アメリカン・スナイパー(2014年アメリカ)

American Sniper

幼い頃からの父親のやや偏った家庭教育を叩きこまれ、
そのまま成長したことで、メディアで報じられるテロに関する内容に一念発起、
故郷でロデオ・カウボーイを行っていた若者が、海軍に入隊し狙撃兵としてイラクへ派遣。

アメリカに残した家族と共に過ごすことが難しくなりながらも、
戦地で度重なり過酷な経験を繰り返すうちに、帰国後、PTSDを発症するようになり、
4度目のイラク派遣で除隊した男を通して、過酷な現実を描くイラク派兵をモデルにした戦争ドラマ。

これは見事なまでに賛否が分かれる映画で、その理由は僕にもよく分かります。
色々と熟慮し、色々な側面から考えましたが、やっぱりこれは凄い映画だと思います。

クリント・イーストウッドは撮影当時、御年84歳、
あまり年齢のことを言ってはならないけど、そんな年齢のディレクターが撮った映画とは思えません。
それくらいにエネルギーのある映画ではあると思います。全体的にコマーシャル性の強い映画ではありますが、
長引く戦争に赴き、帰国後にPTSDを発症する問題提起性については優れた映画と言えるでしょう。

映画の中で都合4回、主人公のクリスがイラクへ派遣されますが、
特に1回目の派遣エピソードは衝撃的で、狙撃兵でありながらも市街地の突入部隊に同行して、
街のシャイフ(長老)と会ってからのエピソードは圧巻の展開だ。ここはイーストウッドらしく、タブーに挑戦する。

特に衝撃的だったのは、“虐殺者”が容赦なく子供を押さえつけドリルで足をえぐり、
最後は親であるシャイフ(長老)の前で残虐な殺害を行うシーンで、これは戦慄が走るシーンですらある。

こういった描写は、賛否が分かれるところで、僕も一概に賛同はできないが、
イーストウッドは常にタブーに挑戦し続ける映像作家の一人ですが、本作もただ残虐なシーンを描きたくて
描いたということではなく、しっかりと意味のある描写に映画の最後で昇華させていることは事実なのだ。

そんな残酷な現実を目の当たりにして、次第に精神を病んでいくのですが、
僕が本作で唯一、イーストウッドの真意をはかれないところは、1回目の派遣から帰国したシーンが
顕著だったのですが、無事に帰って来た英雄ばりの描き方をしているのですが、どこまで本気なのかということ。

これがイーストウッドなりの皮肉とも解釈できなくはないのですが、
アメリカが軍事介入する形でアルカイダ掃討作戦を展開する中で、軍隊による諜報活動が原因で
シャイフ(長老)とその家族が残虐な殺害をされてしまった現実を背景に抱えながらも、
無事に帰国してきて、愛する家族との再会を過剰に感動的に描くというのは、どこか違和感を感じます。

勿論、主人公はあくまで任務として“仕事”を果たしてきたわけだし、
彼にも当然のように家族はいる。だからこそ、彼が無事に帰って来たことは誇っていいと思う。
しかし、彼の“仕事”の向こう側には、やはり現地の人々の生活があり、それらを破壊した事実は否めない。
そういう複雑な現実をイーストウッドは当然、戦争の理不尽さも含めて描いているとは思うのですが、
最近は政治的な発言も目立つイーストウッドなだけに、彼の真意が今一つ正確に汲み取れないのです。

イラク派兵の回数が増えるにつれ、主人公クリスの精神状態は不安定になっていきます。

実在のクリスは2003年から2009年までの6年間に4回派兵され、
伝説のスナイパーと軍隊内ではもてはやされるも、過酷な戦地での現実にPTSDを発症します。
2009年に除隊してからは自らのPTSDを認め、PTSDに悩まされる他の帰還兵を助けることを目的に、
NPO団体を立ち上げ、同時に軍事技術を指導する民間会社を立ち上げ、徐々に精神を回復させていたようです。

その後のクリスは映画で語られる通りなのですが、
少し勿体ないところがあるとすれば、やはりクリスの弟との関係が中途半端に描かれてしまったことだろう。
さすがに映画の中盤にある、偶然、帰国した弟と遭遇したシーンで、クリスが「誇らしいよ」と称えながらも、
弟が怒気こもった声で「クソくらえだ!」と言い放たれるシーンで終わりなのは、酷く中途半端だ。

おそらく弟も、思い描いていた戦地とは異なる現実を見て、
酷いPTSDの症状を発症させていたと思われるのですが、ここはしっかりと描いて欲しかった。

この辺はイーストウッドらしからぬ悪い意味での中途半端さを残してしまった部分で、
この系譜で言えば、クリスの妻タヤの描き方も悪い意味で中途半端かもしれない。
せっかくシエナ・ミラーをキャスティングできたがだけに、もっと訴求することはできたでしょうね。

イーストウッドの映画に対する姿勢から言うと、
『父親たちの星条旗』、『硫黄島からの手紙』と第二次世界大戦を舞台にした映画を撮っており、
アメリカの立ち位置を象徴する意味で、戦争の歴史を描くことに強い興味があることは間違いないでしょう。

だからこそ、イーストウッド自身がどう考えているのか、という点は気になりますねぇ。

映画は2014年度アカデミー賞で作品賞含む6部門でノミネートされましたが、
1部門のみの受賞で留まりました。これは評論家筋でも賛否が分かれた証拠と言えるでしょう。
これは題材的なキワどさもあったでしょう。映画化するには、あまりにホット過ぎる話題だったかもしれません。
やはりアメリカの対中東政策という意味では、アルカイダ掃討からいつしか対照はIS(イスラム国)となり、
未だに終結を見ない、そして何処が終着点として落ち着きそうなのかも分からない状況なのが大きいと思う。

しかし、それでも敢えてイーストウッドは映画化することを選択しました。
そこには常に映画というメディアに対して挑戦する意識の表れが裏返されていると言っても過言ではないでしょう。

やはり年齢の話しに帰結してしまうのですが、
84歳という年になっても尚、挑戦する姿勢があること自体、称賛に値するとしか言いようがないのです。

(上映時間132分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

日本公開時[R−15+]

監督 クリント・イーストウッド
製作 ロバート・ロレンツ
   アンドリュー・ラザー
   ブラッドリー・クーパー
   ピーター・モーガン
   クリント・イーストウッド
原作 クリス・カイル
   スコット・マキューアン
   ジム・デフェリス
脚本 ジェイソン・ホール
撮影 トム・スターン
編集 ジョエル・コックス
   ゲイリー・D・ローチ
出演 ブラッドリー・クーパー
   シエナ・ミラー
   ルーク・グライムス
   ジェイク・マクドーマン
   ケビン・レイス
   コリー・ハードリクト
   ナヴィド・ネガーバン

2014年度アカデミー作品賞 ノミネート
2014年度アカデミー主演男優賞(ブラッドリー・クーパー) ノミネート
2014年度アカデミー脚色賞(ジェイソン・ホール) ノミネート
2014年度アカデミー音響編集賞 受賞
2014年度アカデミー音響調整賞 ノミネート
2014年度アカデミー編集賞(ジョエル・コックス、ゲイリー・D・ローチ) ノミネート
2014年度ナショナル・ボード・レビュー賞監督賞(クリント・イーストウッド) 受賞
2014年度デンバー映画批評家協会賞作品賞 受賞
2014年度デンバー映画批評家協会賞主演男優賞(ブラッドリー・クーパー) 受賞