ビューティフル・マインド(2001年アメリカ)

A Beautiful Mind

これは久々にアカデミー作品賞受賞作品という風格が漂う作品ではないでしょうか。

統合失調症を患い長く闘病してきた天才数学者と言われたジョン・ナッシュの伝記映画で、
彼は幻覚や幻聴に悩まされ、精神病院に通いながらも、大学や友人たちの懇意で研究活動を続け、
長年蓄積してきた彼の業績は、経済学などのあらゆる分野に応用される基礎理論となったことが高く評価され、
1994年にノーベル経済学賞を受賞することになり、彼は一躍世界的に有名な研究者となりました。

おそらく元々、政治学や陰謀論めいたものに興味があったわけではないだろうが、
数学の研究が1950年代の米ソ冷戦の前哨戦に入った頃から、合衆国政府で採り入れるようになったため、
数学の研究者たちと政府関係機関の関係性が近く、ジョンは無意識的にそういった世界に近づいたのかもしれない。
(まぁ・・・とは言え、「世界平和が脅かされる」という脅迫観念に苛まれるのは、統合失調症の典型例らしい)

彼の統合失調症の症状としては幻覚と幻聴が中心で、常に政府関係者から内密に
対立する敵国の暗号を解読したりする、諜報活動に加担しているという実に明確な幻覚を見ているわけで、
その幻覚のおかげで、部屋の中は謎のメモ書きだらけで、夜な夜なメモ書きをポストに投函しに行ったりして、
とてつもない労力をかけることができるくらいの努力家。能力が開花すればするほど、幻覚の世界が発展するという
皮肉な結果となり、ジョンの症状は加速度的に悪化していき、それに気付いた周囲は病院に依頼し、彼を保護します。

そこからは、医療技術としても発展途上な時代の過酷な治療を受け続けたことで、
映画の中でも触れられている通り、数多くの投薬治療を受けたおかげで、その副作用にも悩まされ続けたようだ。

そんなジョンを演じたのは、当時、ハリウッドでも波に乗っていたラッセル・クロウですが、
前年の『グラディエーター』でアカデミー主演男優賞を受賞した翌年だったということもあってか、
残念ながら本作ではオスカーを獲得できませんでしたが、僕は本作での彼の熱演は一世一代のものだったと思う。

本作はある程度、脚色されたシナリオですので、事実とは異なるエピソードがあるようです。
但し、そういった内容であっても、ロン・ハワードはいつもの彼らしく巧みな構成力で実に説得力のある映画としている。

プリストン大学だけではないのかもしれないが、学内のレストランで高い業績を為した研究者が
同僚である他の研究者たちからテーブルに次々と称賛の言葉と共に、ボールペンを置かれるという光景に
「自分の名を残す」ということに誇りを持っていたジョンは憧れを持ち、クライマックスにそこに“帰ってくる”のが良い。
別に賞をもらうために研究しているわけではないだろうが、それでもストイックに頑張ってきたことであろうが、
「これが一体何の役に立つのだろうか?」と言われ続けようが、それが業績となり、後に発展する分野の基礎となり、
それが後年に高く評価され、周囲からスタンディング・オベーションで迎えられたりすることは、最高の栄誉だろう。

その瞬間こそが、ジョンの闘病が最大に報われることであり、実際に90年代後半になって、
ジョンの症状が寛解に向かったそうなので、やはり彼にとってノーベル賞の受賞は大きな出来事だったのだろう。

元々、ジョンは対人恐怖症みたいなところがあって、人付き合いが苦手であったというのが
一見研究者に向いているような気はするけど、実際は研究チームとなって動くこともあり、横のつながりもあるので
人付き合いが苦手というのが彼の弱点となり、研究が上手くいかず、評価されなかったというのもあると思う。

