暗闇でドッキリ(1964年アメリカ)

A Shot In The Dark

63年にヒットした『ピンクの豹』から続く“ピンク・パンサー”シリーズの実質的第2作。

『ピンクの豹』では神出鬼没の宝石泥棒ファントムが主人公でしたが、
ファントムを喰うくらいの勢いで彼を追う、間抜けなクルーゾー警部のキャラクターがあまりに強烈で、
映画の“オイシイところ”をほとんど持って行ってしまったこともあり、『ピンクの豹』のスタッフたちも
実はクルーゾーを主人公にして、映画を撮ったら面白いコメディになるのではないかという話しになったのでしょう。

そういう意味では、本作は“ピンク・パンサー”のスピンオフ的作品として企画されたはずなのですが、
いつしか、同シリーズの主人公はクルーゾー警部ということに書き換えられて、シリーズが7本も製作されました。

紛らわしいことに邦題では75年に『ピンクパンサー2』が約11年ぶりにシリーズ第3作として製作され、
その後も“3”・“4”と続いたため、映画会社としては本作はシリーズ番外編という位置づけなのかもしれませんが、
映画の本編は観れば分かりますが、ほとんど“ピンク・パンサー”シリーズの中身と一緒であって、いつもの調子だ。

唯一違うのは、ファントムであるリットン卿が登場してこないし、
クルーゾーが絡む事件としては珍しい連続殺人事件の捜査を担当することになるという、設定の違いはあります。
とは言え、『ピンクの豹』から更にエスカレートさせたように、ピーター・セラーズのドタバタ・ギャグが連続で
さすがに空振りしているギャグも多く散見されるのですが、僕もここまで徹底されると根負けしてニヤリとしちゃいました。

殺人事件の捜査は全く進んでいるように見えないのですが、
何故か事件の核心に迫っていくクルーゾー警部は「事実に基づいて推理しろ!」と豪語するくせに、
家政婦のマリアに一目惚れしたことから、どう見ても彼女に不利な状況証拠が揃っても、彼女を擁護します。
なんせ、クルーゾーの持論は「彼女が犯人なわけがない! 何故なら彼女は美人だからだ!」ですからね。
この構図が何気に面白くって、そんなクルーゾーにイライラさせられる上司のドレフュス本部長が本作で初登場。
ドレフュスも後年のシリーズにずっと登場して、ドンドン精神的に病んでいきますが、本作の時点で病んでますね(笑)。

お約束の冒頭のアニメーションは本作にはありませんが、
まぁ、映画のメインがクルーゾーが殺人事件の捜査を担当するということなの、当然のことかもしれませんね。

『ピンクの豹』では控え目なところがあったピーター・セラーズのギャグですが、
本作ではとにかく開き直ったかのように次から次へと、惜しみなく(?)ひっきりなしにギャグを連発している。
映画の冒頭から、通報のあったバロン邸の屋敷に到着したクルーゾーは早速池の水に落ちるところから始まるし、
ビリヤードに誘われて、ラシャを破るというお約束のギャグもあり、キューを立て替えようとするも崩してしまったり、
映画のクライマックスのバロン邸に全員集合して、映画が終わりに近づいた頃には、再びギャグを連発する。

ピーター・セラーズ演じるクルーゾーは、彼なりにマジメにやっているつもりでも、
凄いドジなところがあるのと、支離滅裂なところがあるので、彼の性格と行動に大きなギャップがあるわけです。
当然、ピーター・セラーズはそのギャップをギャグに変えるわけですが、映画のストーリーや登場人物の会話に
一切関係ないところで、いろんなギャグを生み出したり、延々とくっだらないギャグを繰り返すので、ここは賛否ある。
確かに現代的な感覚で観てしまうと、色々と古臭く感じられる部分も多くあるし、そこは事前の理解は必要でしょう。

ピーター・セラーズの“まじめにふざける”という芸風は、彼が最初にフォーマットにしたのかもしれませんね。
この時代にこういう笑いをやっていたコメディ俳優というのは希少だったでしょうし、映画のメイン・ストーリーは
そっちのけ状態で一人、ギャグ路線を突っ走る姿がなんとも勇ましい(笑)。それでいて、映画は壊さないのも凄い。

ファントムよりもクルーゾーの方が面白いかも・・・ということで本作が製作されたにしろ、
更にファントムを越えるようなキャラの濃さを誇るドレフュスという精神を病んだ上司が登場したことで、
結果としてクルーゾーとドレフュスが“ピンク・パンサー”シリーズを乗っ取ってしまったのが、なんとも興味深い。

相変わらず、クルーゾーがテキトーなことを言って事件を捜査するにも関わらず、
その推理が的中してしまうことにはあまり説得力はないけど、クルーゾーがいろいろとやらかして、
散らかした結果、ドレフュスに実害が及ぶことで恨みをかってしまうわけですが、その恨みもサラッとかわしてしまう。
それゆえ、ドレフュスの怒りは頂点に達し、映画のラストにはトンデモないことをしでかすくらい、彼は病んでしまいます。

