アバウト・シュミット(2002年アメリカ)

About Schmidt

映画は荷物が片付けられたオフィスの夕方4時59分から始まる。
次のカットでフレームインするのは、この映画の主人公ウォーレン・シュミット、66歳。

妻ヘレンとの結婚生活は42年に及び、溺愛した唯一の子供ジーニーは遠く離れたデンバーの地で、
アヤしい男との結婚間近という状態だが、ウォーレンはこの2人の結婚に反対したいという気持ちがある。

大学で経営学を学んだウォーレンはすぐに保険会社に入社し、
マジメに仕事一筋、起業する意志もあったものの、それは実らず、結果としてベテラン社員としての経験を
様々な仕事に活かし、後継者に引継ぎをしたばかりだった。そう、彼は定年退職を迎えるのです。

この冒頭で作り手が描きたかったであろう事柄は、
主人公が定年退職に伴って痛いほど抱いていたはずの物足りなさ、喪失感といったものである。
少なくともウォーレンは仕事に対しては一途な人間であり、妥協も許さない厳しい社会人であったはずだ。
ところが定年退職し、こなすべき仕事がなくなり、急激に会社も自分を必要としなくなってしまいます。

今までなら定時のチャイムなど、仕事しながら聞き流していたのかもしれないが、
この日のウォーレンはかなり早い段階から終業のチャイムが流れるのを待っていたはずだ。
そんな虚無感を冒頭のジャック・ニコルソンの表情で物語ってしまうのです。

監督のアレクサンダー・ペインは『ハイスクール白書/優等生ギャルに気をつけろ!』で評価され、
本作ではかなり大きな企画をチャレンジしましたが、その手腕は確かなものですね。
本作では更に向上したようで、各シーンを落ち着いて見せてくれる。これが映画の安定感につながっていますね。

勿論、細かい不満はあっただろうが、ウォーレンは今までの生活を変えるほどの不満はありませんでした。
ところがいざ定年退職し、自宅での生活となると、今まで以上に些細なことが気になって仕方がありません。

しかし彼は妻ヘレンが急死し、初めてその存在の大きさを痛感します。
ある意味で本作は日本の高齢化社会を象徴していますね。ウォーレンも家事は何一つできず、
今更、チャレンジしようという気概もなく、プライドも高いから手伝いを依頼する気もない。
だからこそヘレンを失ったことにより、実は自分が何もできず、日常生活がままならないことに気づくのです。
そして何より、今までヘレンがいるという当たり前の状況が無くなり、孤独は寂しいのです。

そんなある日、彼はテレビで見たアフリカの孤児に継父となり資金援助し、
子供たちの貧困を救うという援助団体があることを知り、ウォーレンは1ヶ月22ドルの送金と、
自らの近況やプライベートを記した手紙を送り続けます。それがやがて生きがいになっていくのです。

そしてラスト、この映画はラストシーンが全てだと言い切ってもいいと思う。

確かにありがちなラストと言えばそれまでだが、手紙を読んでエンドロールまでの間がたまらなく素晴らしい。
そう、この映画は冒頭から同様なのですが、決して動きが多かったり、派手に観客を笑わそうとしたり、
当然、激しいアクションシーンがあったり、奇をてらった内容であったり、台詞で埋め尽くされた映画ではない。

この映画の“肝”というのは、この独特な間にあると思うのです。
確かにアレクサンダー・ペインの前作も悪くはなかったが、本作ではこの点で格段に良くなっている。

それにしても相変わらずジャック・ニコルソンには驚かされる。
今までどんな役でも演じてきた名優ではありますが、今回は驚くほど平凡な老人だ。
別に過去に武勇伝があったり、若い頃にヤンチャをしてきたわけでも、ましてや逮捕歴があるわけでもない。
おそらく仕事でも不正を許さず、私生活に於けるトラブルを避け、不倫なんかもご法度だっただろう。
そう、20世紀後半を代表する怪優が21世紀に入って、おそろしく平凡な役をチョイスしたのです。

