟を決めて観た方がいいでしょう。
前述したように本作でのイーストウッドは容赦ないところは容赦ないですから、ショッキングな表情のある作品です。
注目したいのは、映画の冒頭、クリスは幼少期に父親から独特な教育を受けていたということだ。
弟がイジメられて暴力を受けているところを割って入って、イジメの相手をボコボコにしたかを詰問する父親。
「目には目を歯には歯を」の如く、決して敗者になることを許さない父親の教育のおかげで、クリスの思想は保守的で
国を守るという強いポリシーを持って、いつしかSEALsに入隊することを志すようになるクリスが描かれています。
これがどこまで事実なのかは分かりませんが、幼い頃からの教育の影響の大きさを描いているのですが、
これもまた保守的な政治スタンスを示していたイーストウッドがこういうことを描くのは、珍しいなぁと感じてしまいました。
しかも、どことなく本作で描かれるクリスの父親の教育は否定的に描かれているストーリー展開でもありますからね。
イーストウッド流のドキュメンタリズムも感じる作品ではありますけど、主観的に撮った作品だとも感じます。
この辺が古くからのイーストウッドの映画のファンからすると違和感があるかもしれませんが、僕は本作を支持します。
これはこれで、イーストウッドの中にある(矛盾しているかもしれないけど・・・)人間的な視点を反映した作品と思います。
まぁ・・・クリスの原作には一部で事実ではない、と指摘されている部分もありますので
どこまでノンフィクションなのかは僕には判断する術はありません。ただ、映画の出来自体は良く出来ていると思う。
イーストウッドの力量の高さがあるからこそ、様々な議論を呼ぶ作品になり、これだけ考えさせられる作品になりました。
「国を守るため」というポリシーからSEALsに志願したものの、途中からそうとも言い切れない任務遂行の実態に
悩まされるクリスの苦悩がなんとも痛切に感じられますが、戦地の臨場感あってこその作品であることは間違いない。
ただ、イラク戦争への反省ではなく、自国民を痛めつけているという切り口からの反戦なので、これもまた独特かも。
(上映時間132分)
私の採点★★★★★★★★★☆〜9点
日本公開時[R−15+]
監督 クリント・イーストウッド
製作 ロバート・ロレンツ
アンドリュー・ラザー
ブラッドリー・クーパー
ピーター・モーガン
クリント・イーストウッド
原作 クリス・カイル
スコット・マキューアン
ジム・デフェリス
脚本 ジェイソン・ホール
撮影 トム・スターン
編集 ジョエル・コックス
ゲイリー・D・ローチ
出演 ブラッドリー・クーパー
シエナ・ミラー
ルーク・グライムス
ジェイク・マクドーマン
ケビン・レイス
コリー・ハードリクト
ナヴィド・ネガーバン
2014年度アカデミー作品賞 ノミネート
2014年度アカデミー主演男優賞(ブラッドリー・クーパー) ノミネート
2014年度アカデミー脚色賞(ジェイソン・ホール) ノミネート
2014年度アカデミー音響編集賞 受賞
2014年度アカデミー音響調整賞 ノミネート
2014年度アカデミー編集賞(ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ) ノミネート
2014年度ナショナル・ボード・レビュー賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2014年度デンバー映画批評家協会賞作品賞 受賞
2014年度デンバー映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッドリー・クーパー) 受賞