幸せへのまわり道(2019年アメリカ)

A Beautiful Day In The Neighborhood

全米で絶大なる人気のあった幼児向けテレビ番組の名司会者であった、
フレッド・ロジャースに関する伝記映画で、一人の雑誌記者との交流を軸に描いたヒューマン・ドラマ。

これは正直、賛否が分かれる内容の映画ではあると思うのですが、
敢えて雑誌記者とフレッド・ロジャースを対等にデフォルメしていくことで、お互いの実像に迫ろうとする
本作の作り手のスタンスは僕は嫌いになれないですね。スゴい良い出来の映画というわけではないけれども。

本作は親子仲の悪い雑誌記者を主軸に据えて、フレッド・ロジャースを取材する中で
親子仲を修復していく過程を描いているのですが、ここまでの交流があったというには少々無理があるように観えた。

もっとも、フレッド・ロジャースには人間の闇を感じさせない善意の塊みたいな人物のように描かれますが、
実は子育てに苦労した面もあったりして、次第にフレッド・ロジャースという人物の実像に迫っていくアプローチだ。
そんなフレッドを演じるトム・ハンクスも上手いは上手いんだけど、もう少しダークサイドな部分を描いても良かったかな。

ある意味でアンガーマネジメントをテーマにした作品でもありますが、
人間なんで、どうしても抑えられない感情ってあるでしょう。必ずしも理性的に判断できることばかりではないし、
いろんな人がいるからこその社会であり、いろんな人がいるからこそ難しさのある人間社会でもあると思います。
そんな中でフレッドのような人がいること自体、奇跡的だとも思うのですが、おそらく彼が感情を抑え切れないという
ことは起こり得ない境地にいるのだろうけど、そこに至るまでの葛藤や苦難、失敗をもっとしっかりと描いて欲しかった。

それが唯一、表現されるのがラストシーンのピアノを弾くシーンということになるのだろうが、
これが意味することが、なんとも不明瞭で分かりづらい。その辺のミステリーが本作の妙味なのだろうが、
そうであれば、フレッドが子育ての難しさについて指摘されたときではなく、何故ラストに描くのかがなんとも微妙。

トム・ハンクスは評価が高かっただけあって、素晴らしい役作り・芝居だと思います。
正直、日本人のほとんどはフレッド・ロジャース司会のテレビ番組に馴染みがないと思うのですが、
例え馴染みが無くとも、本作のトム・ハンクスの芝居を観れば、かなりフレッドについて研究したのが分かると思う。
最近は賞レースにも縁遠くなっていたトム・ハンクスですが、本作では久しぶりに高い評価を得ることになります。

しかし、やっぱり本作は如何にフレッド・ロジャースという人に馴染みがあるかで評価が変わると思う。

そういう意味では、初見の人でももっとフレッドの人間性に触れられるように
明るい部分もダークな部分も双方、しっかりと描いてクローズアップして欲しい。そこが本作の物足りなかったところ。
雑誌記者の父親との不和のエピソードにしても、どこか消化不良というか...中途半端に終わってしまう。
せっかく父親役にクリス・クーパーをキャストできたのに、この中途半端さはなんだか勿体ないように感じましたねぇ。

冒頭の結婚式では気のいい酔っ払いという感じでしたが、何故か父親のことを許せない記者は
チョットしたことから父親を殴ってしまいますが、いくら仲が良くないとは言え、母親のことで殴ってしまうというのは
この記者は記者でアンガーマネジメントが上手くいっていない証拠なのですが、それなりに不和の理由がある。

にも関わらず、本作のチョット不可解なところは、実にアッサリと記者が父親に対して寛容的になるところだ。

それは、父親の命が長くはないことを悟った、ということもあるだろうが、
とは言え、長年の積もり積もったものと、父親に明確な責任があっての不和であり、修復は簡単なことではないはず。
それを紐解いて諭していくのはフレッドの得意技なのだろうけど、あまりに容易に修復に向っていくのは安直に感じた。

終盤の親子関係の修復は、お涙頂戴に走らなかったことは良かったと思うのですが、
決して低くはないはずの心のハードルだったはずなので、もっと精神的葛藤の中で乗り越える描写が欲しいところ。
(そういう意味では、自らの父親という立場になったということが大きかったはずなのですが・・・)

フレッド・ロジャースの看板番組である Mister Roger's Neighborhoodは1968年に放映開始され、
2001年8月まで放送されていたようだ。全米ではとても多くの家庭がこの番組を視聴していたとされており、
ニューヨークの地下鉄で他の乗客がフレッドを見て、番組のテーマソングを歌い始めるというシーンがありますが、
ああいったシーンがあり得るくらい、全米から愛された司会者だったようだ。そんな大きな信頼に応えられるような
フレッドの人間性も懐が深く、愛される人柄でしたが、番組終了から間もない2003年2月に胃癌で急逝したとのこと。

