目撃(1997年アメリカ)

Absolute Power

90年代以降のイーストウッドの監督作品としては、あまり注目を浴びずに終わった印象だけど・・・
確かに物足りなさもありますけど、ヒッチコックのスリラー手法も少しだけ匂わせる、ミステリー・サスペンスだ。

ミステリーとは言え、謎解きというよりも、自身に迫る危機を如何に回避するかに焦点を絞っており、
イーストウッドが演じる主人公の泥棒はアンチ・ヒーローながらも、巨悪に立ち向かう感覚が半端ない奇妙な存在。
『許されざる者』でも起用したジーン・ハックマンに大統領役を安心して任せて、イーストウッドは心置きなく演じている。

映画は計画的に大富豪の邸宅の警備システムをかいくぐって侵入した泥棒のルーサーが、
金品を物色中に酔っ払った男女が帰宅してきて、マジックミラー越しに男女の逢瀬を見るハメになったものの、
男は暴力的な性嗜好があるようで、次第に一方的な扱いになり、女性は頑なに拒否し始めるものの男は止めない。
出るに出れないルーサーは驚くものの、必死に抵抗する女性はナイフを手にして、男の腕を刺し状況は半狂乱に。
激昂した男を止めるために馬乗りになった女性がナイフを振りかざしたところ、シークレット・サービスと思われる
2人組の男が女性を銃殺する。ルーサーはシークレット・サービスが現場の証拠を隠滅し、立ち去るのを目撃する。

しかし、現場にナイフを忘れたことに気付いたシークレット・サービスが慌てて現場に戻るものの、
そこはルーサーがナイフを持ち去って屋敷の窓から脱出。それを見たシークレット・サービスは暗視レンズを使って、
逃走するルーサーを追いますが、最後は取り逃がしてしまう。その後、ルーサーの天才的な泥棒の腕に目を付けた
刑事セスから接触を受けたり、ルーサーの娘であるケイトまで危険が及び、ルーサーは怒りに震え反撃を決意します。

映画は少々、荒っぽいところがあって今一つな部分もあるにはあるのですが、
冒頭のルーサーが強盗に入って、大統領らが部屋に入って来て事件に至るまでのシーン演出は素晴らしい。
ジーン・ハックマンもホントにトンデモない奴を演じ切っているし、一転して女性が必死の抵抗にでる半狂乱で
思わず「一体どうなってしまうのだろう?」という緊張感がある。この一連のシーンはヒッチコックの映画のようだ。

ワーナー・ブラザーズ配給の映画のせいか、映画の終盤で突如としてTVドラマ・シリーズの
『ER −緊急救命室−』の見覚えのあるセットが登場したり、オープン・カフェで襲撃されたり見どころがありますけど、
僕が感じたのは、この映画の主人公がアンチ・ヒーローであり、ハッキリ言って悪人だというのが特徴的だということ。

それゆえに、ルーサーからすれば易々と自分の尻尾を出すようなマネもし難いわけですが、
自身の保身のためには手段を選ばず、ルーサーの娘にまで危害を及ぼそうとする大統領の姿に憤り、
ルーサーも捨て身の反撃を試みることにします。ただ、あまりに危険な道であることは否定できないわけですね。

そんな複雑なキャラクターをイーストウッド自身が演じているというのが興味深いのですが、
目の前で暴力を振るっている姿を見て臆したり、もの凄く娘想いなところがあって勝手に冷蔵庫の中に食べ物を
“差し入れ”したりと、何かと悪党になり切れないところがあるのは、これはこれでイーストウッドらしいところでもある。

ただ、欲を言えば、映画の終盤はもっと粘って欲しかった。あまりにアッサリさせ過ぎている。
どうやら原作と映画の後半の展開が大きく異なっているようだから、どうせならもっと脚色しても良かったと思う。

相手は合衆国大統領。原題通り、“絶対権力”を持つ政治家が相手なわけですから、もっと手強くても良い。
勿論、大統領が関わった犯罪だから、内輪の少数の間でもみ消したいとする大統領側近の気持ちはよく分かるが、
どうせ公開捜査になって大々的に報じられている事件だ。オマケにオープン・カフェでのシーンでは、公然と狙撃する。
そこまでする相手なのだから、映画の終盤はアッサリと降伏するのではなく、もっとしつこく粘る姿があっても良かった。
そして、出来ることならルーサーと大統領の直接対決が観たかった。そう思わずにはいられない内容の作品なのです。

相手が相手なだけに地位や名誉にすがる立場だろうし、それに忖度するように異常な手段にでる側近がいる。
経済的にも社会的にもルーサーにとっては負け戦になる中、それでも敢えて挑む相手なのですから、
特にジーン・ハックマンのキャラからいけば、もっとしつこくルーサーに執着してくる手強い悪党になり切れたはずだ。
それが映画の終盤は極めて劇的に、スピーディーに収束していってしまうので、あまりの撤退の速さに違和感がある。

やっぱり、こういう映画はもっとドキドキ・ワクワクさせて欲しいと思っちゃうので、
そのための脚色であれば原作者が了解するなら、僕は映画的になるように描くべきだったと思います。
落ち着いたストーリー展開もいいのだけれども、本作の場合はもっと劇的な結末を期待してしまっていましたね。

