マイティ・ハート/愛と絆(2007年アメリカ)

A Mighty Heart

おぉ...これはいかにもマイケル・ウィンターボトムらしい映画ですね。

「9・11」後のパキスタンにて、要人へのインタビューに向かって行方不明となった、
“ウォールストリート・ジャーナル”の記者の妻が書いた手記を原作としたサスペンス・ドラマ。

行方不明となったダニエルという記者は、誘拐前に行われたインタビューで、
自身と家族がユダヤ系であることを公言していたのですが、問題だったのはインタビュー相手であった、
武装した過激派のリーダーはユダヤ教を敵視していたということなんですよね・・・。

まぁジャーナリストなど、報道人が外国で誘拐され、
場合によっては殺害されるなど、ショッキングな事件はいつの時代にもありますが、
言葉の通じない、武装したグループを相手に監禁され、長時間、恐怖と闘い続けるというのは想像を絶します。

本作の場合は、そういった恐怖をメインにするというよりも、
残された家族、特に妊娠した妻の視点から中心的に誘拐事件の展開を描き、
実に真摯な姿勢で、誠実に描いていますね。この辺はいかにもマイケル・ウィンターボトムらしいです。

正直言って、彼の映画としては物足りない部分があって、少々、不満もあるのですが、
おそらくノンフィクションをこういった姿勢で描き切れるというのは、今や彼ぐらいではないだろうか。

過剰な編集や音楽などで、観客の恐怖心を煽ったり、
ショッキングな描写を直接的に見せるわけではなく、登場人物の台詞や動きを見事に活用します。
別にドキュメンタリズムに基づいた映画というわけではないにしろ、少し突き放したように語ります。

そうでありながら、映画の終盤で見せた妻マリアンヌの叫びが、何とも痛ましい。
正直言って、このシーンまで僕は「なんか...この映画、イマイチだなぁ」と感じていたのですが、
このシーンだけで本作に対する印象がガラッと変わってしまったのは否定できませんね。
一歩間違えると、安っぽいシーンになりかねない、危うさはあったのですが、見事にクリアしています。

また、そんなマイケル・ウィンターボトムの複雑な要求に耐えうる、
難しい芝居を見事に体現したアンジェリーナ・ジョリーの熱演が素晴らしいですね。
あまり賞賛されなかったようですが、僕は本作での彼女の芝居は大きな価値があったと思います。

こんなにもショッキングな出来事がマリアンヌを襲ったというのに、
妊娠5ヶ月ということで、男の子を身篭っていたマリアンヌは無事、パリで出産しました。
えてして、こういった出来事で強いショックを受け、更に悲しい出来事へと向かっていってしまう場合もあるので、
無事に出産して、今も尚、パリで暮らしているという現況には、思わず安心してしまいましたね。

敢えて、ダメ出しするとすれば...
誘拐されたダニエルのエピソードはもう少し多く描いても良かったと思われることですね。
映画のメイン・ストーリーの舞台から、一気に消えてしまうというのは、あまりに強引過ぎる気がします。

もう少しダニエルのことを深く描けていれば、
よりダニエルとマリアンヌの深い愛を強調して描くことができたと思うんですよね。
それでこそ、より映画のメッセージは強まったはずなのです。ここが本作の一番物足りない部分なんですよね。
今までのマイケル・ウィンターボトムなら、こういった力強さはもっと顕著に表現していたはずなのですよね。

マリアンヌの描写はしっかりとしていたことを考えると、より悔やまれる点だと思うのです。
やっぱり本作のようなタイプの映画は、もっと観客に強く訴求する内容でなければならないと思うんですよね。

その点、僕は97年の『ウェルカム・トゥ・サラエボ』みたいな映画を期待してたんですよね。
多少、手探りで撮っているようではありましたが、マイケル・ウィンターボトムの才気を強く感じさせられました。
一筋縄では解決できない、人々の様々な苦悩が上手く整理されて描けていた分だけ、優位性がありました。
本作もそういった要素を内包させることはできたのですが、どことなく中途半端で終わってしまうのですよね。

まぁ・・・とは言え、別に出来の悪い映画というわけではありません。
静かに厳しい表情で語っているかのような映画ではありますが、是非とも多くの方々に観て頂きたい作品だ。

自分たちの主義・主張を通すためにと、非人道的な“儀式”をフィルムに収め、
それをインターネットなどのメディア媒体で公開するという事例が、過去にいくつもありますが、
本作でも語られているように、家族の気持ちを察すると、これは耐え難い行為であるのは言うまでもありません。

日本人もかつて、同様の犯罪に巻き込まれた事例があり、多くの波紋を呼んだことがあるのですが、
国際平和や国際政治を考慮すると一概に一つの答えを導き出すことができず、胸が痛いですね。

やっぱり宗教や人種の枠を超えた世界を形成するためのステージへと、
国際関係が成熟していくためには、更に一歩進んだ歩み寄りが必要なのかもしれません。
力で制圧し合うような価値観、そして暴力で政治を要求するような思想を廃さなければなりませんね。

戦争が生む悲劇を、チョット変わった視点から描いた映画が好きな人にはオススメの一本。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 マイケル・ウィンターボトム
製作 ブラッド・ピット
    デデ・ガードナー
    アンドリュー・イートン
原作 マリアンヌ・パール
脚本 ジョン・オーロフ
撮影 マルセル・ザイスキンド
編集 ピーター・クリステス
音楽 ハリー・エスコット
    モリー・ナイマン
出演 アンジェリーナ・ジョリー
    ダン・ファターマン
    アーチー・パンジャビ
    イルファン・カーン
    ウィル・パットン
    デニス・オヘア