こういう人物像だったからこそ、映画化するには相応しい題材だったということなのでしょう。
特にフレッドはピッツバーグに生まれ、終生ピッツバーグで暮らしていただけあり、ピッツバーグでは特別な存在らしい。
それくらいの有名人なのですから、逆に映画化が難しかった面もあったでしょうね。そう考えると、無難な出来かも(笑)。

必ずしもフレッドのダークサイドを観たいと思っている人ばかりではないでしょうしねぇ・・・。

まるでフレッドがカウンセラーになったかのような作品ではあるのですが、
この映画を観ていて感じたのは、本来であればインタビュアーであるはずの雑誌記者がフレッドと接触して、
長寿番組の司会者であるフレッドにインタビューして、彼の人生観に迫って、記事を書くことが目的であるわけですから、
フレッドに”自分語り”して欲しいわけで、その中から記事に相応しい部分をピックアップするはずなのですが、
フレッドが一向に“自分語り”せずに、記者の身辺を聞き回るような話しぶりなので、記者としてやりづらかったはず。

だって、全く仕事にならないですからね。記事に書くべきは、記者自身の物語ではなくフレッドなのですから。
この辺も本作ではボカして描いていますが、記者が好き放題に書いた記事もどんな中身だったのかが気になります。
(台詞として語られる限りでは、どうやら普通のインタビュー記事ではないような気がしますが...)

でも、この記者の性格からすれば、フレッドの態度って非協力的に映っちゃう気がするのですが、
よく苛立ってインタビューを中止せずに、最後まで記事にしたなぁと感心しちゃうのですが、この辺も微妙だなぁ。
それだけフレッドには不思議な魅力があった、ということなのでしょうけど、普通なら我慢できなさそうと思えちゃう。

監督のマリエル・ヘラーはテレビ界で活躍していたようですが、年齢的にもまだ若く、
将来性豊かな女流監督だと思います。もう少し全体像を意識しながら構成できたら、もっとレヴェルアップしそう。
本作も規模がそこそこ大きな作品ですし、彼女にこれだけの企画が任されるというのは大きな期待の現れでしょう。
ドラマ描写は繊細に出来ているし、一つ一つのシーンが丁寧に構成できているので、力のあるディレクターだと思う。

そうなだけに、何か一つが変われば、“化けそうな”ディレクターだとは思いましたね。これからに期待です。

もう少しフレッドの闇をクローズアップして、足りない部分を補完することができていれば、
本作ももっと充実感ある仕上がりになっていただろうし、そういう意味ではフレッドが司会する番組の進行を
利用して映画を進めるのですが、これが失敗だったかもしれません。フレッドが紹介していくのは、少々無駄に感じる。

ジオラマ・セットを使って登場人物を紹介するのはフレッドの番組には良いのだろうが、
これだとどうしてもフレッドが助演的立場ではなく、主人公になってしまう。作り手がやりたかったのは、そうではなく、
あくまでフレッドとの交流を通して、フレッドと記者、双方の人生にフォーカスしてドラマを描き、最終的にはフレッドが
番組を通して訴え続けていたであろう、家族の在り方、人間的成長を親子関係の修復に象徴させたかったのだろう。

だとすれば、フレッドが主人公のようになってしまうと、どうしても映画の主旨が違って見えると思うんだよなぁ。

確かに本作で描かれる雑誌記者の生き方は、“まわり道”をしているとは思います。
親子の不和を乗り越えて、子を持つ親として同じ道を歩まないようにしようと決心したと思うのですが、
だからと言って、自分たちを見捨てた親を簡単に許せるものではないだろうし、なかなか素直にもなれないはず。

あまり声を大にして言いたくもない気持ちもあるのですが・・・
僕には、なんとなく本作の雑誌記者の素直になれない気持ちが分からないでもないんですよね。。。

(上映時間108分)

私の採点★★★★★★☆☆☆☆〜6点

監督 マリエル・ヘラー
製作 ユーリー・ヘンリー
   ピーター・サラフ
   マーク・タートルトーブ
   リア・ホルツァー
原案 トム・ジュノー
脚本 ミカ・フィッシャーマン=ブルー
   ノア・ハープスター
撮影 ジョディ・リー・ライプス
編集 アン・マッケイブ
音楽 ネイト・ヘラー
音楽 トム・ハンクス
   マシュー・リス
   クリス・クーパー
   スーザン・ケレチ・ワトソン
   メアリーアン・プランケット
   エンリコ・コラントーニ
   ウェンディ・マッケナ
   タミー・ブランチャート

2019年度アカデミー助演男優賞(トム・ハンクス) ノミネート
2019年度ノース・テキサス映画批評家協会賞助演男優賞(トム・ハンクス) 受賞