大統領の陰謀(1976年アメリカ)

All The President's Men

72年、ニクソン大統領の二期目を目指す大統領選の最中に発生した、
ワシントンの民主党本部のビルに5人の不審者が不法侵入の容疑で逮捕された事件に端を発し、
後に“ウォーターゲート事件”として芋づる式に不正が発覚し、ニクソン大統領が辞任に追い込まれた事件を
スクープするワシントン・ポストの2人の新聞記者の地道な取材活動を描いたサスペンス・ドラマ。

まだ事件が発覚して間もない頃に製作された映画で、ドキュメンタリーのような感覚ではありますが、
政治的なニュアンスを強調する内容というわけではなく、如何にして巨悪を相手にする取材を進めて、
慎重にとった“裏”をしっかりとトレースし、事実を報道することの尊さを描いたという意味で、価値ある一作だと思う。

監督のアラン・J・パクラは社会派映画を撮る上で定評がありますが、
そんな彼の創作スタイルは本作で高く評価されたことで確立されたと言っても過言ではない。

本作はホントに面白く撮れた作品であって、“ウォーターゲート事件”の中身が分かっていなくとも、
本作は十分に楽しめる。劇中、何人も映画の中でハッキリと描かれない、全く登場しない人物名が何度も行き交う。
これらは“ウォーターゲート事件”のことに詳しい人なら、よく分かるところなのでしょうが、映画を観ただけでは
正直言って、よく分からないと思います。それでも、映画は事件そのものを描くというよりも、ボブ・ウッドワードと
カール・バーンスタインという2人のワシントン・ポストの記者の取材をドキュメントすることに注力している。

こうすることで、事件の謎解きよりも、なかなか思い通りにいかない取材を進める難しさと、
徐々に真相に迫っていく醍醐味を描くことに力点を置いていて、事件の知識がなくとも十分に楽しめる構成としている。

大きなキー・マンとなる人物が、数多く登場してくる。
彼らを演じるベテラン俳優たちが脇をカチッと固めているのが、映画を良い意味で引き締めていますね。

ボブ・ウッドワードが情報源として利用する、午前2時の駐車場でしか会えない、
通称“ディープ・スロート”と呼ばれる内情に詳しい男を演じたハル・ホルブルック、ワシントン・ポストの編集責任者を
演じたジェーソン・ロバーズは本作でアカデミー助演男優賞を獲得し、2人の上司を演じたジャック・ウォーデンも良い。

編集責任者のブラッドリーは、政府関係者から目をつけられている存在で、
かつてフーパー長官の一件で、痛い目にあっていることから、巨悪を相手にするスクープに関しては慎重派だ。

これは至極真っ当なスタンスで、マスメディアは確かに政治を監視する役割を果たしますが、
だからと言って、無責任に事実と“裏”がとれていない情報を報じて良いということにはならず、
この辺の議論は昨今の日本でもありますが、情報技術が発達していない時代では、より記者の取材は自分で動いて、
自分で情報源に近づく必要性があったわけで、その取ってきた情報を複数人で精査する必要があったわけです。

それがお手軽に出来る時代になると、いろいろな歪が出てきたのが現代という気もしますが、
本作で描かれたボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインは徹底して、自分たちで情報源に近づきます。
しかし、そうであるがゆえ、気づけば自分たちの命が危険に晒される状況にになっていたという緊張が描かれます。

ある種、ジャーナリズムが巨悪に勝る瞬間を捉えた作品でもありますが、
単なる不法侵入かと思われた事件の不自然さに着目し、いざ関係者を取材すると不審な点が目につき、
何か得体の知れない巨大勢力に脅え口をつぐむ関係者を、なんとか口説き落として証言を得るという
極めて難解なタスクに就く2人の新聞記者が、行き着いた先は合衆国大統領をも加わる組織犯罪だったという驚き。

“ディープ・スロート”に少しずつヒントを与えられながら、真相を暴く寸前になって、
実は追求すればするほど、自分たちの命を危険に晒すリスクに気づいて、盗聴や監視に警戒する2人。
おそらく現実では、かなり早い段階で2人の取材活動は監視されていて、共和党関係者も把握していたのだろう。

しかし、共和党側から見た誤算は、見えない組織力を使って関係者の証言を阻むという、
彼ら自身の影響力を過信していたところにあったようにも見えます。証言者たちが言いたくても言えない状況は
見て明らかな感じですが、それを2人が紐解くことができるまでは、予想以上に早かったのではにないかと思います。

見方次第ではありますが、“ウォーターゲート事件”をドキュメントし総括する映画として考えると、
それは早過ぎた映画だったと思います。社会派なメッセージやジャーナリズムを語るとなれば、
映画の中身的には薄いというか、後年への影響や考察も含めて、核心に肉薄した内容とは言い難いと思います。