特に大統領側近として、スコット・グレンにジュディ・デービスとクセ者俳優たちが揃っていて、
特にスコット・グレン演じるシークレット・サービスは映画の前半では、タフな元刑事というキャラクター造詣だったので、
映画の終盤の彼の扱いは、なんだか急激に雑になってしまったように感じられ、とても勿体ないと思いましたね。

この側近もタフな刑事に見えて、どこか脆さはあるというキャラクターなのだろうけど、
ジュディ・デービス演じる女性大統領補佐官と反目するなど、映画のキー・マンになりそうだっただけに、
予想以上に実にアッサリと退場してしまう展開にはビックリですね。もっと最後まで粘っこく出せば良かったのに・・・。

そのジュディ・デービス演じる大統領補佐官も上昇志向が強いのか、大統領のことが個人的に好きなのか、
一体何なのかよく分かりませんけど(苦笑)、簡単にアクセサリーでルーサーの思惑通りに動いてしまったり、
色々と修羅場を経験してそうな大統領補佐官の割りには、脇が甘い(笑)。こんな調子では手強くないですよね。

それでいて、この連中は想像以上に大胆な手法でルーサーに脅しをかけてきます。
いくら大統領の発案とは言え、ルーサーの娘を襲撃する方法は大胆というか、証拠を残しまくりでなんだかスゴい。
さすがにもっと上手くやろうと思えば出来たと思うのですが、あまりにスゴい力技で全く賢く見えないのが・・・。
まぁ、その後にルーサーも病院内でビックリすることやっちゃうので“おあいこ”ですが、大胆というか杜撰というか・・・。

そんなわけでイーストウッドが描いた作品としては、少々、作りが甘いというか...一貫性に欠く部分はあるのですが、
まぁ・・・それでも、このグイグイ引っ張り込まれるように展開される映画の前半などは、実に魅力的な映画だと思う。

そこにはルーサーの人間味あふれるところも映画の魅力の一つになっているというのもあるだろう。
やはり娘をずっと追い続けていたのか、自宅には別々に暮らす娘の写真ばかり、というのも泣かせる演出だし、
前述した娘の部屋に勝手に侵入して冷蔵庫に食料を補充するのは嫌だけど(笑)、それでもこれはこれで親の愛情。
そして見るからに怪しい状況だというのに、娘に呼ばれたからという理由一つで、白昼堂々、オープン・カフェに出向き、
変装せずに娘に会いに来るなんて、危険を顧みない娘想いの父親(笑)。こんな泥棒、なかなかいませんよね(笑)。

でも、世紀の大泥棒扱いされながらも、このルーサーという主人公は娘想いの父親ということを強調したいのだろう。

それでこそ、彼自身も泥棒で大きな顔はできない立場であるとは言え、
大統領の偽善とあまりの横暴ぶりに怒り、一人立ち向かおうとするという設定に猛烈なエネルギーが生じる。
実際、この映画にそこまでエネルギーが無ければ、ルーサーが立ち向かうことに大義は生まれないですからねぇ。

しかし、この映画のクライマックスの展開が物足りないと感じる一方では、
イーストウッドは妻を殺害された大富豪を演じた名優E・G・マーシャルに花を持たせたかったのだろうとも思った。
彼が映画の終盤にホワイトハウスに入っていくシーンが流されますが、大統領に押し上げた重要人物として、
大統領と面会して本音のところを伝えたと見るのが妥当な解釈だと思いますが、結局は彼がキー・マンだった。

言わば、ルーサーから見ても自身が強盗に入った家主に救いを求める状況になったわけで、
実は結構なキー・マンを演じたと見るべきだと思う。実際、本作がE・G・マーシャルの出演映画としては遺作になった。

ここまでのキー・パーソンとして描くという決意があったのは、E・G・マーシャルに注目を集めたかったから。
そうでなければ、この大富豪の存在をここまで大きくクローズアップしては描かなかったと思いますね。
これで大統領が悪あがきする姿を描けば、ここまでE・G・マーシャルの存在感を強くは描けなかったでしょうから。

そういう意味では、ルーサーが車の運転手に化けてE・G・マーシャル演じる富豪を説得するシーンって、
本作のハイライトの一つだったのかもしれませんね。イーストウッド自身は淡々と演じていましたけど・・・。

00年代以降の傑作を連続して製作するイーストウッドの手腕を期待してはいけませんが、
映画の序盤の描き方には特筆すべきものがあり、全体的にも僕は過小評価だったのではないかと思っています。
やはり映画の醍醐味を少なからずとも内包している作品は強いです。マジックミラー越しのドキドキ感を
イーストウッド演じる主人公ルーサーと共有できた人なら、これだけで本作を観た価値はあったと思えるはずです。

(上映時間121分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 クリント・イーストウッド
製作 クリント・イーストウッド
   カイル・スピーゲル
原作 デビッド・バルダッチ
脚本 ウィリアム・ゴールドマン
撮影 ジャック・N・グリーン
美術 ジャック・G・テイラーJr
編集 ジョエル・コックス
音楽 レニー・ニー・ハウス
出演 クリント・イーストウッド
   ジーン・ハックマン
   エド・ハリス
   ローラ・リニー
   スコット・グレン
   ジュディ・デービス
   デニス・ヘイスバート
   E・G・マーシャル
   リチャード・ジェンキンス
   メロラ・ハーディン
   アリソン・イーストウッド