ヒストリー・オブ・バイオレンス(2005年アメリカ・カナダ合作)

A History Of Violence

田舎町でカフェを営む平和な家庭の良き亭主であり、良き父親が見舞われた強盗事件をキッカケに
マフィアが周辺をウロ付くようになり、やがて彼の疑惑の過去が暴かれていくバイオレンス映画。

カナダを代表する鬼才デビッド・クローネンバーグが平穏な生活に潜む暴力という名の闇を描きます。

悪い映画ではないのですが、僕は観る前の期待がかなり大きかったせいか、
どうにも物足りない感が残って仕方がなかったのは否定できませんね。
この映画、まるで“寸止めの美学”とでも言わんばかりに(笑)、全てが惜しいところで終わっている。
結局、気持ち良くフィニッシュしない、言葉悪くすれば残尿感が残る映画でした。

例えば、映画の冒頭にしてもそう。
どことなく気持ち惹かれる、モーテル前の長回しから始まるんだけれども、
何だか中途半端なところで終わってしまう。せっかく良い空気だったのに、これでは意味がない。

意味深長なラストシーンにしても、個人的にはもう少し踏み込んで欲しかった。
良く言えば、押し付けがましさの無い、観客の想像力に依存するラストではありますが、
悪く言えば、全く作り手の作為的な主張の感じられない、抽象的なラストシーンといった感じである。

残念ながら、この内容ならば、観客の想像力に依存するラストでは訴求しないだろう。

急激に荒っぽく、性急な処理をしてしまったクライマックスの豪邸内での決闘もイマイチかなぁ。
まぁ鋭さがあって悪くはないんだけど、映画のカラーとしてこの決闘だけ統一し切れず、“浮いて”しまっている。

とは言え、今回も相変わらずデビッド・クローネンバーグのハッタリがあって良いですねぇ(笑)。
前回、02年に撮った『スパイダー/少年は蜘蛛にキスをする』もハッタリ感全開で乗り切ってて楽しかったけど、
今回も相変わらず、たいした動きの無いドラマであろうが、随分と挑発的に撮って映画を大きく見せている。

さすがに「暴力」が映画の大きなテーマであるゆえか、
銃撃されるシーンの描写には異様なまでのこだわりを感じます。
正直言って、本作の内容を観る限り、血生臭い描写にそこまでこだわる必要はありません。
しかしながら、それでもこだわって、観客に視覚的なショックを与えます。
相変わらずグロテスクな描写にはこだわりを持つデビッド・クローネンバーグなだけあって、流石です(笑)。

それと、生々しい性描写にしても、映画の序盤と後半で対照的に描いているのも面白かった。
当然、映画のストーリーが進むにつれ状況は変わっていきますから至極当然なわけですが、
コスプレしてまで久しぶりにイチャつく中年カップルだったのが、性格が豹変したせいか、
荒々しく暴力的な性行為へと変容してしまいます。でも、これも作り手は意図して過剰に描いています。

デビッド・クローネンバーグは計算高い映像作家ですから、
僕は一連の彼の演出スタイルというのは、ハッタリへつなげるための計算だと思うのですよね。

だって、本作にしても、ストーリーそのものはかなり飛躍していきますが、
意外なドンデン返しがあるわけでもなく、徐々に真相が明らかになっていく進め方で、
観客を一気にビックリさせる志向ではない。これは以前から変わらぬクローネンバーグのスタイルです。
となると、彼はいつもハッタリを観客にかますのです。実際に体感させるような映像表現を施し、
時に過剰に描いて、映画を必要以上に大きく見せようとします。それが持ち味になっているのです。

別に皮肉を言うわけではなく、これが簡単に出来るってのは、実は凄いことだと思います。

そういう意味で、クローネンバーグは「ストーリーだけが映画のすべてではない」ということを
自身の監督作の中で如実に証明し続けてきた、希少な映像作家の一人というわけです。

ただし、前述したラストのリッチーの豪邸での決闘シーンだけは何とかして欲しかった出来。
マフィアの連中に囲まれて、命をもって罪を償うように諭される主人公のトムですが、
そう簡単に屈服するわけにはいかないトムは反撃にでます。そうして映画はラストシーンへと向かうのですが、
正直言って、トムの殺害を企むリッチーの部下たちが弱過ぎて、これでは話しにならない(笑)。

もう一つ指摘すれば、トムとリッチーが対峙するシーンもイマイチな出来で、
ここだけ急激に劇画調な映像処理になってしまったのが、映画のバランスを欠く大きな要因になっている。

一方で、「暴力」とは対照的にトムは家庭環境を豹変させてしまうという背景を抱えます。
これも本作の中で大きなポイントで、トムが精神的に混乱している様子を露にしたおかげで、
トムの妻子も不安に感じ、次第にトムがトンデモない過去を抱えているのではないかと疑い始めます。

だからこそ、ラストカットの一家の夕食シーンが異彩を放つのです。
妻子が無言で食卓を囲み、1日無断で留守にしていたトムが気まずそうに帰宅してきます。
様々な解釈を生みそうなラストではありますが、表面的には穏やかながらも、
どことなく奇異な感覚があるこのラストシーンから、一番強く、クローネンバーグのカラーが出ていますね。

あと、どーでもいい話しではありますが...
マリア・ベロ演じるトムの妻がチアリーダーのコスプレするシーンが脳裏に焼きついて離れません(笑)。
夫婦の倦怠期を乗り越えるためには、“ああいった”努力をしなければならないでしょうか?(笑)
これはこれで、現代社会の病理の一つなのかもしれません。

(上映時間95分)

私の採点★★★★★★★☆☆☆〜7点

日本公開時[R−15]

監督 デビッド・クローネンバーグ
製作 クリス・ベンダー
    デビッド・クローネンバーグ
    J・C・スピンク
原作 ジョン・ワグナー
    ヴィンス・ロック
脚本 ジョシュ・オルソン
撮影 ピーター・サシツキー
編集 ロナルド・サンダース
音楽 ハワード・ショア
出演 ヴィゴ・モーテンセン
    マリア・ベロ
    エド・ハリス
    ウィリアム・ハート
    アシュトン・ホームズ
    ハイディ・ヘイズ
    ピーター・マクニール

2005年度アカデミー助演男優賞(ウィリアム・ハート) ノミネート
2005年度アカデミー脚色賞(ジョシュ・オルソン) ノミネート
2005年度全米映画批評家協会賞助演男優賞(エド・ハリス) 受賞
2005年度全米映画批評家協会賞監督賞(デビッド・クローネンバーグ) 受賞
2005年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演男優賞(ウィリアム・ハート) 受賞
2005年度ニューヨーク映画批評家協会賞助演女優賞(マリア・ベロ) 受賞
2005年度ロサンゼルス映画批評家協会賞助演男優賞(ウィリアム・ハート) 受賞
2005年度シカゴ映画批評家協会賞助演女優賞(マリア・ベロ) 受賞
2005年度シカゴ映画批評家協会賞監督賞(デビッド・クローネンバーグ) 受賞
2005年度カンザスシティ映画批評家協会賞助演女優賞(マリア・ベロ) 受賞
2005年度セントラルオハイオ映画批評家協会賞作品賞 受賞
2005年度セントラルオハイオ映画批評家協会賞監督賞(デビッド・クローネンバーグ) 受賞
2005年度セントラルオハイオ映画批評家協会賞助演女優賞(マリア・ベロ) 受賞
2005年度トロント映画批評家協会賞作品賞 受賞
2005年度トロント映画批評家協会賞監督賞(デビッド・クローネンバーグ) 受賞
2005年度ケベック映画批評家協会賞作品賞 受賞