ただ、僕は前述したようにボブ・ウッドワードとカール・バーンスタインが取材していく姿を
執拗に映すことで、真実を追求しトレースする姿を映画の中心に据えて、彼らのプロ意識を活写するという意味では、
実に的確なアプローチをとられた作品であり、映画としては優れたクオリティにある作品だと思いますね。
正に社会派映画のお手本と言ってもいいアプローチの仕方で、ドキュメンタリーで十分という内容を超越して、
映画にしか出来ない知的興奮の要素を盛り込んだ作品として、実に教科書的な仕上がりと言ってもいい出来だと思う。

この映画でなんと言っても印象的なのは、タイプライターの音でしょう。
今となっては新聞記者もパソコンやスマホで記事を書いて、添削ソフトも使っているのかな?と思いますが、
この時代はタイプライターで最初っから最後まで文字をひたすらタイプして作らなければならないという、
アナログな時代だったわけですが、これが映画にとって実に良い道具となっていると思う。この着目は素晴らしい。

“ディープ・スロート”の警告内容をカール・バーンスタインに伝えるために、
ボブ・ウッドワードが無言でカールの自宅を突然訪れて、タイプライターを使うシーンは映画史に残る名シーンだ。

この映画は直接的な対立があったり、脅迫があったり、取材妨害にあったりするわけではない。
新聞記者ですので、捜査ではなく、あくまで取材にしかすぎないのですが、警察をも手が及ばない領域に達した
組織的犯罪を暴き、その恐るべき目的を知るためには関係者の証言をとっていくしか無いわけですね。
それが2人が事件の核心に迫ろうとすると、途端に突き放されてしまう。この駆け引きが本作の面白さでしょう。

実体の見えないものを掴もうとすればするほど、掴めないように操作されているかのよう。
しかし、それでも前述した共和党側の過信なのか、「漏れ出るものは止められない」ことがワシントン・ポストにとって、
追い風となり、2人の新聞記者が始めた取材が、時の合衆国大統領の政権を退陣に追い込むことにつながります。

それを一切の派手な演出を排し、静かに地道に撮ることを徹底したアラン・J・パクラのスマートさ。
この映画で描かれたこと全てがノンフィクションというわけでもないような気がしますが、それでも実に見応えがある。

しかし、僕は思うのですが...この映画は“ウォーターゲート事件”のことを知ろうとして、
事件の本だとかを読んで観賞して、必死にストーリーを追おうとしても、この映画の醍醐味を味わえないと思う。
劇中で描かれない人物像や地位のよく分からない名前が連呼されますが、この人物たちは結局よく分からないし、
映画のメイン・ストーリーを考慮しても、あまり強い意味を持たない人物も多く語られているように思えます。

そう思うと、一つ一つの事実の“裏”をとって核心に迫っていくという、ジャーナリストの振る舞いを
つぶさに観ることができずに、この映画の魅力を存分に味わうことができないように思います。
勿論、“ウォ−ターゲート事件”について知っていることに越したことはありませんが、それだけが本質ではないと思う。

しっかし、ボブとカールの取材は現代では出来ないアプローチも結構ありますね。

ワシントン・ポストの同僚の女性が付き合っていた男からリストをゲットするために、
この女性にけしかけたり、かなり強引に証言を拒んでいる共和党関係者の自宅に入り込んだり、
コンプライアンスに厳しい現代社会では通用しない取材も多々見られますが、こういう時代だったとしか言いようがない。

エンターテイメントとして十分に魅力的だが、台詞が膨大にあるので、観る前には体力を養っておいた方が吉(笑)。

(上映時間138分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 アラン・J・パクラ
製作 ウォルター・コブレンツ
原作 カール・バーンスタイン
   ボブ・ウッドワード
脚本 ウィリアム・ゴールドマン
撮影 ゴードン・ウィリス
音楽 デビッド・シャイア
出演 ダスティン・ホフマン
   ロバート・レッドフォード
   ジェーソン・ロバーズ
   ジャック・ウォーデン
   ハル・ホルブルック
   ジェーン・アレクサンダー
   ネッド・ビーティ
   リンゼー・クローズ
   フランク・マーリー・エイブラハム

1976年度アカデミー作品賞 ノミネート
1976年度アカデミー助演男優賞(ジェーソン・ロバーズ) 受賞
1976年度アカデミー助演女優賞(ジェーン・アレクサンダー) ノミネート
1976年度アカデミー監督賞(アラン・J・パクラ) ノミネート
1976年度アカデミー脚色賞(ウィリアム・ゴールドマン) 受賞
1976年度アカデミー美術監督・装置賞 受賞
1976年度アカデミー音響賞 受賞
1976年度アカデミー編集賞 ノミネート
1976年度全米脚本家組合賞脚色賞<ドラマ部門>(ウィリアム・ゴールドマン) 受賞
1976年度全米映画批評家協会賞作品賞 受賞
1976年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(ジェーソン・ロバーズ) 受賞
1976年度ニューヨーク映画批評家協会賞作品賞 受賞
1976年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ジェーソン・ロバーズ) 受賞
1976年度ニューヨーク映画批評家協会賞監督賞(アラン・J・パクラ) 受賞