何故かクルーゾーが事件を担当することは擁護されるし、クルーゾーが何度もやらかしても、
ドレフュスは警察の上層部からのお達しで、クルーゾーを無罪放免にして必ず事件の担当に戻すという、
ドレフュスにとっては全く快く思えない展開の連続であり、事件の担当に戻されるたびにクルーゾーは
やはり身柄を拘束されていた一目惚れした家政婦のマリアは、「誰かを庇っているんだ!」と信じて疑わずに、
すぐに事件の担当刑事としてマリアも無罪放免にするという、公私混同かつ職権乱用のやりたい放題である。

“ピンク・パンサー”シリーズの名物キャラクターという意味では、ドレフュスの他にもう一人、
クルーゾーの自宅に住み込みで働く、謎のアジア人ケイトーも本作で初登場する。彼もまた、シリーズのレギュラーだ。

ケイトーはそもそもアジア系でも、どの国にルーツがあるのかは謎なままですが、
なんとなく「カトー」とも呼べるような発音をしているので、当初は日系という設定だったのかもしれませんが、
いずれにしても、クルーゾーの隙を狙って突如としてクルーゾーに襲いかかるという、謎の行動をとるキャラであって、
クルーゾーも「ボクの得意技のカラテ・チョップで殺すところだったよ」と言ったりと、なんだか楽しそうにジャレ合っている。

また、そのクルーゾーのカラテ・チョップもたいして強くなさそうなところが、なんともシュール。

でも、現実に大の大人がこんなことを何度も繰り返して、家じゅうメチャクチャにしているのであれば、
奇妙そのものでしかなく、一体何のトレーニングになっているのかも全くの不明である。本作のラストに至っては、
クルーゾーの自宅ではないところでも、お構いなしにケイトーが突如登場して、クルーゾーに襲いかかるというカオス。
僕はこのラストの色々と破綻したようなカオス感のあるエンディングは良いアクセントであり、嫌いになれない(笑)。

その他にも映画の中盤にある、“裸族”がたくさん集うヌーディストクラブでのシーンはユニークで、
60年代前半という時代性も感じますが、怪しまれないようにとクルーゾーとマリアが全裸のまま車に乗り込み、
追ってくるドレフュス率いる警察車両から逃げて、気付けばロンドンの市街地に辿り着くというエピソードは面白い。
この一連のシークエンスのパロディは、日本でもドリフのコントを含めて、数多くあるような気がしますね。

何本も続いた“ピンク・パンサー”シリーズとしては、本作はかなり上位の出来でしょう。
70年代に入ってからの続編は、結構な力技にでた作品も多かったので、チョット観ていてツラいものがあったのでね。

個人的にはブレーク・エドワーズの監督作品って、どこか決め手に欠ける印象が強いのだけど、
『ピンクの豹』の第1作としてのインパクトには勝てないが、本作はなかなか上手く構成できているのではないかと思う。
オープニング・シーンの夜のバロン邸で事件が発生するシーンから魅力的だし、映画全体のテンポも悪くない。

チョット驚いたのは、脚本が『エクソシスト』のウィリアム・ピーター・ブラッティだということ。
知らなかったのですが、ウィリアム・ピーター・ブラッティは初期の頃はコメディの脚本を書いていたようですね。
前述したようにドレフュスやケイトーといったシリーズの常連を生み出したという点では、とても大きな功績です。

また、どんなにいろんな場所で命を狙われてもクルーゾーはなかなか死なないという構図を
作り上げたのも本作が最初にであり、この描き方も後のシリーズで定番化しました。そう思うと、偉大ですね。

ちなみに前作『ピンクの豹』では、欧州のスキーリゾート地から古都ローマまでが舞台で、
ファントムを追う刑事としてパリ警察からクルーゾーが派遣されたという設定でしたが、本作はパリが舞台です。
しっかりとパリの市街地が映るシーンがありますが、おそらくほとんどがセットでの撮影ではないかと思います。
よくよく観ると、パリの映像だなぁと思える画面でキャストが直接的に映っているシーンがありませんね。

メインとなる舞台が作品ごとに移り変わっていくのも、このシリーズの特徴ですね。

(上映時間102分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ブレーク・エドワーズ
製作 ブレーク・エドワーズ
原作 ハリー・カーニッツ
   マルセル・アシャール
脚本 ブレーク・エドワーズ
   ウィリアム・ピーター・ブラッティ
撮影 クリストファー・チャリス
音楽 ヘンリー・マンシーニ
出演 ピーター・セラーズ
   エルケ・ソマー
   ジョージ・サンダース
   ハーバート・ロム
   ドレイシー・リード
   グレアム・スターク
   モイラ・レッドモンド