普通じゃない(1997年アメリカ)

A Life Less Ordinary

『トレインスポッティング』を世界的ヒットさせ、
主演俳優ユアン・マクレガーと共にハリウッドに渡ってきたイギリス人監督ダニー・ボイルが、
当時、ハリウッドでも一気にスターダムを駆け上がっていた人気女優キャメロン・ディアスをヒロインに据えて、
タイトル通り、“普通じゃない”としか言いようがない誘拐、そして若い男女の恋愛を描いたラブ・コメディ。

とっても良い意味で、いい加減な映画なのですが、
そのいい加減さも含めて、凄く映画が暖かくてユーモアがあって、いい仕上がりだ。
個人的には、こういう楽しい映画は応援してあげたいし、もっと注目してあげて欲しいと思っている。

映画は気弱な青年が、大企業のフロア掃除係をクビになったことに立腹し、
銃を持って、社長室へ押し入って、偶然、その場に居合わせた社長のじゃじゃ馬娘を人質に取って、
逃走したものの、人質にしたはずの娘の気の強さに圧倒されながら、追跡をかわす様子を描いています。

特にこの映画は、逃走する主人公2人を追うデルロイ・リンドとホリー・ハンターの
天使のコンビが良い。間違いなく、この映画を根底から支えているのは、この2人と言っていいだろう。

おそらくダニー・ボイルもそこまで計算高く本作を撮ったという印象も無いのですが、
デルロイ・リンドとホリー・ハンターの2人は彼の予想以上に、映画の中で効果的な存在になっていたのでしょう。

コメディ・リリーフはむしろ主人公2人が担っているので、
どちらかと言えば、チョット離れたところから、主人公2人の逃走劇を引き立てる役どころなのですが、
気の弱い誘拐犯と、犯人以上に気の強い人質という設定上のギャップを楽しむ趣向なので、
追跡者が必要以上にドタバタしていないのが良い。映画が上手くバランスが取れていて、良いですね。
(映画の中盤であった、車にまとわりつくホリー・ハンターの姿はほとんどホラーだったけど・・・)

キャメロン・ディアスもピチピチしてた時代ですが、
誘拐された人質であるにも関わらず、完全に主導権を握っているじゃじゃ馬娘ぶりがピッタリですね。

何度観ても、映画の前半にあった、「誘拐犯としての第一歩。身代金の要求はやった?」と
主人公を焚き付けてイアン・ホルム演じる会社社長に電話をかけさせたシーンが面白くって、
根っから気弱な主人公は何をどうしてもダメで、結局、「手紙の方がいいわね」と呆れるのが妙ですね。

ダニー・ボイルの監督作品としては、『トレインスポッティング』を観ると、
やっぱり映画のスピード感を重視している感じはあるのですが、本作もその良さは失われていないですね。

但し、シナリオ上の問題もあるとは思うのですが、
映画のクライマックスの仕上げ方はイマイチ上手くないですね。あまりに力技過ぎて、無理があり過ぎですね。
この手の映画はやはりラストのつけ方はとっても大事で、映画の価値をも左右するとさえ思うので、
ダニー・ボイルの手腕からいけば、このラストはもっと上手くやって欲しかったところですね。

なんとかして、主人公2人の恋愛を成就させようと天使の2人も
四苦八苦するという設定なだけに、もっとこのラストは上手く作ることができたはずだ。
この辺はダニー・ボイルの手腕からいけば、強引過ぎるラストという難点には気付けたはずと思えるだけに残念。

しかし、底抜けにPOPな感じで、スピード感満点に一気に映画が駆け抜ける感じがあるのは良い。
こういう感覚的な部分は、如何にもダニー・ボイルらしく『トレインスポッティング』を思い起こさせる、
良い意味での爆発的なパワーであり、当時、ハリウッドのプロダクションから見ても、新鮮だったと思いますね。
90年代はイギリス出身の映像作家が、数多くハリウッドへ渡ってきた頃だっただけに、彼はそのリーダー的存在。

この頃のキャメロン・ディアスは、こういう悪女チックな側面がある役柄がよく似合いますね。
21世紀に入ってからの彼女は、急激に演技派女優として活躍の幅を広げていきますが、
この頃って『マスク』でのクールさが話題になったばかりだったので、本作でも上手くそのイメージを生かしていますね。

かつて“ストックホルム症候群”と言って、誘拐された被害者がいつしか犯人に感情移入し始めて、
犯人の逃走に手を貸したり、追跡する警察の捜査を妨害したりする症状を描いた映画って、
あったかもしれないけど、本作のように気弱な青年がひょんなことから起こした犯罪の引き金を引いて、
相変わらず気弱な誘拐犯に、被害者がいろいろと知恵を与えていくという展開は、あまり観たことがないですね。

そんな勝ち気な女性を演じるに、当時のキャメロン・ディアスはうってつけの存在で、
そこに気弱な青年という掛け合わせがピッタリで、本作がウケたのは、よく分かる気がする。

コメディ的な要素はあるにはあるのですが、分かり易いユーモアと言えば、
前述した脅迫電話でのシーンぐらいで、それ以外は比較的、乾いたユーモアという感じで、
これはこれでダニー・ボイルらしい側面かもしれませんが、欲を言えば、もう少し笑わせてくれても良かったかも。
スピード感満点でPOPな感覚があるのはいいのですが、どこか物足りなさが残るのは、この辺かなぁ。

おそらくスタンリー・トゥッチ演じる歯科医をコメディ・リリーフとして登場させた意図があるのですが、
ヒロインが銃を使った危険な遊びが大好きで、トンデモない事故を起こしてしまう被害者にされたり、
半ばマッド・サイエンティストばりの扱いを受けたりと、ブラック・ユーモアを体現した存在なのですが、
チョット全体的に狙い過ぎな感じで、悪い意味で映画の中で“浮いて”しまっているのが気になった。

やはり、こういう役回りは天使を演じたホリー・ハンターが強い印象を残すので、
どうしても、スタンリー・トゥッチの存在が薄く、もう少し違うアプローチで描いて欲しかったですね。

こういう粗削りな部分が見え隠れする作品なので、決して素晴らしい出来というほどではないけれども、
ハリウッドに渡って尚、勢いを増しつつあった、当時のダニー・ボイルの作家性を象徴する映画だと思う。

映画のラストの作りが今一つであったことと、コメディ・パートの弱さが目に付くが、
あくまで発展途上の段階のダニー・ボイルの監督作品として考えれば、愛すべき作品と言っていいでしょう。
小悪魔のような魅力を振りまくキャメロン・ディアスは、日本でも人気がありますが、本作の認知度が低い気がしますね。

邦題が妙なんですけど、
確かに本作で描かれた恋愛は“普通じゃない”けど、一体“普通”って何なんだろう?(笑)

(上映時間103分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

監督 ダニー・ボイル
製作 アンドリュー・マクドナルド
脚本 ジョン・ホッジ
撮影 ブライアン・テュファーノ
編集 マサヒロ・ヒラクボ
音楽 ランドール・ポスター
出演 ユアン・マクレガー
    キャメロン・ディアス
    ホリー・ハンター
    デルロイ・リンド
    イアン・ホルム
    ダン・ヘダヤ
    スタンリー・トゥッチ
    トニー・シャローブ
    モーリー・チェイキン