アフター・ダーク(1990年アメリカ)
After Dark, My Sweet
かつてボクサーとして活動し、その結果、脳に障害を負って病院に入院していたものの、
逃げ出し田舎町を転々としていた男が、うだるような暑さの中、砂漠の町にあるバーで出会った未亡人に惹かれ、
何故か彼女の自宅の敷地内にある部屋を借りることになったものの、妙な事件に巻き込まれるクライム・サスペンス。
後に『スピード2』で主役級の役をゲットすることになるジェイソン・パトリックが出演していて、
ミステリアスでどこか日常に疲れた雰囲気の色気をプンプン漂わせるヒロインにレイチェル・ウォードというコンビ。
監督は92年の『摩天楼を夢みて』で評価されることになるジェームズ・フォーリーで、
90年代のジェームズ・フォーリーは妙にカルト的な人気を誇るディレクターで、本作も一筋縄にはいかない作品だ。
どことなくハードボイルドであり、どこか常にフワフワと浮ついたような感覚が映画全体を支配している。
なんか、哲学的で一種独特な映画で、訳の分からない会話で構成されている映画ではあるのですが、
要するに未亡人に惹かれた主人公が、奇妙な居候生活を始めて、彼女の叔父と名乗る男と知り合ったことで
金持ちの子どもを誘拐する計画に誘われて実行するものの、実行途中でバレたり、誘拐する子どもを間違えたり、
実は子どもが重度の糖尿病であることが分かったり、決して計画通りにスムーズにいくわけではない様子を描き、
現実と虚構の間で彷徨っているような感覚に陥らせる作品だ。これほど暑い空気感がマッチしている映画も珍しい。
ヒロインを演じたレイチェル・ウォードは出演作が多くない女優さんではありますが、
80年代は規模の大きな映画にも出演しており、特に『シャーキーズ・マシン』と『カリブの熱い夜』は有名です。
本作での仕事ぶりも悪くないのですが、結果的に若い男を手玉にとる未亡人という感じでもなく、
彼女自身には悪意はないのかもしれないが、不思議と周囲の男たちをダークなことに引き込んでしまうという、
ある種の“ファム・ファタール”(運命の女)という位置づけを上手く表現していて、もっと評価されても良かったと思う。
一方で、そんな彼女の魅力にとりつかれた結果、善悪の区別がつかずに悪事を働く若者を
ジェイソン・パトリックが演じているわけですが、脳に障害を負っているとは言え、“ボーダー”な感じで健常にも見える。
どこかエキセントリックな反応を見せることもあって、情緒不安定なところもありますが、どこかほっておけない感じだ。
ヒロインの叔父と名乗る“アンクル・ボブ”を演じたのが名脇役で知られるブルース・ダーンですが、
彼はなんだか中途半端な扱いに見えたなぁ。個人的にはもっと意味の大きなキャラクターであって欲しかったなぁ。
主人公が元ボクサーであることを予め分かっていたのかと思いきや、そういうわけでもなく、計画性がゼロの杜撰さ。
元警察官とは言いますが、主人公の外堀りを埋めて犯行に及ぼさせる用意周到さもなく、ラストは実にアッサリと退場。
こういう姿を見ると、主人公の妄想も絡んでいるのかとも思わせられたのですが、そんな感じでもない。
本作は実に魅力的な設定の映画だと思うのですが、脇役の使い方は上手くなくて、なんだか勿体ないですね。
強いて言えば、主人公を一見助ける風に近づいてくる医師の存在が印象的ではあるのですが、
僅かながらも同性愛的なニュアンスを流しつつも、そこもハッキリとさせない。この映画はそういった、何もかも曖昧に
描いていくことが魅力というのなら、それはそれでいいと思うのですが、僕にはそんな感じにも見受けられなかった。
そういう意味では、魅力的な“土台”を揃えた映画でありながらも、生かし切れなった部分が目立ちます。
まぁ、『ロンリー・ブラッド』からカルト的な人気を誇るジェームズ・フォーリーの監督作品なので、
どこか、ひとクセもふたクセもある映画に仕上がっている感じで、彼の映画のファンであれば楽しめるでしょうね。
ただ、普通のクライム・サスペンスという感じではないので、結構、根気良く観ないと楽しめない作品だと思います。
個人的には誘拐した子どもが実は糖尿病で、インスリン注射をしないと死んでしまう危機に瀕して、
慌てた主人公がなんとかしようとするエピソードは興味深かった。夕食を嘔吐して、翌朝には顔色が悪くなり、
見る見るうちに容態が悪化していき、重症の症状を呈していることに危機感を抱いた主人公が行動するのですが、
この現実を目の当たりにして、ヒロインは慌てるばかりで何も出来ないし、誰も行動しようとしない現実が怖い。
主人公は子どもに優しかったという設定ではありますが、インスリンなどの備蓄がないと素人は何もできないし、
脳の障害が原因で主人公が入院加療していたからこそ、医療行為が必要な状況と適切な判断ができたのでしょう。
そんな主人公のボクシング・シーンがフラッシュ・バックするように何度か挿入されますが、
