アルタード・ステーツ/未知への挑戦(1979年アメリカ)

Altered States

これは何度観ても、ヤバい映画ですね(笑)。

イギリス映画界の重鎮ケン・ラッセルが描いたトリップ・ムービーなのですが、
映画は大学の研究施設で幻覚症状の研究を行っていた、主人公が実体験を基に研究を進めていたところ、
次第に“タンキング”を利用した幻覚の虜になってしまい、メキシコで手に入れた不可解な液体を使って、
更に危険な実験を行ない、信じられない現象に見舞われる様子を描いた前衛的なSF映画です。

脚本はシドニー・アーロンとなっておりますが、これはパディ・チャイエフスキーの変名で、
過去に『ホスピタル』や『ネットワーク』などの社会派な題材を中心に撮ってきた
パディ・チャイエフスキーとしては異色な内容であり、かなり踏み込んだ倒錯した世界観に驚かされる。
実在の研究者ジョン・C・リリーの研究活動にインスパイアされたらしく、それがモデルになっています。

ちなみにパディ・チャイエフスキーは当初、普通にクレジットされる予定だったのですが、
ケン・ラッセルと仲が悪くなってしまい、映画完成の頃には自分の名前をそのまま使わないよう要求し、
最終的には変名を使うことで決着したとのことで、おそらく本作の出来は彼の意図ではなかったのだろう。

主演のウィリアム・ハートも、当時はチョットだけヤバい空気を漂わせた役者って感じで、
実際に撮影当時は酒と合法ドラッグに夢中だったそうで、この状態はしばらく続いていたようで、
81年の『白いドレスの女』で共演したキャスリン・ターナーに最近、この過去を暴露され話題になりました。

この“タンキング”は本作劇場公開当時、リラックスする手段として実際に流行していたらしいのですが、
高濃度の硫酸マグネシウム溶液に浮かぶことによって、胎児と同じような状態になることによる効果らしい。

ケン・ラッセルと言えば、超堅物で有名だったらしいのですが、
ザ・フー≠フピート・タウンゼントが口説き落として、75年にロック・オペラ『Tommy/トミー』を監督させ、
それまではポピュラー・ミュージックを「くだらん!」と一蹴していたらしいのですが、本作を撮る頃には
すっかり考えが様変わりしていたようで、映画の中ではドアーズ≠フ『Light My Fire』(ハートに火をつけて)が
実に効果的なタイミングで使われており、思わず「おぉ、分かってるじゃん!」と思ってしまいました(笑)。

強烈な印象を残す、オルガンの間奏を倒錯した感覚を包含する運命的な出会いを象徴させるなんて、
やっぱりケン・ラッセルにとっては『Tommy/トミー』がそうとうに大きな経験だったのでしょうね。

映像表現自体も、独特なトリップ効果を生む幻覚を表現しており、
これもやはり『Tommy/トミー』の影響があったことは否めないでしょう。
それまでのケン・ラッセルがこんな独創的な映画を撮れたとは、到底思えませんね(笑)。

それにしても、映画の後半にある主人公が退化してしまって、
こん棒を奪って、研究施設を暴れ回り、屋外に飛び出したら、野良犬に追い掛け回されて、
必死に逃げた先が動物園で、大型動物に狙われ、ゾウと格闘し、急所を狙うなんてシーンは妙に面白い。
一瞬、「オイオイ、マジメにやってんのかよ」とツッコミの一つでも入れたくなる可笑しさ。

これはやや映画のバランスを欠いたようになってしまいますが、
それ以外は堅実な内容になっており、特に主人公が幻覚を見ることに夢中になってしまい、
やや狂気じみたような執念を燃やして研究に打ち込む姿など、実に克明に描けていると思いますね。

まぁ言ってしまえば、これってカルト映画みたいな内容ではあるのですが、
マッド・サイエンティストが暴走する映画っていう感じですが、主人公は生物の進化論の研究よりも、
ドラッグを使ってアイソレーション・タンクに入って幻覚を見ることをに快楽を感じていただけなのかもしれません。

おそらく『Tommy/トミー』での映像表現が基本になっているのでしょうが、
とにかく破綻したような幻覚を表現する、特殊映像効果を使用した映像表現が強烈ですね。

しかし、注目したいのは主人公の幻覚には妻が必ずと言っていいほど登場することですね。
お互いに研究者であり、衝動的に結婚したものの、結婚生活は上手くいかず離婚の危機を迎えていたのですが、
常に幻覚のベースには妻がいたというわけなんですね。これをどう解釈するかは色々とあるとは思うのですが、
僕はこれは主人公なりの愛が本物だったという、ある種、根源的なものを知るという展開が興味深いですね。

『Tommy/トミー』では、映画のラストにある種のカタルシスを感じさせたのですが、
本作でもラストには不思議な感覚に陥ることは必至で、実はこの映画はラブ・ストーリーだったのでは
ないかと考えを巡らせてしまうあたりが、実に意味深長な映画であると思いますね。

あまり大規模な予算がとられた映画ではないと思うのですが、独特なトリップを表現する映像表現を観ていると、
必要最小限なお金でも十分にブッ飛んだ映像表現ができるんだということを、改めて実感させられますね。

ディック・スミスが担当した特殊メイクも素晴らしいし、
最近は莫大な予算を用意して、大規模な映画を撮るということが一つの枠組みとして確立しているのですが、
合成技術や不気味な音楽の使い方をするだけで、十分に個性的なトリップ・ムービーに仕上がりますね。

元々、ケン・ラッセルは退廃的で耽美主義的なところがあった映像作家ですから、
こういった作風がハマる予兆はあったのですが、ここまで上手くいくなら、もっとSF映画を撮って欲しかったですね。
(残念ながらケン・ラッセルは2011年に84歳で他界してしまいました・・・)

まぁ『2001年宇宙の旅』よりもブッ飛んだ内容で、あまり高尚な部分もありませんが、
この時代に流行したB級SF映画としても、かなり異端な存在として注目に値する一作と言えよう。

(上映時間102分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ケン・ラッセル
製作 ハワード・ゴットフリード
原作 パディ・チャイエフスキー
脚本 シドニー・アーロン
    (パディ・チャイエフスキー)
撮影 ジョーダン・クローネンフェス
音楽 ジョン・コリリアーノ
出演 ウィリアム・ハート
    ブレア・ブラウン
    アーサー・ローゼンバーグ
    メイソン・バリッシ
    ボブ・バラバン
    ドリュー・バリモア