そんなジョンのことを理解して、映画の中ではジョンと結婚することになる女性がアリシアで
本作ではジェニファー・コネリーが演じているのですが、彼女は10代の頃に若手女優として注目を浴びながらも、
しばらくの間、彼女のキャリアに於いては、少々伸び悩んでいたように思うのですが、本作では大人の女性、
アリシアを落ち着いた雰囲気で演じ切り、アカデミー助演女優賞を受賞するなど、見事に復活しましたね。

実在のジョンは結婚4年目でアリシアと離婚することになり、アリシアがジョンの面倒を看る形で
同居人として新たな関係を築いていたようで、本作が製作された2001年に2人は再婚することになりますが、
2015年に2人で乗っていたタクシーが事故を起こしたことで、2人とも事故死してしまうという悲劇に見舞われます。

いわゆる“運命のイタズラ”なのか分かりませんが、ジョンとアリシアの関係は
ノーマルな夫婦関係ではなかったのかもしれないが、アリシアからするとジョンのことは放っておけなかったのだろう。

ジョンは幻覚でアリシアのことを殺害するようにけしかけられるのですが、
よくあるパターンでは、実質的な無理心中のような形で、統合失調症の患者が家族を殺めてしまう事件に
至ってしまう事例がありますが、ジョンはその幻覚のことを懐疑的に見ている部分もあったようで、
アリシアら家族を殺めるということには彼の中ではずっと抵抗していて、ずっと苦闘していたようだ。

治療を勧めたのもアリシアであり、誰よりもジョンの近くにいて、ジョンの異変に早く気付けるのがアリシアであり、
ジョンにとってアリシアとの出会いは運命的なものであったが、そこからのストーリーはどこか数奇なものでもあった。

映画の中ではアリシアが献身的に支え続けたことが割愛されていることに批判的な論調もあったが、
それは映画の中で描かれずとも、当のジョン本人が生前語っていたことであり、アリシアの存在は変わらない。
華美に描かずにノーベル賞のスピーチ会場でソッと見守る彼女を映すしたのは、ロン・ハワードなりの配慮と思う。

欲を言えば、アリシアがどうしてジョンに惹かれたのかが明確に描かれないのが難点ですが、
このエピソード量からすれば、2人の恋愛が成就する過程に時間を割くことが難しかったというのも、よく分かる。
脚本の問題も無くはないのですが、それでも本作のロン・ハワードの巧みな構成力には驚かされましたね。
実際にオスカーを獲得したので世評的にも高く評価されましたが、本作は彼にとって一つの到達点だったのでしょう。

映画が破綻しない範囲で、現実世界とジョンが見る幻覚の世界をお互いにクロスオーヴァーさせながら、
上手く二重の構造を作って、ジックリと描いている。そして、それを無理矢理に映画の終盤まで引っ張らずに、
割りと早い段階から徐々に種明かしをしていって、決して謎解きや真相を明かすことに目的がある映画ではないと、
ハッキリとロン・ハワードが方向性を示していて、ジョンのこれまでの歩みを描くことにメインがあるとしっかり描いている。

90年代からロン・ハワードの演出力の高さは際立ったものがありましたけど、
本作でついにアカデミー賞に相応しい、一つの到達点とも言うべき充実した脚本と出会うことができましたね。
どことなく本作の後あたりからは、少々、ハリウッドでもロン・ハワードの存在感が弱くなったような気がしますが、
それでも当時のハリウッドでも有数のスゴ腕監督であったと思います。本作が高く評価されて素直に嬉しいですね。

ジョンが30歳前後のときに発表した数々の論文は、今でも歴史的価値ある基礎研究として有名らしく、
いわゆる“ゲーム理論”をメインにして研究を進めていました。そのキッカケが、女性をクドくということにあった。
そう、対人恐怖症のような気難しいジョンでしたが、不思議と若い頃から女性は好きだったというから興味深い。

但し、なんでも思ったことをストレートに表現してしまうので、相手のことを不愉快にさせてしまう。
ジョンは賢く、鋭い感性を持っていたためか、そのことも自覚しているからこそ、おそらく精神的にツラかったのだろう。

