アリスの恋(1974年アメリカ)

Alice Doesn't Live Here Anymore

名匠マーチン・スコセッシが描く、子育てと恋愛。
70年代に彼が発表した映画の中で、本作が一番好きだと思う僕は異端でしょうか。

ませた息子の子育てに手を焼くシングルマザーの視点から、
様々な葛藤を繰り返しながらも、充実した生活を手にしようと必死に生きる姿を描いています。
ひじょうにポジティヴで常に歩き続けようとするヒロイン、アリスの姿は感動的ですらある。

また、いかにもマーチン・スコセッシらしい音楽の使い方も嬉しいですね。
冒頭、モット・ザ・フープル≠フ『All The Way From Memphis』(メンフィスからの道)を大爆音で聴き、
途中の破綻したようなセッションのあたりで、「朝っぱらから、こんなの聴いて!」と怒られる息子から始まり、
まるでロード・ムービーのようになる映画の中盤、エルトン・ジョンの『Daniel』(ダニエル)が上手く画面を彩り、
本業がカントリー歌手である、クリス・クリストファーソン演じるデビッドとケンカになるキッカケを作ったのは、
T−REX≠フ『Jeepstar』(ジープスター)。それぞれが上手く映画にフィットしているから不思議だ。

そんなロックが彩る中で、展開されるシングルマザーの葛藤は実に起伏に富んでいる。

突然、失った愛する夫との生活への思い残しから脱却し、
すぐにでも次なる生活に順応しようと、必死に職探しに出るアリスですが、すぐに仕事などありつけません。

確かに彼女が語る通り、アリスはかつて歌手を目指しており、
ピアノとヴォーカルはそれなりの腕前を持っていましたが、プロのレヴェルから言えば、まだまだ。
しかもバーで歌うには、あまりにレパートリーが狭く、場末の飲み屋で歌われる楽曲など知らなかったのです。

しかし、それでもアリスは必死です。
幼い頃から不思議な魅力を持っていたアリスは歌手の仕事をゲットし、
文字通り、場末のバーで歌い手を行っていたところ、いかにもチンピラ風な若い男に誘惑され、
自分を守ろうか、恋するかという選択肢を掲げられます。そこでこの映画が実はもう一つ、
大きなテーマを持っていることに、観客は気づかされることになるのです。

それは、女性としての自立であり、シングルマザーの恋愛なのです。

一言で言えば簡単ですが、実際、シングルマザーという立場に立てば、
とても複雑な問題をはらんでいることは確かで、愛する息子の母親とは言え、アリスは一人の女性。
しかもまだ35歳という年齢であり、彼女自身、愛する夫を失ったばかりとは言え、
女性として頼りになるパートナーを求めたくなる気持ちは、どうしたって抑えられないのです。

そう、別に彼女は完璧な母親ではなく、息子に対しても甘やかしたり、理不尽に怒ったり、
後悔と反省を繰り返しながら、彼女はなんとか生活してきており、そんな姿が実に感動的だ。

そして同時に、難しい年頃を迎えた息子には、頼りになる父親が必要な時があることを
アリスも無意識的かもしれませんが、当然、気づいていたはずで、そんな男を常に意識しているのです。

但し、いざパートナーを求めるとは言え、
自身がシングルマザーであり、ませた息子がいるということを受け入れてもらえる男でなければ、
当然、共に新たな生活に出ることなどできるわけがありません。それと同時に、息子の気持ちがあります。
息子がどれほど新たな父親を受け入れ、打ち解けられるか、それがアリスにとっては脅威でもあったはず。

別にこの映画は「非日常」を描いていたわけではなく、
あくまでマーチン・スコセッシはアリスの「日常」をドキュメントします。アリス自身、完璧な人間ではなく、
時に他人を傷つけ、傷つけられ、束の間の成功もあれば、失敗することも数多くあります。
しかし、彼女はそんな一コマ一コマで、感情に流されたり、立ち止まったりするわけにはいかないのです。
何故なら、彼女は必死だからです。それは自分が生活するためでもあり、息子を養うためなのです。

そんなアリスの姿を名女優エレン・バースティンが好演。
見事、本作の熱演が認められて、初めてアカデミー主演女優賞を獲得することになります。
彼女自身、当時、既に実力派女優の一人でしたが、初めてのオスカー獲得でした。
彼女は20代の頃、ナイトクラブの踊り子をやったりして、30代になってからテレビ女優としてのデビュー、
この頃にアクターズ・スタジオに入学して芝居の勉強をするなど、遅咲きな女優さんでしたので、
本作でようやっと高く評価されたことは、彼女にとってホントに価値のある出来事だったでしょうね。

そんな彼女が見せる表情一つ一つには、息子に対する愛情がよく出ている。
この作品でのエレン・バースティンはホントに名芝居だったと思う。これは映画史に残るかもしれない。

ちなみに息子が憧れを抱く、ギター教室で知り合う友人として、
子役時代のジョディ・フォスターが出演しておりますが、この頃から光り輝いていますね。
本作では男の子のような容姿で出演しておりますが、マーチン・スコセッシは76年の『タクシードライバー』で、
彼女をもう一度起用し、アカデミー助演女優賞候補になるなど、その後のキャリアに強い影響を与えました。

僕は本作を初めて観たとき、本音を言えば、
「マーチン・スコセッシもこんな映画を撮れるんだぁ!」と驚いてしまいました。
ひょっとすると、彼の映画のファンでも本作を観たことがない人がいるかもしれませんので、
まだ一回も観たことがない人には、是非とも鑑賞をオススメしたいですね。

実は僕、本作がマーチン・スコセッシ監督作の中で一番、好きな映画なんですよね。。。

(上映時間113分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 マーチン・スコセッシ
製作 デビッド・サスキンド
    オードリー・マース
脚本 ロバート・ゲッチェル
撮影 ケント・L・ウェイクフォード
音楽 リチャード・ラサール
出演 エレン・バースティン
    クリス・クリストファーソン
    ビリー・グリーン・ブッシュ
    バーベイ・カイテル
    ダイアン・ラッド
    ジョディ・フォスター
    バレリー・カーティン
    ローラ・ダーン
    レリア・ゴルドーニ

1974年度アカデミー主演女優賞(エレン・バースティン) 受賞
1974年度アカデミー助演女優賞(ダイアン・ラッド) ノミネート
1974年度アカデミーオリジナル脚本賞(ロバート・ゲッチェル) ノミネート
1975年度イギリス・アカデミー賞作品賞 受賞
1975年度イギリス・アカデミー賞主演女優賞(エレン・バースティン) 受賞
1975年度イギリス・アカデミー賞助演女優賞(ダイアン・ラッド) 受賞
1975年度イギリス・アカデミー賞脚本賞(ロバート・ゲッチェル) 受賞