しかしこれが見事なまでの熱演と言っていい。
ある意味で彼の長い俳優生活の中での一つの集大成と言ってもいいかもしれません。

チョットだけ話題となったキャシー・ベイツのヌードは確かに強烈でしたが(笑)、
ジャック・ニコルソンに続くインパクトある脇役キャラクターがいなかったというのも残念ではありますが、
彼のほぼ独壇場を完成させるという意味でも、本作にはひょっとしたら価値があったのかもしれません。
映画の前半でウォーレンの人物像をしっかり描くことによって、単純なロードムービーにも陥らず、
映画としてしっかりとした土台が完成し、味わい深さや懐の深さが生まれたと思うんですよね。
この辺は作り手の構成力もあって、よく考えられていると思いますね。

この映画を観て、僕は思わずデビッド・リンチの『ストレイト ストーリー』を思い出しました。
えてして、こういった類いのロードムービーというのは、高齢者が主人公になり人生の晩節がメインテーマとなる
ケースがもの凄く多いように思うのですが、本作はまだ残された人生が未知数であることを強調しています。

確かにヘレンを失うというエピソードはありますが、
少なくともウォーレンは現時点で健康状態に問題があるわけでもなく、大酒飲みでもなく、大病歴もない。
従って、彼はあとどれぐらい人生が残されているのか見当もつかない。それゆえ、尚更、将来が不安なのです。
だからこそウォーレンは孤独が怖いし、一人暮らしの日々が想像できないのです。

こういった悩みというのは、おそらく高齢化社会が浸透するにつれ広がるでしょうね。
経済的な問題もありますから、高齢者の貧困問題なんてのも将来的に拡大するかもしれませんね。
今や老後は気楽な毎日なんて考えは、まるで見当ハズレな展望なのかもしれません。
だからこそ、生きがいが必要なのです。それが生きていく糧(かて)となり、エネルギーになるわけですから。

そういう意味で本作は、ひょっとしたら新時代型の映画なのかもしれません。

(上映時間125分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 アレクサンダー・ペイン
製作 マイケル・ベスマン
    ハリー・ギテス
原作 ルイス・ベグリー
脚本 アレクサンダー・ペイン
    ジム・テイラー
撮影 ジェームズ・グレノン
編集 ケビン・テント
音楽 ロルフ・ケント
出演 ジャック・ニコルソン
    キャシー・ベイツ
    ホープ・デービス
    ダーモット・マローニー
    ハワード・ヘッセマン
    レン・キャリオー
    ジューン・スキッブ
    コインー・レイ

2002年度アカデミー主演男優賞(ジャック・ニコルソン) ノミネート
2002年度アカデミー助演女優賞(キャシー・ベイツ) ノミネート
2002年度ナショナル・ボード・オブ・レビュー賞助演女優賞(キャシー・ベイツ) 受賞
2002年度ロサンゼルス映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度ロサンゼルス映画批評家協会賞主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
2002年度ロサンゼルス映画批評家協会賞脚本賞(アレクサンダー・ペイン、ジム・テイラー) 受賞
2002年度ワシントンDC映画批評家主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
2002年度ワシントンDC映画批評家協会賞助演女優賞(キャシー・ベイツ) 受賞
2002年度カンザスシティ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度ダラス・フォートワース映画批評家主演男優賞(ジャック・ニコルソン) 受賞
2002年度ダラス・フォートワース映画批評家助演女優賞(キャシー・ベイツ) 受賞
2002年度ロンドン映画批評家協会賞作品賞 受賞
2002年度ゴールデン・グローブ賞主演男優賞<ドラマ部門>(ジャック・ニコルソン) 受賞
2002年度ゴールデン・フローブ賞脚本賞(アレクサンダー・ペイン、ジム・テイラー) 受賞