バリー・シール/アメリカをはめた男(2017年アメリカ)

American Made

1970年代後半に航空会社TWAのパイロットであった男が
会社に内緒で葉巻の密輸で小銭を稼いでいたところ、そんな彼に目をつけたCIAからスカウトされて、
中南米の政情不安定な国々の偵察活動を行っていたところ、逆に中南米の麻薬カルテルと仲良くなって、
アメリカ本土へコカインの密輸を並行して行うことになり、次第に窮地に追い込まれる姿を描いたサスペンス映画。

主人公のバリー・シールは実在の人物で、実際にTWAでパイロットを務めながらも、
爆薬の密輸事件に関与したとして逮捕された結果、TWAを解雇されている。釈放されたバリーはマリファナの密輸し、
やがては南米からコカインを大量に密輸するようになり、現地のカルテルと強固なコネクションを築いていました。

DEA(麻薬取締局)が入念に捜査した結果、バリーは自首し、合衆国政府のために任務を果たした結果、
極めて短期間の収監と、3年間の保護観察という軽い判決となったものの、結果としてカルテルから送り込まれた、
コロンビア人の刺客によって、バリーは殺害されました。カルテル側からは裏切り者という扱いを受けたわけですね。

バリーの能力は、合衆国のあらゆる捜査機関や政府関係組織からも高く評価され、
更に中南米各地で現地のヤバい連中と、強固な人脈を作ったあたりも冷静に考えると、スゴい人物なのですが、
やはりあくまで彼は一介のアメリカ国民。訓練を受けていたわけでもなく、付き合う相手がヤバ過ぎました。

それに本人も気付いていたのか、家族を巻き込みたくないという想いもあって、
さっさと足を洗おうとし始めた頃には、もう既に時遅しという状況になっていて、後戻りできない状況になっていました。
あくまでフィクションの映画化とは言え、下地となる物語は実話に基づいているというから、チョット驚かされる。

監督は『ボーン・アイデンティティー』のダグ・リーマンで、いつものダグ・リーマンの映画の調子と
チョット違う印象があって、カット割りまくって、やたらと騒がしい画面になっているわけではないのですが、
それでも無駄を一切削ぎ落したような構成にシェイプアップされていて、ピンポイントで見せたいものを凝縮している。
盟友トム・クルーズを主演にキャストできたことで、映画にとって大きな武器となり、良い意味でアクセントがついた。
(っていうか、撮影当時50代半ばという年齢だったはずのトム・クルーズですが、異様に若い!)

映画のテンポは小気味良いし、それなりに見応えがある。トム・クルーズにしては情けない役どころで、
映画の内容も地味だったせいか、劇場公開当時、あまり大きな話題にはなっていなかったと思うのですが、
中身的にはクオリティはそこそこ高くって、映画に派手さはありませんが、相応の満足度があると思います。

そもそもパイロット時代に、身辺チェックが甘いことを利用して、葉巻を密輸していたという時点で
十分な悪人であるわけですが、この能力を政府としても利用するという展開は、どこか既視感がある展開だ。
どうせ政府機関がバリーの能力を利用するのであれば、それなりに訓練するのが普通だと思うのですが、
ただ資金とペーパー・カンパニー(環境)を提供するだけで、「あとは自己責任だから」としている放置感がスゴい。

そうなだけに報酬がデカいということなのかもしれないが、あまりにハイリスク過ぎて、
普通の人なら手を染めないような“仕事”だと思うのですが、それだけバリーが強欲だったということなのかな。

バリーの妻も「また、KFCで働かせるつもり?」と言ったり、苦労を強いられるのは勘弁という感じですが、
それでもバリーとの夫婦関係は良好で、最後の最後までバリーへの愛情が強いように描かれるのは好感が持てる。
得てして、こういう映画の夫婦関係って乱れるのが定番のような印象があるので、少々意外な部分ではありました。

まぁ、合衆国政府から見ればバリーは英雄的行動を取る“犠牲”でもありながら、敵でもある存在だ。
それは命がけでスパイ活動をしているようなもので、危機感に弱く見えるバリーは報酬の大きさに嬉々として
任務をこなしているように見え、確実に成果を挙げる。その反面、中南米の麻薬カルテルのコカインの運び屋となり、
合衆国内で流通し多くの中毒患者を出す原因を作っているわけで、当時のレーガン大統領の悩みの種でもありました。

それゆえ、バリーは表には出てこない存在というわけですが、
政府から見れば、言葉は悪いですが「いつ消されても、おかしくはない存在」という感じだったのだろう・・・。

TWAでの刺激のないパイロット生活から抜け出し、嬉しかったというのが本音だったのでしょうが、
家族を巻き込んでしまうというリスク、いつ自分が命を落とすか分からないくらい危険なことであるというリスク、
そういったことをよく検討せずに飛び込んだ結果、自力で抜け出すことができないくらいの窮地に追い込まれていく。