彼も障害を負って引退したということもあり、積極的に思い出したいことというわけではないのだろう。
とは言え、病院にいつまでも押し込められる日々が嫌で逃げ出し、砂漠地帯に点在する田舎町を放浪するわけで、
たまたま入ったバーで他の客に絡むように独り言を言って、店員からも怪訝な顔をされたりすることを繰り返している。
そんな中で、彼の独り言を冷たくあしらうように返答してきたからこそ、このヒロインに興味を持ったのだろうし、
うだるような暑さの中で、彼女が放つ何とも言えないセクシーさに惹かれ、一端は彼女を突き放してしまうが、
結局は彼女に近づいてしまう。彼女もまんざら嫌な感じでもなく、若い肉体に興味を持ったせいか、彼に居候を勧める。
そんな唐突な2人の出会いが、トンデモないことに巻き込まれるわけですが、ある種のケミストリーを描いていると思う。
決して刹那的な展開というわけではないのですが、誘拐事件が少しずつ計画通りにいかないところが積み重なり、
主人公は勿論のこと、ヒロインや“アンクル・ボブ”との関係性も悪化し、感情的にぶるかることも増えていきます。
犯罪者の仲間割れというのは、往々にしてこんなものなのかもしれませんが、
すぐに身代金を回収して終わるはずの誘拐事件が、思いもよらぬトンデモない方向へと動き始め、
次第に主人公も八方塞がりの窮地に追いやられていることに気付きます。映画の後半で、身代金の受け取りに
空港を訪れるシーンがあるのですが、この一連のシーンに緊張感が無いのは残念。ここはしっかり描いて欲しかった。
このシーンはサスペンス映画として、もっとも力を入れるところになるべきシーンだったので、
アッサリとトントン拍子で進めていくのですが、もっと緊張感を持って描いて、映画の見せ場として欲しかった。
だって、警察官もたくさんいて、命からがら逃げるというシークエンスなのだから、盛り上がりに欠けるのは致命的です。
それはラストシーンが結構、良いだけに尚更そう感じてしまったんですよね。
映画のラストでは、誘拐の落としどころを見失った主人公とヒロインが不安定なやり取りを繰り広げます。
これは多様な解釈ができるラストシーンではあるのですが、主人公の行動と言動は唐突に感じるかもしれない。
ただ、基本は子どもに優しく、人道的な判断を下してきた主人公だからこそ、彼をつなぎ留めるいたものは
ヒロインとの肉欲でしか無かったのではないかと思える。しかし、それが彼をつなぎ留めるものではなくなり、
主人公がどう事件の落としどころをつけるかという、彼なりに考えたことが、このラストシーンで示されていると思います。
この辺はジェームズ・フォーリーの演出もどうとでも解釈できるようなラストとして描いていて、
なんとも絶妙に上手いところだ。正直言って、本作自体の出来はそこまで良くないような思えて、
「終わり良ければ総て良し」とまでは言えないけれども、それでもこのラストは絶妙なテイストで印象的である。
登場人物の会話があっち行ったりこっち行ったりしている感じで、とても分かりづらい構成ですが、
このラストに関してはあらゆる解釈ができる演出になっていて、なんとも絶妙に上手いなぁと感心してしまいました。
どこか浮ついたような感覚があるのは本作の大きな特徴であり、この一貫性は悪くないと思うが、
やっぱり、もっとメリハリの利いた部分は欲しかった。どうしても、これでは少しずつピースが足りていないように感じる。
キャスティングも悪くないが、脇役キャラクターが中途半端に扱われているように感じるなど、チグハグに感じてしまう。
ジェームズ・フォーリーの力量からすれば、もっと上手く出来たはずと思えるだけに勿体ない。
これならば、いっそのこと主人公とヒロインの関係はプラトニックな感じで最後まで引っ張った方が良かったかも。
その方がこのラストはもっとやるせない、切ないテイストを残せたかもしれない。他作品とも差別化できたかもしれない。
本作はビデオソフト化されて販売もされていましたが、残念ながらDVD化されなかったようですね。
そういう意味では視聴困難だったのですが、動画配信(サブスク)で視聴できるようになったので有難いですね。
ただ、それでも僕の期待が高過ぎたせいか、隠れた傑作というほどではなかったですね。
まぁ・・・ハードボイルド・タッチな映画が好きな人にはオススメできますが、サスペンスとしてはイマイチかな。
(上映時間111分)
私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点
監督 ジェームズ・フォーリー
製作 リック・キドニー
ボブ・レドリン
原作 ジム・トンプソン
脚本 ボブ・レドリン
撮影 マーク・プラマー
音楽 モーリス・ジャール
出演 ジェイソン・パトリック
レイチェル・ウォード
ブルース・ダーン
ジョージ・ディッカーソン
ジェームズ・コットン
ロッキー・ジョルダーニ