正直言って、主演のラッセル・クロウは実在のジョンにソックリというわけではありません。
映画を観れば分かりますが、本作でのラッセル・クロウは実在のジョンのルックス・振る舞いを模倣することではなく、
統合失調症の症状のおかげで頭の中が混沌としていたであろう精神状態を、実に上手く体現していると思う。

それは監督ロン・ハワードも同様で、上手い具合にジョンの人間らしさなどをメインに表現しているかのようだ。

あらためて本作はロン・ハワードの能力の高さが為した作品だと思うし、
現時点でのロン・ハワードの監督作品の中でも、ベストの出来であると言ってもいいと思います。
事実、本作でアカデミー作品賞を含む主要4部門を受賞し、01年度の映画賞レースで最高の評価を得ました。

僕はロン・ハワードが94年に撮った群像劇の『ザ・ペーパー』が最高に好きな映画なんだけれども、
そういった作品で培ってきた彼の経験、そして養われた総合力が見事に結実したのが本作だと思っている。
高名な研究者の伝記映画ということもあって、賛否はあるだろうが、映画を撮る上でのアプローチ方法も
ノンフィクションの部分もアレンジメントを加えた部分も、全ての塩梅が実に丁度良い調和を示していると感じる。

そして...前述しましたが、少々ジョンにとっては出来過ぎな女性に見えるものの、
アリシアを演じたジェニファー・コネリーが初めてオスカーを獲得するほど評価を上げたことが、何より嬉しい。

(上映時間135分)

私の採点★★★★★★★★★★〜10点

監督 ロン・ハワード
製作 ブライアン・グレイザー
   ロン・ハワード
原作 シルビア・ネイサー
脚本 アキヴァ・ゴールズマン
撮影 ロジャー・ディーキンス
音楽 ジェームズ・ホーナー
出演 ラッセル・クロウ
   エド・ハリス
   ジェニファー・コネリー
   クリストファー・プラマー
   ポール・ベタニー
   アダム・ゴールドバーグ
   ジョシュ・ルーカス

2001年度アカデミー作品賞 受賞
2001年度アカデミー主演男優賞(ラッセル・クロウ) ノミネート
2001年度アカデミー助演女優賞(ジェニファー・コネリー) 受賞
2001年度アカデミー監督賞(ロン・ハワード) 受賞
2001年度アカデミー脚色賞(アキヴァ・ゴールズマン) 受賞
2001年度アカデミー作曲賞(ジェームズ・ホーナー) ノミネート
2001年度アカデミーメイクアップ賞 ノミネート
2001年度アカデミー編集賞 ノミネート
2001年度全米映画監督組合賞監督賞(ロン・ハワード) 受賞
2001年度全米俳優組合賞主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
2001年度全米脚本家組合賞脚色賞(アキヴァ・ゴールズマン) 受賞
2001年度アメリカ映画協会賞助演女優賞(ジェニファー・コネリー) 受賞
2001年度イギリス・アカデミー賞主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
2001年度イギリス・アカデミー賞助演女優賞(ジェニファー・コネリー) 受賞
2001年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞作品賞 受賞
2001年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
2001年度ダラス・フォートワース映画批評家協会賞監督賞(ロン・ハワード) 受賞
2001年度カンザスシティ映画批評家協会賞助演女優賞(ジェニファー・コネリー) 受賞
2001年度フェニックス映画批評家協会賞主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
2001年度フェニックス映画批評家協会賞助演女優賞(ジェニファー・コネリー) 受賞
2001年度ゴールデン・グローブ賞<ドラマ部門>作品賞 受賞
2001年度ゴールデン・グローブ賞<ドラマ部門>主演男優賞(ラッセル・クロウ) 受賞
2001年度ゴールデン・グローブ賞助演女優賞(ジェニファー・コネリー) 受賞
2001年度ゴールデン・グローブ賞脚本賞(アキヴァ・ゴールズマン) 受賞