8 Mile(2002年アメリカ)

8 Mile

90年代後半から、一躍世界的トップスターになった、
人気ラッパー、エミネムが映画初主演を果たした、成功までの道のりを描いた自伝的なドラマ。

監督は97年に『L.A.コンフィデンシャル』で高く評価されたカーチス・ハンソンで、
劇場公開当時、エミネムが満を持して映画俳優として本格的デビューを果たしたという話題性があって、
日本でもヒットしましたし、かなり大きな話題となった作品でしたが、往々にしてそういう映画って、
個人的にはあまり良い印象が無いので、正直言って、本作にも期待していなかったのですが、
本作は予想外なほどに(...と言ったら、作り手には失礼だが・・・)、良く出来た映画でしたね。

青春映画って、上手くやらないと、映画が大きく崩れてしまうことが多いのですが、
カーチス・ハンソンも80年代は青春映画を手掛けていたけれども、90年代以降はやっていなかっただけに、
観る前は「どうかなぁ・・・」と心配にさせられたもんですが、やはりその手腕は確かなものですね。

映画初主演となったエミネムにしても、予想していたよりも芝居が上手かったですね。
主人公のどうしようもない母親を演じたキム・ベイシンガーなど、脇役にしてもしっかり固めていて、
エミネムのネーム・バリューにすがったような、“おんぶに抱っこ”な企画ではないと思います。

どことなく閉塞感が漂う、鉄鋼業盛んな都市、デトロイトを舞台に
地域では名の知れたスキルがある若者が、地元で成功することによって、
全国的なブレイクが訪れることを夢見る姿を、実に克明かつ生々しく描くことに成功しており、
ひょっとしたら、カーチス・ハンソンの監督作品でも有数の仕上がりの良さかもしれません。

そりゃ、『L.A.コンフィデンシャル』は良い出来の映画だったとは思いますが、
本作も負ける劣らずな仕上がりで、ドラマ描写に秀でた部分は本作の方が多かった気がします。

まぁ・・・正直言って、僕はラップが好きというわけではないので、
こういう風にラップで闘っていくということ自体は、感覚的に共有できるものではないけど、
ただ、やはり当時のエミネムには明らかに風格が漂っていたし、時代を代表するスターだったことは間違いない。

どうやら96年にメジャー・デビューしたエミネムは、一躍トップ・スターとなり、
本作で自伝的内容の映画化を行い、自身も俳優デビューを飾るという順風満帆な歩みでしたが、
どうやら本作撮影あたりから、薬物依存が高まり、05年頃からは幾度となく体調不良で休養している。
今尚、健康不安説が絶えないエミネムですが、そんな彼も仕事に対する情熱は凄まじいものがあることを
象徴するかのように、本作での映画俳優デビューというのも決して中途半端なものではなく、
とても良い意味で力の入った、当時のエミネムにとって大きな意味を持つ仕事であったことが伝わってきます。

少しばかり、美化し過ぎな傾向も無きにしも非ずですが(苦笑)、
それでも本作は許容範囲。僕は観る前は勝手に、もっとエミネムを持ち上げる内容なのではないかと
心配だったので、思いのほかストレートで真摯な描き方で意外に思えたぐらいだった(笑)。

実在のエミネム自身もそうなのですが、彼自身、ラッパーとして生きていきたいと切望していることを前提として、
生まれながらにして貧困との闘いの中で成長してきたということが一つのキーワードになっていることが分かります。

それと、従来では「ラップは黒人たちの専売特許」と言わんばかりの風潮で、
白人ラッパーが登場しても、「黒人のマネをした白人は金儲けができる」と皮肉を言われていたものです。
そんな中でエミネムは、そういった既成概念に対して真っ向から対決し続けた男であり、
そのような既成概念がまかり通る世の中に対して挑戦し続けることで、彼の立ち位置を見出していました。

そんな反骨精神にも似たハングリーさこそが彼の活動の原動力であり、
そんな中で、純粋な気持ちで心惹かれたモデル志望のアレックスとの、言葉少ない恋愛や成功への貪欲さ、
悲惨な家庭環境で育ったエミネムだからこそ、リアルに(生々しく)演じられたと言っても過言ではないでしょう。

実際のところ、どこまで実話に基づいた内容なのかは分かりませんが、
多少なりとも、エミネム自身が体験したエピソードが基になっているのだろうと思えるぐらい、
映画は主人公の成功に対する渇望や、それとは対極するかのような彼の精神的な不安定さを上手く描けている。

一見すると相手を圧倒するような威勢のエミネムなのですが、
決して主人公のマインドを強いものであるかのように描くだけでなく、時に対照的に弱々しく描いたりして、
上手い具合に不安定さを表現するあたりが、青春映画として巧妙なものだ。これはホントに上手い。

こういう言い方はあまりしたくないのですが、
やはり一人の人間の成長を描くためには、人間の強さと弱さを両立させて、双方の側面を描けないと、
やはり本来描きたい「成長」というものが、力強く描けないと思うんですよねぇ。

本作では思いのほか、カーチス・ハンソンがバランス良く映画を撮れたあたりが大きな収穫である。

さすがに『L.A.コンフィデンシャル』で多くの登場人物のアンサンブルを完璧ではないにしろ、
見事に引き出せたカーチス・ハンソンだからこそ、脇役に至るまで実に気の配られた作品になっていますね。

それにしても、エミネムは見た目が若いですね。
撮影当時も30歳という年齢だったのですが、40歳を超えた今も尚、見た目はかなり若い。
本作でも20歳ぐらいで、成功を夢見る若者という風貌そのまんまで、本作の撮影のために
彼のトレードマークであった金髪を染め直して、黒髪にしたとは言え、それでもかなり若く見える。

ただ、これがカーチス・ハンソンの最高傑作になり得る作品かと聞かれると、そうは思わない。
確かに出来は良いが、最高の出来というほどではなく、それは映画に“風格”を付けられなかったからだろう。

具体的に何を描けば、映画に“風格”を付けられるのかと聞かれれば、
その答えを具体的に出すことは難しいのですが(苦笑)、本作を複数回観たけれども、
自分の中では「そこそこ面白い映画」...この感想の域を出ることはないあたりが、それを物語っている。

おそらくエミネムも、自分自身を投影させた映画で最高傑作という位置づけになるならば、
もっと彼の音楽活動の集大成となるような内容であった方が、彼の本望に近いと言えるのではないだろうか?

(上映時間110分)

私の採点★★★★★★★★☆☆〜8点

監督 カーチス・ハンソン
製作 ブライアン・グレイザー
    カーチス・ハンソン
    ジミー・アイオヴィン
脚本 スコット・シルバー
撮影 ロドリゴ・プリエト
編集 ジェイ・ラビノウィッツ
    クレイグ・キットソン
音楽 エミネム
出演 エミネム
    キム・ベイシンガー
    ブリタニ−・マーフィ
    メキー・ファイファー
    エヴァン・ジョーンズ
    オマー・ベンソン・ミラー
    マイケル・シャノン