しかし、映画を観ているとホワイトハウスはバリーを明らかに“売った”という感じだし、
ハッキリ言って、麻薬カルテルの連中が手下にバリーの命を狙うように手配することは明らかな状況で
敢えてバリーに軽い刑罰を処して、カルテルにバリーを始末するように仕向けたような描かれ方をしている。
どこまでが実話に基づくものなのかは分かりませんが、ホントにこんな狙いがあったのであれば衝撃的ではある。
ただ、バリーは善良な市民というわけではなく、犯罪の能力を買われていたので、いつでも“売られる”立場でした。
そういう意味では、本作はアメリカをはめた男≠ニいうよりもアメリカにはめられた男≠ニいう気がします・・・。

この主人公のバリーという男、ある意味ではピュア過ぎる男という感じがして、
極めて欲に忠実に行動したがために、自分が置かれている状況を客観視することが難しかったように見える。
普通に考えれば、バリー自身、とても危険な状況に置かれていることは明らかで、それでもカルテルの連中と
仲良く取引しちゃったりして、それを合衆国政府の諜報活動にも上手く使っていたわけで、都合良く振る舞っていた。
それが仇となってしまうわけですが、正しく能力を使えば、ビジネスマンとしての才覚は高かったようにも思えますね。

しかし、何にしても同様ですが...この「正しく能力を使えば・・・」ということが、案外、難しかったりする。
能力もそうですが知識も同様で、これらをどう使えば良い結果を導き出せるか、ということを判断できる能力ですね。

こういう過程を見ていると、ダグ・リーマンの監督作品としてはエンターテイメントよりも、
ドキュメンタリーに寄った映画に仕上げている感じで、新たな展開を見せた作品と言っていいかもしれませんね。
このテンションはマーチン・スコセッシの監督作品を観ているような感覚で、ひょっとしたら参考にしていたかも。

バリーの考えや、置かれている状況を上手く整理しながら描いている感じですが、
どこか淡々と描いている面があって、ダグ・リーマンも過去の監督作品では見せなかったアプローチだと思います。

ただ、僕にはどうしても納得がいかない部分があって、映画を進めるにあたって、
フラッシュ・バックを使うことが多いのですが、本作なんかも全く強い意味を持たないフラッシュ・バックと感じた。
一生懸命、ビデオに撮って真実を残そうとするバリーを映したくなる気持ちは分かるけど、もっと普通に撮って欲しい。
何か映画のラストに、これがフラッシュ・バックであることの意義が示せていればいいのですが、そうなっていない。

個人的には、バリーがビデオ撮影しているシーンを挿し込んできて、
「この後、もっとヤバいことになる・・・」とかナレーションをつけて予告してしまうあたりが、どうしても気になった。
どのみち、この類いの物語の展開は予想がつきやすいので尚更のこと、この語りは余計な“装飾”に見えてしまう。

映画は出だしから、すこぶる快調に飛ばしていてテンポが実に良いのですが、
所々に挟みこんでくるバリーのビデオ撮影やナレーションが、僕の中ではウザったくて結局、相殺って感じだなぁ。
ダグ・リーマンとしては、この進め方がやり易かったのかもしれないけど、僕はもっとシンプルに撮って欲しかった。

いずれにしても、アメリカにとって麻薬犯罪との闘いの歴史の長さを感じさせる。
中毒患者が多いからこそ、こうしてバリーのような人間が“運び屋”としてビジネスをするのかもしれないが、
一方では、買い付け先の組織の人間を付き合うと、大変なことになるリスクを内包していることを象徴している。
結果としてバリーも、本人にはそのつもりは無かったのかもしれないが、越えてはならない線を越えたということ。
そうなると、自己責任の国アメリカですから、誰も助けてはくれません。言ってしまえば、国からも見捨てられるのです。

撮影現場はヘリの墜落事故で犠牲者を出すなど、悲劇に見舞われた作品でしたが、
2時間以内という上映時間の中で、見事にシェイプアップして余計な部分を根こそぎ落として、巧みに描いています。
個人的には、もう少し評価されても良かったのでは・・・?と思える、充実した作品と言っていいと思います。

(上映時間114分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ダグ・リーマン
製作 ブライアン・グレイザー
   ブライアン・オリバー
   タイラー・トンプソン
   ダグ・デビッドソン
   キム・ロス
   レイ・アンジェリク
脚本 ゲーリー・スピネッリ
撮影 セザール・シャローン
編集 アンドリュー・モンドシェイン
音楽 クリストフ・ベック
出演 トム・クルーズ
   ドーナル・グリーソン
   サラ・ライト・オルセン
   ジェシー・プレモンス
   ケイレブ・ランドリー・ジョーンズ
   アレハンドロ・エッダ
   マウリシオ・メヒア