パーフェクト ワールド(1993年アメリカ)

A Perfect World

たまにイーストウッドらしい、暴走がある映画ではあるのだけれども、
これは僕が映画を観始めた頃、たまたま鑑賞してかなり感動したことが記憶されており、
今でもその感動が強く、胸の中に残っているインパクトの強い一本であることは確かだ。

事実、僕は小学校高学年のときに本作を初めて観たはずで、
その後、中学校に入ってから映画を数多く観るようになったのですが、
当時、ほとんど映画に興味が無かったにも関わらず、本作には感動した記憶が残っています。

これはイーストウッドなりに追究した、アメリカン・ニューシネマの残り香とも言える作品で、
映画の冒頭の適度に暴力的な誘拐シーンから、次第に犯人であるブッチに子供がなついていき、
そしてラストには悲壮感が漂うという、まるで教科書のような展開を持つお手本のような映画だ。
これが70年代に公開されていれば、もっと高く評価され、名作の一本になっていたかもしれません。

21世紀に入って、70歳を迎えたイーストウッドは更に創作意欲を増進させ、
創作ペースを加速させた印象がありますが、凄いのは発表する作品のいずれもが素晴らしい出来だということ。

言うなれば、イーストウッドの映像作家としてのスタイルは70年代に既に完成していましたが、
何本も監督作を積み重ねるうちに、醸成された映画がコンスタントに発表できるようになったのは、
本作の頃かもしれません。本作の前も、オスカーを受賞した『許されざる者』を撮っていますし。

たまに出てしまうイーストウッドなりの美学が映画の良さを阻害していることは否定できず、
本作なんかも決して完璧な映画とまでは言えないのですが、それでも十分に秀でた作品になっている。
お手本のようなストーリーテリングで、2時間を超える内容なのに、まるで隙が無い作りです。
実に無駄の感じられない内容で、上映時間がアッという間に過ぎてしまう凝縮された内容で、
一つ一つのドラマもとても意味があり、また各シーン演出も落ち着いた良い雰囲気作りに徹している。

公開当時、大きな話題であったという、
当時、日本でも大人気だったケビン・コスナーとクリント・イーストウッドの初顔合わせにしても、
決してスターの名誉に溺れることなく、見事に映画の世界観を壊さぬ好演を見せており、
これはケビン・コスナーのフィルモグラフィーの中でも有数の仕事と言っていいと思う。

やはりこの辺はイーストウッドの映画のバランスの取り方が凄く上手いことに起因するでしょうね。

イーストウッドの一つ一つ丁寧にシーンを重ねていく手法は、とても参考になると思うんですよね。
そして出演者の視線の撮り方、この上手さが無ければ、本作なんかは腐っていたでしょうねぇ。
ベタではありますが、田舎町のショップでレジで会計しながら、通報しようとする奥の店主を睨む、
ケビン・コスナー演じるブッチを映したショットなどは、さり気なく視線の撮り方の上手さがあると思うんですよね。

ブッチが異常なまでに子供へのせっかんを否定する性格があるのも面白いですね。
これはおそらくブッチの人間臭さを演出するためだろうとは思いますが、人質の少年が彼になつく
大きな理由であり、冷酷非情な一面とは正反対の一面で良い意味で豊かな描写になったと思いますね。

これは映画のラストシーンになる、大農場のお手伝いである、
黒人の家族の家での、ブッチのあまりに謎めいた行動への布石にもなっているのですが、
やはり粗暴だった父親に対する強烈なまでの憎悪のあまり、せっかんに対する過剰な感情が現れますね。

このラストシーンは、僕にとっても謎が多くって、
確かにブッチが何をしたかったのかよく分からないし、皆殺しにしようとしていたとしか思えない。
でも、一方でブッチがどうしても彼らを皆殺しにしなければならなかったのか、その理由が分からないし、
あれだけ賢いという設定であることが強調されたブッチが、そんなメリットの無い行動に出るとも考えにくい。

まるで破綻した行動ではあるのですが、
このカオスとも言える空気を、違和感なく映画に組み込むとは、ある意味でイーストウッドらしい(笑)。

そしてようやっとつかんだ刑務所脱獄だったというのに、
つまらない欲望丸出しのおかげで、ブッチの反感をかい、つまらないケンカとなり、
挙句、何故か人質の少年にイタズラしようとする本能丸出しの脱獄囚人を登場させるという、
如何にもイーストウッドらしい意地悪さがあるのも、何故か安心させられてしまうから不思議だ(笑)。

やっぱり、こういう感覚を覚えさせられるというのは、
それだけこの頃からイーストウッドが如何に違う世界で映画を撮っていたかということ証明しています。

並みの映画監督が撮っていれば、まるで破綻した描写になっているせいか、
なんてバランスを欠いた演出をするのだろうかと憤りすら感じてしまうレヴェルなのに、
何故かそれをイーストウッドが描くと、ピタッとハマってしまうというのは、それだけ力がある証拠だと思うのです。

今になって思えば、本作が公開された頃が日本でのケビン・コスナーのブームのピークでしたね。
あの頃は写真集が発売されるなど、公開される映画も次々とヒットしており、人気俳優の一人でした。
(今となってはB級映画に出演している方が多いので、まるでウソみたいだが・・・)

僕はイーストウッドが撮った現代劇としては、極めて上質な出来だと思います。
82年の『センチメンタル・アドベンチャー』に次ぐ出来と言っても過言ではないような気がします。
00年代に入ってから、『ミスティック・リバー』や『ミリオンダラー・ベイビー』などで高く評価されましたが、
本作なんかも、もっと評価されても良かったと思うのですがねぇ。賞レースで無視されたというのは、
何か僕の知らない理由があるのかもしれませんが、過小評価のように感じられてなりません。

ホントにイーストウッドって、ロード・ムービーを撮らせると上手いんだよなぁ〜。

(上映時間138分)

私の採点★★★★★★★★★☆〜9点

監督 クリント・イーストウッド
製作 マーク・ジョンソン
    デビッド・バルデス
脚本 ジョン・リー・ハンコック
撮影 ジャック・N・グリーン
美術 ヘンリー・バムステッド
音楽 レニー・ニー・ハウス
出演 ケビン・コスナー
    クリント・イーストウッド
    ローラ・ダーン
    T・J・ローサー
    キース・ザラバッカ
    レオ・バーメスター
    ブラッドリー・ウィットフィールド
    ブルース・マッギル