アフリクション 白い刻印(1998年アメリカ)

Affliction

トンデモなく重たく、暗い映画ですが...
これはひじょうに良く出来た作品であり、見応えがある久しぶりに厳しい映画と感じました。

主人公のウェイドという男は、雪深い田舎町の警察官でありながらも、
町の若者たちが公然とマリファナを吸っていることを容認し、飲酒や喫煙もとがめない。
自身も酒浸りの日々で、別離を迎えた妻子との別居理由も、彼の暴力的な振る舞いが原因だ。

せっかくの娘との面会の機会でも、徹底して独りよがりな態度をとってしまうウェイドも
飲んだくれては暴力を振るう、横暴な父親に育てられたためか、どうしてもその残像が消えない。

優秀な弟は町を出て、大学教授になり、体の自由がきかなくなりつつある両親の面倒は、
ウェイド自身で看るしか術がなく、生活が上手くいかない中、娘を取り返す訴訟を起こそうかと検討する。

唯一、心許せるガールフレンドを両親に紹介しようと、
凍えるような寒い朝、両親が暮らす実家を訪れるウェイドでしたが、家の中は屋外とほぼ同じ気温で、
リビングにいる父親はチェアーに腰掛けながらも、何故か薄着で家の整理がついていない印象でした。
なかなか起きてこない母を心配したウェイドは寝室に入るも、母が死亡している事実を知ります。

ここから映画は動き始めるわけで、実はそれまで30分以上も要します。
しかしながら、これまでの前置きはひじょうに重要なものであり、時間の長さは感じさせません。

監督のポール・シュレイダーは『タクシードライバー』の脚本家であり、
言ってしまえば本作、『タクシードライバー』の主人公トラビスが中年化し、田舎町に出現したような設定で、
ウェイドが正義感を暴走させ、狂ってしまった人生の歯車を最後まで戻せずに、やがてはトンデモない悲劇へと
向かってしまう姿を、静かに厳しい語り口で描いており、秘めたエネルギーが蓄積されたような映画です。

このウェイドという男、とにかく何事も上手くいきません。
前述したように妻とは別れ、娘を取られ、横暴な父親の面倒を看なければならず、
町を出た弟は大学教授となり、頼れる存在ではない。唯一、心許せる存在と言えばガールフレンドただ一人。

雪深い田舎町に暮らし、特有の閉塞感ある雰囲気に支配され、
警察官とは言え、真っ当な仕事と言えば、通学路の交通整理ぐらいで、ロクに取り締まりもしないものだから、
町の若者たちからは甘く見られ、評判も良くない。その上、アルバイトで町の有力者の手伝いをする始末。

そして彼は幼い頃に受けた、父親からの粗暴な扱いがトラウマとなり、
今でも父親に頭が上がらない一方で、自分が父とは異なる人間である証拠を探したがっている。

しかし、愛情表現が上手くはなく、感情の起伏も激しいウェイドは、
つまらないことで激高し、せっかくの面会の機会を自ら潰してしまい、娘との関係も良くありません。
しかし、上手くいかないことで、より彼のイライラは募るばかりで、どうしても人生の歯車が噛み合いません。

すると、町の有力者の事務所で一緒に働く、ジャックが同行した狩猟にて発生した事故について、
推理したくなる気持ちが働き、ウェイドは正義感に燃え、真相を暴きたくなります。
勿論、ウェイドは警察官ですから、こういう心理が働き、捜査すること自体は悪くないのですが、
問題は事実、証拠に基づいた捜査であれば正当だったのですが、ウェイドは勘に頼っていただけでした。

それがやがてはトンデモない方向性へと向いてしまい、
ウェイドの行動は暴走していき、より彼は孤立した存在となってしまいます。

そこで彼は歯医者に電話します。何故なら、彼は歯が痛かったのです。
これが我慢の限界に至ったウェイドは、ついに自力で歯を抜く決心をします。
映画の終盤にこのシーンがあるのですが、ウェイドを演じたニック・ノルティ、鬼の形相の大熱演です(笑)。

ペンチを持ってきて、アルコール度数の高い酒でゆすいで殺菌し、
彼は意を決して台所で強引に歯を抜きます。このシーン、チョット痛過ぎます(笑)。
かつて『マラソン マン』でダスティン・ホフマンが拷問されるシーンもありましたが、
直接的な迫真の演技は、本作のニック・ノルティの方が上かもしれません。
右目だけから、一筋の涙をタラッと流すあたりも妙にリアルで、思わずホントに抜いているのかと錯覚するほど。

強烈なインパクトでオスカーを受賞した、
父親役のジェームズ・コバーンは、生前最後の熱演と言ってもいいかもしれません。

映画はただ淡々とストーリーを綴っていくのですが、
その中でトンデモない暴力親父を熱演しており、特に回想シーンの憎たらしさは強烈でしたね。
確かにあんな老いても親父だったら、誰もが手を焼くだろうと容易に想像されます。

映画は徹底して救いがありません。
正義感にかられて推理を進めたウェイドは、自分で意識せずとも、トンデモない行動に出てしまいます。
最も彼自身に悪気はないことに加え、彼自身が望んでいなかった父親と似た性格を持っていることを
無意識的に証明してしまうなど、本性が悪人とは言い難いだけに、この結末には胸が痛む。

そういう意味で、本作はウェイドの弟が一番の偽善者であるような気がしてならない。
第三者的のようにナレーションしているが、ウェイドに協力者がいれば、もっと変わっていたかもしれない・・・。

(上映時間114分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 ポール・シュレイダー
製作 リンダ・レイズマン
    エリック・バーグ
脚本 ポール・シュレイダー
撮影 ポール・サロッシー
音楽 マイケル・ブルック
出演 ニック・ノルティ
    ジェームズ・コバーン
    ウィレム・デフォー
    シシー・スペーセク
    ブラウリー・ノルティ
    メアリー・ベス・ハート

1998年度アカデミー主演男優賞(ニック・ノルティ) ノミネート
1998年度アカデミー助演男優賞(ジェームズ・コバーン) 受賞
1998年度全米映画批評家協会賞主演男優賞(ニック・ノルティ) 受賞
1998年度ニューヨーク映画批評家協会賞主演男優賞(ニック・ノルティ) 受賞
1998年度インディペンデント・スピリット賞作品賞 ノミネート
1998年度インディペンデント・スピリット賞主演男優賞(ニック・ノルティ) ノミネート
1998年度インディペンデント・スピリット賞助演男優賞(ジェームズ・コバーン) ノミネート
1998年度インディペンデント・スピリット賞監督賞(ポール・シュレイダー) ノミネート
1998年度インディペンデント・スピリット賞脚本賞(ポール・シュレイダー) ノミネート
1998年度インディペンデント・スピリット賞撮影賞(ポール・サロッシー) ノミネート