アバウト・タイム 〜愛おしい時間について〜(2013年イギリス)

About Time

タイム・パラドックスを恋愛、親子愛、人生という観点から綴った秀作。

残念ながら本作で映画監督としてのキャリアからの勇退をしたリチャード・カーティスの監督作品で、
暗い場所で手を握って祈れば過去にタイムスリップして、都合良く“やり直せる”能力を持った主人公が
恋愛が上手くいかずトラウマを抱えつつあった思春期に始まり、「運命の出会い」を引き寄せるため、
精神不安定になった妹の心配を解消するため、父の最期を受け入れるための過程を描きます。

タイムスリップを都合良く使えるというのは、失敗を経験してもそれらを全てやり直せることに使える。
これは一見するととても便利で良いことのように思えますが、その難しさを本作は描いているわけで、
事実上、未来を変えてしまうことにつながるわけで、「未来の可能性は無限大」という原則に立てば、
「やり直そう!」と決めた未来の状況に、過去を変えてしまうと絶対に戻れないということになってしまいます。

この映画で描かれるのは、別に豪勢な生活を送っているわけでもなく、
まぁ・・・ロンドンで弁護士なので、別に貧しい生活を送っているわけでもない。
なにか大きな事件を起こし有名人というわけでもないのですが、そんなやや余裕のある程度の生活で、
主人公の性格も晩熟というだけで、まぁ・・・世界中のどこにでもいそうなタイプの男の子。

大ロマンスで妻と結婚したわけでもないのですが、
そんな親の愛にも恵まれ、愛する妻と結婚し、健康な子供が生まれ、毎日仕事に向かう。
言葉は悪いけど、「普通に生まれ育ち、普通に暮らし、いつの日か死ぬ人」に他ならないのでです。

この映画の強みは、そんな平々凡々な日々の生活を描ていることで、
いろいろな立場でこの映画を観ることによって、感じ取り方が多様な解釈が生まれやすい作品でしょう。

特に映画の終盤で大きな論点となる、父親の最期を悟るというエピソードで、
クライマックスのタイムスリップを使った親子の交流を描くシーンは素晴らしく、
自分の場合は親になったということもあってか、父親の視点から見てしまうことで胸に迫るものがありましたね(笑)。

僕はリチャード・カーティスの脚本や監督作品を全て観たわけではないのだけれども、
ここまで家族の在り方に言及したのは初めて観たせいか、思わず「あぁ、こういう観点もあるんだ」と
上から目線になりながら、感心させられました(笑)。いや、でもホントに、ロマンスを描く印象が強いですからねぇ。

タイムスリップをして過去をやり直すということは、未来を変えてしまうわけで、
よくあるタイプの映画では、過去を変えてはならないという原則があるのですが、
本作は敢えて、上手くいかなかったことを反省して(?)、もう一度やり直すことで自分にとって理想の未来を
迎えられるようにするということで、当然、幸せな時期が来たら、タイムスリップを使わなくなるというわけ。

やり直しがきく人生とは、何もかもが上手くいって幸せを手にするという展開なのですが、
この映画を観て思ったのは、思い通りにいかない人生も、あながち悪くないというか、
人生は思い通りにいかないからこそ面白く、全うしがいのあるものに変わっていくとも思えます。
人生が思い通りにいかず、絶望してしまった人はタイムスリップをして、絶望しないようにしたいだろう。

ただ、何度も過去をやり直して、思い通りの幸せを手にしようとする主人公を見て、
なんだか空しいというか、「これでホントに満たされるのだろうか?」と疑問に思える側面もありましたね。
まぁ、誰だって一度は過去をやり直せたら・・・と思う瞬間はあるわけで、一概に否定はできませんがね。

一方で、タイムパラドックスを描いた映画ではいつも、そう見えるのですが、
本作もやはり哲学的な映画と言えます。それはクライマックスの親子の交流のシーンが象徴していて、
それまでは主人公の視点で映画が進行していたのですが、この映画は最後は急に父親の視点になります。

哲学の世界で言う、“実在論”とも解釈できる内容ではありますが、
タイムスリップをして過去をやり直して、未来をドンドン変えていくというのは、他人の存在を否定することに
つながりかねないという危うさを象徴していて、映画の一つのテーマとして恋愛があるわけですから、
結ばれることが無かったはずの人と結ばれ家庭を設けたり、その逆があったりととても深遠なるテーマです。

その辺は本作は小難しくなることなく、リチャード・カーティスは実に上手く描けています。

タイムスリップできると教えてくれた父親こそが、実は何度もタイムスリップしていて、
過去を複数回楽しむということをやっているものの、彼の教えは「同じように過ごせ」ということ。
タイムスリップを過去のやり直しを行うための道具として使うのではなく、一度目は普通に過ごして、
二度目以降は「ウンウン、そうだった」と楽しむために使えというのが教えで、決して未来を変える目的で
使いなさいということではなかったというのが、この映画の実は大きなキー・ポイントだと思います。

つまり、父親は如何に人生が素晴らしいものか、
そして家族を深く愛しなさいということを伝えたかったのではないかと思えるんですよね。

主人公は病に伏した父親との残された時間の短さを悟ったとき、
彼はタイムスリップを使って、過去の楽しかった時間をもう一度過ごすことで、人生を倍の長さ謳歌します。
愛情が深くなるほど別れはツラいもので、このタイムスリップを使って過去を何度も過ごすということに
否定的に捉える人も多いかもしれません。しかし、誰だって亡くなった家族に会いたくなる瞬間はあるわけで、
過去を愛する気持ちを肯定的に描くことで、タイム・パラドックスのタブーに挑戦した作品と言えるでしょう。

確かに深く考えてしまうと、父親は父親で何度も過去に戻っていて、
息子は息子で何度も過去に戻っているとなれば、大きな矛盾が発生するだろうけど、
本作でリチャード・カーティスが描いた家族愛は、そんな矛盾を超越した強さであったとさえ思います。

映画の出来としては、なかなか出色の出来と言っていいと思います。
これは今までにありそうで無かったタイプの作品です。個人的にはもっと注目されて良かったのにと思うくらいです。

いろいろな価値観はあるとは思いますが、
後戻りすることを決して否定的に描くことなく、それも人生の素晴らしさを味わう一つの手段と
割り切って描いた作り手の潔さに、この映画の根幹を支える強さがあったと思います。

私はこれはこれで支持したい。だって、よく先に亡くなった人を送るときに、
みんなよく言うじゃないですが...「(自分も後で行くから)あの世で、また逢おう」って。

(上映時間116分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 リチャード・カーティス
製作 ティム・ビーファン
   エリック・フェルナー
   ニッキー・ケンティッシュ・バーンズ
脚本 リチャード・カーティス
撮影 ジョン・ガレセリアン
編集 マーク・デイ
音楽 ニック・レアード=クローズ
出演 ドーナル・グリーソン
   レイチェル・マクアダムス
   ビル・ナイ
   トム・ホランダー
   マーゴット・ロビー
   リンゼー・ダンカン