シングルマン(2009年アメリカ)

A Single Man

ゲイの大学教員が、18年来の恋人を交通事故で失ったことをキッカケに、
精神的バランスを崩し、自暴自棄になり、拳銃を手にするまでを描いたシリアスなヒューマン・ドラマ。

この映画の画面作りには感心させられてしまいましたね。
このトム・フォードというディレクターの作品は初めて観ましたが、
本作では、とてもライティング(照明)にこだわりがあるようで、光の使い方がとても上手い。
最近では、ここまで画面作りにこだわりを感じさせる映画は少ないので、大きな収穫だったと思いますね。

ただ、ミニシアター系の作品ですから尚更のことではありますが、
内容的にはお世辞にも万人ウケするタイプの映画とは言えず、これは賛否両論でしょうね。
かなり個性的な作品といったイメージで、映画のラストのあり方もかなり独特なんですよね。

でも、本作を観る限り、トム・フォードという映像作家には力があると思いますよ。
これからの創作活動が楽しみなディレクターで、できる限り数多くの映画を撮って欲しいですね。

トム・フォードはニューヨーク大学でデザインの勉強をしていて、
94年に33歳という若さでグッチのクリエイティヴ・ディレクターに就いてからは、
イヴ・サンローランなどファッション業界で一世を風靡し、映画界に進出してきたようです。

少なくとも本作を観る限り、好奇心だけで撮ったような映画ではなく、
しっかりとした設計思想を持った映画になっており、ヴィジュアルに対するこだわりは素晴らしい。

本作の主人公は大学で教員を勤めるジョージ。
彼は若い頃、身近にいた女性チャーリーと交際し、チャーリーから求婚されるも、
自身がホモセクシャルとしての性的嗜好があることに悩み、チャーリーの求婚に応えられないことを告げます。

以降、同性愛者として奔放な生活を送ってきたジョージですが、
とあるバーで知り合ったジムと結ばれ、以降、長きにわたって同棲生活を送ります。

しかし、嫌な予感がしたある日、ジョージは電話でジムが交通事故死したことを知ります。
映画はそこからジョージが精神的バランスを崩して、日常生活に集中できず、
目に見える形で生活がままならない様子を露呈するようになり、やがては自殺願望を持つまでに至ります。
愛する人を喪失することの痛みというものを、実に的確に表現できた作品であり、洞察力の鋭さを感じますね。

実際に拳銃を手に入れて、意を決して自宅で自殺を試みるのですが、
ジョージは一見すると自殺する人なら、どうでもいいようなことばっかりが気になって、
やたらと枕の位置を変えたり、場所を変えたりして、なかなか踏ん切りを付けられません。
この一連の描写は良く出来ていると思う。演じるコリン・ファースの落ち着きのない様子も実に巧妙。

主演のコリン・ファースって、同性愛者を演じたのを観たのは、
なんか本作が初めてではないような気がするのですが、実に板に付いている(笑)。
オスカー・ノミネーションを受けたのも納得できる芝居で、この映画は彼の独壇場と言ってもいい。

出番こそ少ないものの、チャーリーを演じたジュリアン・ムーアもなかなかのインパクト。
特に映画の舞台が1962年という、キューバ危機の時代が舞台だっただけに、
1950年代の華やかな生活を引きずりながら、フランスなどからの潮流と思われる、
退廃的な雰囲気を生活の節々や、彼女のメイクする姿などから感じさせられるのは強く印象に残る。

僕は何故か、この映画での彼女を観て、デビューした頃のジェーン・フォンダを思い出しましたねぇ。

でも、この映画の根底には正にその退廃的な空気が支配していて、
ジョージのような生き方が社会的地位を確立しつつあった時代だったからこそ、
ジョージにとって、日常を共にするジムという恋人の存在はとても大きく、その喪失感は半端なかっただろう。

そして、チャーリーも本音では、ジョージのことを未だに愛しているのだが、
ジョージに拒絶され、他の男と結婚して、子供を育て上げたことを誇りにしながらも、
反面、思い描いた人生とは微妙に異なってしまったせいか、精神的にバランスを崩しています。
そのせいか、当時で言う、前時代的な感覚に囚われてるような感じで、チャーリーはチャーリーで
時代に取り残されてしまった女性というイメージで、それをジュリアン・ムーアは実に巧みに演じている。

ただ、ジョージに近づいてくる大学の教え子との終盤のエピソードは微妙だなぁ・・・。
勿論、描きたかったことはよく分かるのだが、もう少し違った形で描いて欲しかった。
そういう意味では、クライマックスに急激に映画が道徳的に傾倒してしまうのも、どことなく違和感が残る。

原作があるがゆえ、仕方のない部分も大きかっただろうが、ここは脚色して欲しかった。

それまでは主人公の整理のつかない矛盾した心理状態を上手く表現するために、
幾重にも細かな描写を、フラッシュ・バックを交えながら積み重ねており、上手く描けていただけに勿体ない。

特にジョージがジムとの生活を思い出すアイテム的存在として、
犬に執着するシーンがあって、見知らぬ女性の愛犬に執拗な触れ合いを求めて、
女性が不審がって、車を出発させるシーンがある。ジョージは犬の匂いについて語りますが、
あの行動の背景に何があったか、或いはあの触れ合いの目的が何なのか、説明なんてつかない。

もっとも、ジムとの生活に犬がいたということはあるのですが、
ジムの喪失感に苛まれていたジョージの思考回路は完全に停止していたと思うんですよね。
そんな何もかもが説明がつかないジョージの精神状態を、映画の前半では上手く描けているんですね。

そういう意味で、トム・フォードは映画を通して、感覚に訴えかける方向にシフトしている。
時代を映したり、何か強いメッセージを発信するなんて考えは、どこにも無かっただろう。

それでも、まるでトム・フォードは「それでも生きるしかないんだ」と言わんばかりに映画を進めます。
この辺が少々、説教臭くなる分だけ、映画の印象が悪くなるんですが、一見の価値はあると思います。

しかし、ここまで持ち上げといて、僕の中でも答えを出せない問題を提起したい。

この映画には、映画が本来、必要とするはずの“何か”が欠けている...と。

(上映時間100分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 トム・フォード
製作 トム・フォード
    アンドリュー・ミアノ
    ロバート・サレルノ
    クリス・ワイツ
原作 クリストファー・イシャーウッド
脚本 トム・フォード
    デビッド・スケアス
撮影 エドゥアルド・グラウ
音楽 アベル・コジェニオウスキ
出演 コリン・ファース
    ジュリアン・ムーア
    マシュー・グード
    ニコラス・ホルト
    ジョン・コルタハレナ
    ジニファー・グッドウィン

2009年度アカデミー主演男優賞(コリン・ファース) ノミネート
2009年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2009年度ヴェネツイア国際映画祭主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2009年度サンフランシスコ映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2009年度オースティン映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2009年度デトロイト映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞
2009年度ヴァンクーバー映画批評家協会賞主演男優賞(コリン・ファース) 受賞